第6話:S級のお気に入り
『村のアマリのダンジョンーー階層二』
「ここがダンジョンの入口です」
冒険者のエルフを部屋へと案内し、床に取り付けられた扉を開く。
彼女を連れて階段を歩き、コテージへ降りた。
「これは……?!」
エルフがごくりと生唾を呑み込んだ。
どういう反応なのか、審判を待つ罪人の気分で天に祈る。
「最高じゃん!」
彼女は歓声を上げながらソファーに飛び乗り、キッチンへ向かうと冷蔵庫を興奮した様子で開け閉めを繰り返した。
「私、ここに住む」
「?」
「ここに住む」
「聞こえなかったわけじゃありません!」
聞き取れなかったのではなく、意味を理解するのに時間を要しただけだ。
家とは安心できる場所だ。 ダンジョンに冒険者が住むなんて、おちおち眠ることもできないだろう。
そしてそれは僕も一緒だ。
「冗談ですよね……?」
「私はそんなつまらない冗談は吐かない」
「ああ! 冗談であって欲しかった!」
冗談じゃないとすれば、彼女を強制的に追い出す力は僕にはない。
「外も見てくる」
「ちょっと! まだ話が」
彼女は話しは終わったと、扉を開き外へと走っていった。
「自由だ。 自由すぎる」
冒険者とは自由の象徴とも言われる。
彼女はまさに冒険者らしい冒険者であり、もう何を言っても無駄なのだろうと僕は一周回ってどうでも良くなってきていた。
「堪能してもらって、さっさと飽きてもらえばいいか」
冒険者とは刺激を求める生き物だ。
彼女は長命のエルフとあって、余計にその傾向が強いように見えた。
だからすぐに「つまんない」と言って冒険に戻るだろう、と僕は自分に言い聞かせて彼女の後を追いかけた。
ーー長命種にとって人間の寿命など、大した時間ではないことに思い至るのはまだ先のことだ。
「用事があるから一回帰る」
その後、エルフはそう言って相当名残惜しそうに村を出た。 一回ってなんなんだ。
もちろんその前に依頼のモンスター退治は一瞬で終わらせていた。
「師匠ぉ~」
剣の手ほどきを一度受けた我が兄は残念そうに彼女を見送っていた。
一方、僕はようやく面倒が片付いたと晴れ晴れとした気持ちで畑に向かうのだった。
「めでたしめでたし」
○
エルフのいなくなった平和な村に、一羽の美しい鳥が手紙を運んできた。
『今度王都に遊びに来て』
色々書かれていたけど要約するとそんな感じだ。
他にはエルフの里が王都の近くにあることや、その関係で呼び出された愚痴やらで興味は湧かない。
手紙の中には金色の硬貨が一枚裸で入れられており、旅費の前払いということだった。
金貨一枚といえば家族が半年は食べていけるような大金である。
「さすがS級冒険者」
とはいえ村には店なんてないので、使い道はない。 王都に行く気もないし。
「僕はここの暮らしがいいや」
そんなある日父がやってきて言った。
「アマリ町に行くぞ!」
「やったー!」
誕生日の約束を果たしてくれるらしい。
町に行くにも旅費や仕事の代わりをお願いしたり色々大変だろうから、あまり期待していなかったので驚いた。
兄のメンソは僕より先に歓声を上げて、父に叩かれていた。
馬車に揺られて町へ行く。 運転は父。
兄のメンソは今頃僕たちの代わりに畑仕事をしているだろう。 泣いて駄々をこねていたが、最近サボってばかりいたから却下されていた。
「着いたぞ」
町は石壁に囲われた城塞都市だ。
ちなみに領主はこないだやってきたアイアン子爵様の領地である。 そう思うと、なんだか面倒事が起こりそうで少しだけ不安になった。
(きっと大丈夫)
だって貴族のお姫様って基本お屋敷に缶詰めなんでしょ? 前世のイメージだけど。
「ようこそ、自由都市メイデンへ!」
陽気な兵士に迎えられ町へ。
町の法を守る限り差別も偏見もない自由の楽園ーーそんなキャッチフレーズが都市メイデンをよく表している。
実力さえあればどこまでも成り上がれる。
しかし力のないものには手厳しい。
そんな町らしい、と昔商人に聞いたと父は笑った。
「すごいや」
一言で感想をまとめるならカオスだ。
そこかしこで客引きの声が響き、雑多な人種が行き交っている。 裏路地を覗けば訳の分からない怪しいげな魔女がこちらに手招きしている。
平穏を望む僕とは真逆の刺激だらけの世界。
けれどこういう騒がしいのもたまには悪くない。
「行こう!」
僕は跳ねた足取りで人の流れに加わるのだった。
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