第2話:ダンジョンを創ろう
誕生日の翌日、僕は手元の魔石に魔力を注いでいた。
「中魔石なんて大奮発だ」
モンスターから取れる魔石というものは、そこそこの値段がするものだ。 ましてや現金収入のない貧乏農家にとっては財産と言ってよい。
もちろんこれは買い物ではなく、父が若い頃に死闘の果てに手に入れ取っておいた大事な品だったようだ。
「うん、一生大事に使わせていただきます」
ダンジョンマスターがダンジョンを造る時に、初めにやることが魔石に魔力を注ぐことだが、これに結構苦労することになる。 下手をすれば日を跨いで、何日も魔力を注ぎ続ける必要がある。
しかし僕の魔力は暇潰しのように魔力操作を鍛えていたおかげで、ちょっと可笑しいくらい多い。
魔石に魔力が行き渡り、淡く光を放つ。
『コア生成』
ダンジョンの核となるコアを、自分の部屋の床に落とすとズズズと吸い込まれるように沈んでいった。
これでこの部屋はダンジョンとなった。
『アマリの部屋ダンジョン-階層一』
「よし、あとは育てていこう」
ダンジョンは魔力によって育つ。 育つとは階層が増える、モンスターを配置するなどダンジョンを充実させていくことを指すダンジョンマスター特有の言い回しだ。
まずは二階層をどう創ろうか。 時間はいくらでもある。 のんびり考えていこう。
「とりあえず畑に行きますか」
今日ダンジョンマスターとなった僕アマリだが、本業は村人で農民だ。 それは忘れてはいない。
※※※
「お嬢さま本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
アイアン子爵の令嬢は水晶を指して言った。
「見えるのよ、見えるのよ。 辺境の村で大冒険が私を待っていると、占いの結果が出てるのよ」
「お言葉ですがお嬢さま」
なんにでも興味を示すお年頃。 剣に槍に、魔道具に農業や商売、物語や占いまでなんでもこなす才女でお転婆すぎる少女が突飛なことを言い始めるのはこの屋敷の人間には見慣れた光景であった。
「そのような装備は不要です」
「そうなの?」
レザーの防具に、大きなリュックには何が詰められているのかパンパンに膨らんでいる。 そして腰には剣を薙いでいる。
「村といっても未開の地ではありませんので。 移動も馬車で半日ほどかと」
「あらそう。 父上に今年は巡回に付いていくと伝えなきゃ!」
彼女はそういうやいなや部屋を飛び出して行った。 後に残された執事のため息が部屋に響いた。
※※※
「平和だなあ」
農作業の手を止めて、持ってきた芋を頬張りながら呟いた。
本来10才だと学校に行ってもいい年齢である。 しかし町に住んでいるならともかく、村では有識者のところに通って簡単な計算や文字を習う程度だ。
人生二度目の僕は早々にもう来なくて十分。 これ以上学びたいなら学校に行ってくれと追い出された。
「ただ風を感じてのんびりすることは素晴らしいね」
今日の戦いに怯えることも、明日の不安に備える必要もない。 心が自由だった。
そして農作業を終え、日が暮れると急いで家に帰る。
「続きどうしよーかなあ」
ダンジョンをどう育てていくか、最近はそればかり考える。
秘密基地を造っているようで、考えるだけで楽しくて仕方がなかった。
「ちょっといいか」
そんな時、父が深刻な表情で家族を集めた。
「この村周辺でモンスターの群れがいるらしい。 町の冒険者ギルドに依頼を出すから、しばらく子供たちの仕事は休みにしようと思う」
モンスターはどこにでも現れる。 そして農作業中にモンスターと出くわせば死者も出てしまう。 ゴブリン一体程度ならまだしも、群れとなると一般人に対処は難しい。
母は深刻そうに頷き、兄は「俺が相手になってやる」と息巻き父に叩かれていた。
一方僕はというと、
(二階層を広げる前にダンジョンでなんとかしとこうかな?)
平穏な村ライフを脅かすものは許さない。
僕は一人静かに防衛の算段をしていくのだった。
○
十日ほど経った村は至って平和であった。
「こんな壁一体誰が、なんのために作ったんだ……?」
村と畑を囲うようにそびえる壁を見上げて父が呟いた。
「精霊様のご加護か?」
そう言いながら壁を蹴るのはやめてほしい。
といってもダンジョンの壁だから基本的に破壊出来るものでもないが。
その壁を創った犯人は僕だ。
モンスターが暴れて住むところがなくなっては困るし、顔見知りの苦しむ姿は見たくなかったので勝手にやった。
その分、ダンジョンを育てるのに貯めていた魔力はだいぶ減ってしまった。
「さあ? まあいいんじゃない? これでモンスターに怯えなくて済むし」
「まあそうなんだが」
父は納得いかない様子で、壁をペタペタと調べている。
今回、僕はこの村をダンジョンの一階層として広げた。
故に村人の微々たる魔力は手に入るし、自由にカスタムーー家を建てたり、水路をつくったりーーできるようになった。 さすがにやりすぎて村人たちに不気味がられても困るので、これ以上積極的に何かするつもりはないけれど。
「まあ時間はある。 ゆっくり創っていけばいいさ」
前世では世界のため、自身の命を守るため、ダンジョンを早く育てる必要があった。
しかし今世は趣味の空間でしかないのだ。 焦る必要はない。
今日も僕は農民として生きていく。
「村長! 村長おおお!」
村人の一人が血相を変えて走っていく。
父の場所へ連れていく。
「お、お貴族様がきてて!」
「なんだと!?」
村に貴族がわざわざ来ることはない。
使いのものが年貢を納める際に馬車に乗って来るくらいなものだ。 俺は見たこともない。
そんな人が急に現れたとあって、父は頭が真っ白になっているようだ。
(父さんがんばれ!)
嫌な予感を感じつつも、僕には関係ないと他人任せに父へエールを心の中で送るのだった。
ダンジョンマスターにも出来ないことはあるのだ。
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