第5話:冒険者がやってきた
貴族が来た数日後、僕は農民としてしっかりと畑仕事に従事していた。
その横で兄のメンソが引けた腰で素振りをしている。
「なあ、冒険者いつ来るかな? 誰が来るのかな? B級? いやお貴族様が声を掛けるんだから、もしかしてS級??!」
品のよいオジサンに父がモンスターのことを伝えると、彼は「冒険者を手配しよう」と言ってくれたらしい。
そしてそれを知った兄は毎日同じようなことを言いながら、畑仕事もせずずっとソワソワしているのだ。
「そんなことより兄さんも手伝ってよー」
「そんなことしてる暇はないの!」
「後にしなよ」
「未来の英雄になる男の鍛練が中断されるということは世界の損失であり」
「母さんに言い付けるよ」
「分かったよ! やるって! アマリ、お前は真面目すぎるぞ!」
そんなこんなで今日も平和な村ライフを満喫していた。 しかし、
「おいメンソ! 冒険者が来たってよ!」
「ほんとか!?」
兄は道具を投げ出し、急いで村の入口へとむかった。
「今回は何もないといいけど」
僕は呟いて、作業を再開するのだった。
※※※
小さな村のモンスター退治なんてS級の私が受けるような依頼ではない。
しかし知り合いアイアン子爵から「面白い村」だと聞いて、気が向いた。
長いときを生きるエルフの私にとっては、何よりも面白いことが最優先される。 金は腐るほどあるし、脚光を浴びることも面倒なだけだ。
「なに、あれ」
到着した村は壁に囲われていた。 まるで城塞都市のごとく。
こんな小さな村には不釣り合いな存在だ。
誰が? 何のために?
アイアン子爵ではない。 村人だとしたら、それはただの村人ではないだろう。
「わくわく」
ここ数年、あまり面白いことがなかった。
だから余計に期待してしまう。
流れの魔法使いの仕業であったら拍子抜けだが。
「たのもー」
声を掛けると開きっぱなしの入口から慌てた村人が人を呼びに走った。
「のどかだなあ」
※※※
畑仕事を終え家に帰ると、見知らぬ女性がいた。
「こんばんは。 冒険者の人?」
「ええ、そうよ。 君はここの子?」
エルフだ。 鉄製の胸当てを付け、腰には細剣を下げている。
「そうですか。 何もない所ですがごゆっくり」
「何もないなんてことない。 ここは面白そう」
エルフには寿命はない、ほんとか嘘かそんな逸話があるくらい長生きな種族だ。
前世の世界では秘境に住んでいて、滅多に人とは関わらない。 伝説に近い種族であったが、この世界では違うのだろうか。
しかし目の前のエルフについて、一つだけ分かることがある。
前世で強敵と相対した時と、似た何かを僕は感じていた。
(全力で戦ったら絶対に勝てない)
このエルフはめちゃくちゃ強い。
魔王を倒すような、物語として語り継がれる英雄のような、そんな次元の強さだ。
「それでは失礼します」
目が泳いでいないか、不自然な動作はないか、細心の注意を払いながらも出来るだけ早く彼女の前からいなくなりたかった。
「まって」
しかし彼女に呼び止められて僕の心臓が跳ねた。
「君、才能あるよ」
「はぇ?」
「いい魔法使いになれる」
彼女はポーカーフェイスのまま頷いて、サムズアップした。
「えーと、ありがとうございます?」
(バレたかと思ったー)
恐々としながら僕は逃げるように自室へ向かった。
「うん、まあまあ面白いかな」
そんな呟きが聞こえてきたが、意味を尋ねる余裕はなかった。
願うのは早く彼女が依頼を終えて、この村からいなくなることだけだ。
次の日、エルフは我が家で朝食を取り、村を見物しているようだった。
時折、僕が設置した壁を熱心に調べている様子を見かけて焦る。
また次の日、今度は村の若者を集めて剣の手ほどきをしているようだった。
「君もおいでよ」
「いえ、仕事があるので結構です」
僕も誘われたけれど、参加する勇気はなかった。 そもそもあまり興味もないし。
機嫌を損ねていないか、不安になってあまり眠れない。 悪夢を見た。
またまた次の日、彼女は今日も依頼をこなそうとしないでいる。
父が彼女に遠回しに伝えるが、適当に流されていた。
「ねー、それ面白い?」
そしてなぜかエルフは僕の畑仕事を横でつまらなそうに眺めている。
「まあ、充実感はありますね」
「ふーん、私もやってみようかな」
「いえいえいえ! お客様に仕事を手伝わせるなんてとんでもない!」
早くどっかに行ってくれと、本音を言ってしまいたかった。
「……」
「あの、面白いですか?」
それなのにエルフはずっとそこにいた。
そして僕を舐めるように見つめていた。
「つまんない」
「なら」
「でも面白くなるかもしれなくもない……?」
邪険にして機嫌を損ねることだけは避けたいが、どうしようもない。 気にしても仕方ないし僕は畑仕事を続ける。
(やりづらい)
その次の日も、彼女は僕を見ていた。 まるで観察されているようで息つく暇がない。
加えてなぜか僕の部屋で寝るようになった。
彼女は綺麗だから、男としては喜びたいところだが元ダンジョンマスターとしては恐怖が勝る。
そしてついに僕のストレスが限界を迎えた頃ーーーー
「君、やっぱり面白いね」
「……何がですか」
「だってダンジョンマスターなのに人の振りをして生活してる」
(あ、終わった)
エルフには僕の正体が分かっていたのだ。
その上でなぜか泳がせた。 確信を得るためなのか理由は分からない。
けれどこれで僕の村ライフは終わった。
前世と同じだ。
ダンジョンマスターとは人とは相容れぬ。 殺し殺されることが常識なのだから。
そして僕は彼女に勝てないし、殺されるとしても今世においてもう僕は戦いたくなかった。
「はあ、殺るなら早く殺っちゃってください」
「? どういうこと?」
「ダンジョンマスターは人の敵。 モンスターと変わらないのでしょ? おめでとうございます、これであなたも攻略者と呼ばれて歴史に名が残りますね!」
やけくそにそう言うとエルフは首を傾げて考えた後に、理解した様子で手を叩く。
「ダンジョンマスターの役割を私は、エルフは知っている。 短命の種族は知らないし、興味もないみたいだけど」
植物は空気を浄化する。
ダンジョンは魔力を浄化する。
エルフたち、少なくとも目の前の彼女にとっては同じように世界に必要な存在で、悪という認識はないらしい。
「だけどダンジョンマスターにも心はある。 悪に堕ちる者がいることも事実」
ダンジョンマスターの力は強大だ。
ダンジョンの中であれば魔力次第で神に等しい力を振るう。 故に傲慢になるやつらもいる。
「しかしあなたは極めて無害」
「……それを確かめていたんですか」
「うん、私はあなたを殺さない。 むしろ興味がある」
害かどうかでいえば僕ほど無害なダンジョンマスターもそういないだろう。 なんてったってモンスターを一体も創っていないのだから。
殺されない安堵というか、理解者を見つけた嬉しさというか、そう油断させて殺すつもりじゃないかという疑心だったり、色々な感情がない交ぜになっていた。 しかしやっぱり一番は、
「ああ、まだ生きられる。 この生活を続けられるんだ、良かった」
安堵が強く、僕はここ数日で詰まっていた息を一気に吐き出した。
「変わってるね。 村の生活なんて面白くなさそうだけど」
「面白くはないです。 けど穏やかな日々は、なんというか沁みるというか」
「なんだか療養してるみたい」
エルフの言葉はまさにその通りだった。
僕の心の傷はこの十数年の生活で、とても癒されていたから。
「ここで最終試験」
エルフはひどく真面目な表情で言った。
「あなたのダンジョンを見せてもらう」
しかし瞳は興味津々といった様子で、好奇心が溢れていた。
少しだけ緊張しつつ、僕はエルフを部屋へと案内した。
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