第8話:アイアン子爵令嬢


 路上生活冒険者と話した後、僕たちは宿で一泊した。 もちろんボロ宿で、野宿よりマシかもしれないくらいの宿であった。


「じゃあ少し見物して、昼過ぎには帰ろうか」

「うん、分かった」


 父の言葉に素直に頷く。

 町に留まってもお金がないと何もできないし、そろそろ村が恋しくなってきたところだ。


 そうして観光をしていると、お高そうな店の前で知っている執事を見つけた。


「あ、どうも」


 話すことも特にないので、軽く会釈して通り過ぎようとする。 しかし肩をやんわり掴まれた。


「少々お時間よろしいですか?」


 時間がないので、と断ろうとしたところで店から綺麗な少女が出てきて目があった。


「あー! なんでこんなところに! というかあんた! なんで返事寄越さないのよ!」


 ただでさえ活気のある町がさらに騒がしくなった気がした。


 アイアン子爵令嬢の横で執事が申し訳なさそうな表情で言った。


「場所を移しましょう」

「はい」


 今度は断って逃げることは諦めて、僕は大人しく彼に頷いた。 父は後ろで静観の構えである。





「好きなもの頼んでいいわよ」


 連れてこられたのは喫茶店だった。

 周囲の客はわりと裕福そうなので、僕と父は浮いていて少し居心地が悪い。


 けれどタダ飯となれば話しは別だ。


「えーと、じゃあこのステーキセットとピラフとデザートは」

「あなたホントに遠慮ないわね」

「まあこんな良いところで食事なんて、生涯で最後のチャンスかもしれないんで」


 ちょっと呆れた様子の令嬢。

 一方父はカッコつけて紅茶だけを頼んでいた。 こんなとこで見栄を張っても絶対後悔すると思う。


 注文品が揃うと、開口一番彼女は吠えた。


「さて、どういうことなのかしら?!」


 彼女と知り合ってから何度か手紙が届いていた。 その返事を僕は一度も出していないのだ。 しかしちゃんと理由はある。


「紙が無いので」

「ええ?! なら裏にでも書いて送ったらいいじゃない!」

「ペンがないので」

「ええええ!? 書き物とか、勉強とかどうしてるのよ?!」


 村でペンを使う場面はない。 おまけにそれは高級品だ。


 何か書きたい時は地面に文字を書いたり、炭で木の板に書いたり、それが村人にとって当たり前の生活であった。


「それで書きなさいよ!?」

「いやあ、貴族のご令嬢相手にそんな不格好なもの失礼になりませんか?」

「私は気にしないわ!」

「不敬罪になりませんか?」

「ないわよ! いつの時代よ、全く」


 前世のイメージだと貴族とは平民をぽんぽん殺すようなものだと思っていたが、今世では違うようだ。


「ならお返事します」

「そうして頂戴! もう!」


 彼女はそう言ってそっぽを向いた。


「あの、お姫様」


 すると突然父が言った。


「学校ってどんなとこなんですかい?」

「別に普通よ。 みんなで勉強して、研究して、鍛練してそれだけ」

「うちのこいつはそこで通用するんだろうか」


 父は真剣な表情で令嬢を見ている。


 僕は村がいいと常々言っている。

 しかし父親としては余計なお世話と理解しつつも、息子のことで色々と考えているのだろう。


「計算もできるし、文字もかける。 こいつは優秀なんだ」

「まあそれなら通用はすると思うけど、費用がねえ」


 お高いんでしょう? その前にあまり興味もない。


「……良いことを思い付いた!!!」

「嫌な予感しかしない……」

「お嬢さま、おやめください」


 テーブルを叩いて身を乗り出した令嬢に、僕と執事の声が重なった。


「あなた! 私の従者になりなさい!」


 どうしてそうなるんだ。

 あまりに唐突で僕の頭は真っ白になった。




 

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