第4話:友達(?)になった


「これは……」

「すごーい!」


 床の扉を開き現れた階段を下りた先はコテージの部屋に繋がっている。


 コンパクトなキッチンに、ソファーやテーブルなど最低限の家具が置かれた部屋はまだ少し寂しい。


 しかし二人が驚くには充分だったようで、執事は息を呑み、ご令嬢は解き放たれた獣のようにはしゃぐ。


「ここからの景色が最高なんですよ」


 僕も初めて来たけれど、そんなことを言って海の見える大きな窓を開けると潮の薫りがふわりと香った。


「あれはなに? 湖?」

「いえ、あれは……まさか海、でしょうか?」

「たぶん? 僕も本でしか知らないですけど、そうだと思います」

「なぜ、内陸の、地下に……?」

「不思議ですよねー」


 執事はぶつぶつ「魔法? 空間魔法? それとも幻? 分からない」などと思考を巡らせているようだが、早々分からないだろう。


 しかし彼のことは置いておいて、海を目指して外へ飛び出したご令嬢を僕は追いかけた。


「外は春なのに、ここは夏みたいなのね!」

「ええ、不思議ですよね! 空もあるし、実は夜にもなるんですよ! それより勝手に行かないで下さい!」

「無理よ! こんなに不思議で、楽しいんだから!」


 ご令嬢は砂浜でゴロゴロしたり、海にダイブしたりやりたい放題だ。 本人は楽しいだろうが、これでケガでもしたら僕や執事の責任になるので自重してほしい。


 しかし彼女の様子を見る限り「楽しませる」という目的はクリアしただろう。


「これで満足しましたか?」

「ええ、大満足よ!」

「では年貢の件お願いしますね」

「……?」


 念を押すように確認すると、ご令嬢はきょとんとした様子だ。


「……まあ、大丈夫ならいいです」


 彼女は割りと鳥頭らしい。

 まあ口で言うだけで、大して本気ではなかったのであろうと思っておこう。


「ではそろそろ帰りましょうか」

「えー、やだー!」


 ご令嬢の遊び相手となってしばらく、嫌がる彼女を引っ張ってコテージへ戻った。


 服が乾くまでのんびりしようと、僕は冷蔵庫から飲み物を取り出す。


「て、寝てるし!」


 ご令嬢はテーブルに突っ伏して寝ていて、執事は苦笑いして麦茶の入ったコップを受け取った。


「お嬢さまのお相手、ありがとうございました」

「いえ、いつもこんな感じなんですか?」

「さすがに屋敷ではこんなにはしゃぐことはないですね。 こことは違って人の目がありますから」


 周囲の目を気にするタイプには見えないが、腐っても小さくても貴族ということなのか。 貴族は体面をひどく大事にする、と前世で聞いたことがある。


「ここのことはできれば秘密にして欲しいんです」

「報告は致します」

「そうですか……」

「ご当主様は大らかな方なので、取り上げるなんてことにはなりませんからご安心ください」


 一瞬の不安を感じたのか、執事は自信満々に断言した。


 まあ貴族なら行こうと思えば海なんていくらでも行けるだろう。 農民の不思議な秘密基地を暴くような無粋はしないと信じたい。


「その言葉、信じますよ」

「はい。 では、お嬢様が起きる前にお暇させていただきます」


 執事はご令嬢をお姫様抱っこして階段を上がる。 確かに起きたら帰らないとだだをこねて面倒そうなので、その提案には大賛成だ。


 ダンジョンから出ると見慣れた簡素な部屋、その景色に夢から覚めたような物寂しい気分になった。


「まだ……」


 部屋の扉を開けて見送ろうとしたが、ご令嬢は寝ぼけたまま僕の袖を掴んでなにやら呟いた。


「では」


 起こさないように優しく手を取り、執事と彼女を見送った。


(さよなら)


 貴族と農民の僕らはもう会うこともないだろう。


 出会いの印象は悪かった。 しかしなぜか少しだけ寂しいのはなぜなのか、自分でもよく分からない。


「さよなら」


 明日からまた平穏な、僕の愛するいつもの日常がやってくる。


 畑を耕し、ダンジョンを創り、のんびりとした時間を過ごす。 それが幸せだ。


 けれどたまにはこういうイベントも悪くない、そう思った。





 後日、高価な紙を使った手紙とお礼の品が僕宛に届いた。


『また遊びに行くから!』


 次は彼女をどうやって驚かせてやろうか。

 少しだけ楽しみな自分に驚きながら、僕はダンジョンの構想をのんびり練っていくのだった。


 



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