第9話:日常と旅人


「良かったのか? 断って」


 町からの帰路、父が言った。


「うん、学園に行ってもやりたいことないしね」


 僕は結局アイアン子爵令嬢の誘いを断った。

 学園で優秀な成績を修めて騎士になったり、役人になれば高給だ。 もしくは魔法の知識を活かして冒険者になれば、それなりに良い暮らしができるだろう。


 けれど僕は今の生活が好きだ。

 金より社会的地位より僕は平穏を望む。 故に学園は必要ない。


「そうか、ならいい! 明日からまた頼むぞ!」

「うん!」


 まあ学園自体に興味はあるから、もしも村から通いで行けるなら行ってみたい。


(まあそんなの都合の良い話ないけどね)


 ダンジョンを使った方法はあるが、それには足りないものが多すぎる。



 家に帰った次の日から、僕はさっそく村人ライフを満喫していた。


「やっぱこっちがいいや」


 朝早くから目覚め、畑仕事をこなし、緩やかな時間を過ごす。

 町も楽しかったけれど、兄メンソのように憧れを抱くことは特になかった。


 ダンジョンマスターはダンジョン内に存在する魔力を感知することができる。


 畑仕事をしながらも僕には父がどこにいて、兄がどこで仕事をサボっているか手に取るように分かるのだ。


 しかし村の入り口に知らない魔力を感じていたーー


ーーその旅人、マクロと名乗った人物を父は家に泊めてやるようだ。


「いやー、助かりました! 目的はあるんすけど、宛はない旅だったもんで!」


 ケラケラと笑うマクロは親しみやすい雰囲気の人であった。


「その目的ってなんなんだ?」

「んー、それは内緒! でもおかげさまで達成できましたよ」


 兄メンソの質問なのに、なぜか僕の方を見て微笑んで言った。


「……それは良かったですね」


 その夜、みんな寝静まった頃。 部屋の扉が静かにノックされた。


「起きてたんすね、警戒させちゃいましたか?」

「いや、ちょっと寝れなくて」

「大丈夫です。 私はあなたに危害を加えたりしないし、そんなつもりもない。 ただの勧誘なんで」


 旅人を泊めることはごく稀にあることだ。

 別に頼まれたわけではないけれど、ダンジョンマスターの性なのか僕は『自分のテリトリーに異物がある』と落ち着かなくなってしまうようだった。


「日々のお仕事お疲れ様です。 私は“悪いダンジョンマスターから身を守る会”のマクロと申します」


 なんだろう、その頭の悪そうなネーミングは。


「最近、色々物騒なんで情報交換だったり時には助け合ったり」

「時には救援要請があったり?」

「もしますね……はい。 そこは持ちつ持たれつなんで」


 前世にはなかったシステムだ。

 そもそもマクロはどうやって僕を見つけたのかが重要だ。 あのエルフや令嬢から話が漏れたのか。


「なんで僕がダンジョンマスターだと思うの? どっからどう見てもただの村人だよ?」

「ただの、はどうかと思いますけど確かに村人ですね。 詳しくは言えないんすけど、人間でいう巫女とか予言とかそういうの」


 断片的な未来や、重要人物の居場所を教えてくれるような人ーー今回の場合だとダンジョンマスターの存在を感知できる人物がいるということかもしれない。


 とはいえ現状マクロを信じ切る要素はないし、村人ライフを生涯かけて楽しもうとしている僕には不要な誘いだ。


「入るよ」


 しかし入るデメリットも特にない。

 むしろ情報が貰えるなら、それだけでも入る価値はある。 ダンジョン活動をしないとはいえ、この世界のダンジョン事情について多少は知っておいた方がいいとは思っていた。


「ありがとうございます! では詳しい話はこちらで」


『ダンジョン開放』


 マクロが手をかざすと、ダンジョンの入り口ーー洞窟の入り口ーーが出現した。


 









 


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元ダンジョンマスターは戦いに疲れたので、平和な村ライフを楽しみます すー @K5511023

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