第7話:ビッグマウスとあぶく銭


「どうだ、見るだけでも楽しいもんだろう」


 店を冷やかしながら父はそう言って笑った。 そこに自虐的な意味は含まれない。 なんせ農民が硬貨を持たないのは良くあることなのだから。


「あ、冒険者ギルドだ。 ちょっと覗いていい?」

「……お前も冒険者になりたいのか?」

「いや全然」


 兄メンソの将来の職場になるかもしれないところがどんな場所なのか気になっただけだ。


「ならいいんだ」と少し安堵した様子の父を連れてギルドの扉を入ろうとすると、村人の僕から見ても小汚ない装いの男とすれ違った。


「冒険者なんてやめとけ」


 振り替えると男は足を引きずりながら歩いていた。


「まあいいや」


 僕は全く冒険者になるつもりはないけれど、端から見たら父の付き添いで登録に来たように見えたのだろう。


 男の来ているコートの右袖が寂しげに揺れていた。





「宿に行くぞ」


 日が暮れて父に付いて歩く。

 普段から農作業で足腰は鍛えられているはずだけれど、足が棒のようだ。


 大きな通りから外れ、暗い路地を何度も曲がっていく。 奥に行くほど雰囲気が暗くなっていき、道端に浮浪者が寝転んでいたりしてーーまさか野宿ーー少し不安になってきた。


 そしてふと浮浪者の一人と目があってしまう。


「「あ」」


 暗くて見辛いが、片腕がないように見える。 冒険者ギルドですれ違った男だ。


「父さんちょっといい?」

「やめなさい」


 父の制止を無視して男に歩みより、しゃがんだ。


「何か用か」

「ああ、いえ。 忠告はありがたいのですが、僕は冒険者になるつもりはないので大丈夫です、と一応伝えとこうかと」


 男はキョトンとした後、軽く笑った。


「そうか、それは余計なことを言った」

「いえ」

「……まあもし周りに冒険者を夢を見ている奴がいたら、止めてやって欲しい。 俺みたいになるやつは見たくないからな」


 彼はそう言ってコートを広げ腕を見せてきた。


「腕付いてたんですね」

「動きはしないがな」


「その話、詳しく聞かせてくれないか?」


 僕たちの会話に入ってきたのは後ろで警戒していた父だった。 冒険者を目指す息子がいる身として気になったのだろうか。


「ああ、いいぜ。 俺がこの町に来て、冒険者になった頃ーー」


 そうして僕らは夢を見て、大事なものを失った一人の男の後悔を聞くことになった。


※※※


『いたいいたいいたい! ああ腕があああ』


「夢か」


 俺佐喜稲荷は異世界の汚い路上で目を覚ました。


 この悪夢を見るのは何度目だろう。

 無茶な冒険をして腕が動かなくなって、自分の浅はかさへの後悔はこのクソみたいな生活に慣れた今でも残っている。


 日本という国から異世界にやってきて、チートで無双してハーレムだ、そんな夢を描いていた。


 俺は主人公なんだ。


 俺は強いんだ。


 そんな根拠のない自信の結果が、A級モンスター討伐に失敗。 そして命は助かったものの怪我の後遺症で利き腕と右足が動かなくなった。


『治療費は金貨一枚だ』

『必ず払うから、頼む』

『先払いだよ』


『誰か金を貸してくれ』


『誰か』


『神でも、ヒロインでもなんでもいい』


『誰かーー


ーー助けてください』


 転移して間もないため仲間も知り合いもいなかった俺は結局治療費を払えなかった。


 体を壊した何の技術も知識もない若造に稼ぐ方法はなく、簡単な依頼を時間を掛けてこなして飢えをしのぐ日々。


ーーこんなはずじゃなかったのに。


ーーもう帰りたい。


 日本にいた頃、物語を読んで夢見た異世界。 しかし挑戦するまでもなく、バカをやったせいで可能性は絶たれた。


 助けてくれる人なんていない。 みんな生きるのに必死なんだ。


 そんな絶望にも、生活にも慣れた頃。

 ギルドで大人と一緒にいる子供とすれ違った。


 お節介かもしれない。 けれどなんだかあの頃の俺と重なって、すれ違い様に声を掛けた。


「冒険者なんてやめとけ」


 この腕の通っていない袖を見れば、

 

 引きずる足を、


 小汚ないこの姿を、


 夢見たバカの末路を見て、せめて反面教師になれればと思った。 もうそれくらいしか俺の存在意義はないのだから。


「「あ」」


 しかし何の因果かその男の子と再会した


「なるほど話してくれてありがとうございます。 じゃあこれあげますよ」


 そして男の子と父親と話をした後、男の子はポケットから一枚の金貨を取り出して俺に放った。


「僕には必要ないので」

「いや、たた大金だぞ!?」

「じゃあ貸しでもいいです。 いつかチート?で無双してハーレムしたら返しに来てください」


 それじゃあ、彼はなんてことないようにーーまるで転んだ人に手を貸した程度にーー言って父親と去っていった。


「ありがとう……ありがとう」


ーービッグになって、必ず返しに行こう。


 俺はそう誓って立ち上がるのだった。


※※※


 



 

 


 

  


 



 




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