番外:龍王が強者であり続けるために

龍王リーズィ・ウルティム・ヴィクトリーツァ


この世界において一定以上の強さを持つ生物にとってその名は最強であり、絶対であり、目指し続ける頂点に君臨し続ける存在を示す名前である。

真名の公表は呪いや服従、成り代わりや支配といった影響を受ける危険性があるにも関わらずその真名が広がり、その状況にあっても最強であるという事実が覆らないという事はつまりそういう事である。

そんな彼に挑み続ける者は絶えず、実力を見誤った若い戦士から始まり王の名を冠した無類なき強者至るまでありとあらゆる者が挑み続ける。

そこにあるのは龍であるか否かは関係なく、悠然と挑まれる者と無謀にも挑む者という事実だけである。




『オ”オ”オ“オ“ォ”ォ“ォ”ォ“!!!!!!』


そして今日もまた、頂点に挑む者が現れる。

……全長100mを超える巨大な肉体に、引き抜いた何かの骨を加工して作られた棒を持った大猿が空に浮かぶ雲の様な物に乗って龍峡、その隣にある草木が生えていない大きなクレーターがある場所に現れる。

乗って来た雲から飛び降り、手に持った棒を大きな音を立てながら地面に突き立てて、咆哮を上げる。


挑みに来たぞ。早く出てこい。俺と戦おう。

そんな意思を込めて、大猿は咆哮を轟かせる。


そんな咆哮に応える様に突如として大猿を含めてその場が陰り、空に浮かんでいる太陽の輝きが遮られてその場に届かなくなる。

上空を見れば、既に其処に頂点がいる。


『ルゥオオオオオオオオオ!!!!!!』


挑発するかの様に大猿が放った咆哮へ返事をするかの様に頂点は空から方向を降り注がせる。世界を揺らすが如き咆哮は大猿の体を震わせ、大猿の目に挑戦者に相応しい敵意と殺意を宿らせる。

そうして二匹は向かい合い、敵意と殺意を互いにぶつけ合う。発生する筈がないのに、それはバチバチと雷同士がぶつかり合っているかの様な音が発生する。


『オ”オ”オ“オ“ォ”ォ“ォ”ォ“!!!!!!』


最初に仕掛けたのは挑戦者、狒々の王から六匹の王を屠り喰らう事で獣の皇帝となった獣皇。その真の名は斉天大聖、知恵と暴虐を持って挑戦者となった者だ。


獣皇は咆哮を上げながら、その手に棒を握りしめて龍王へと薙ぎ払う。嵐が来たかの様な強風を引き起こすその薙ぎ払い、それを龍王は躱す事も流す事もせずに当然の様に勢いそのまま弾き返す。


『ギュギョオ!?』


弾き返された棒はそのまま攻撃に意識を割いていた獣皇の頭部に突き刺さり、獣皇は痛みと衝撃から地面に倒れて全身をのたうち回させる。

対する龍王はその様子を眼下に入れながら喉を鳴らして特殊な音を掻き立てる。それと同時に龍王の周囲には無数の魔法が形を成し、その射線は全てのたうち回っている獣皇へと向けられている。


『ギュ、ギィギャア??』

『グルゥオォォ!!!』


獣皇がその魔法に気づいた瞬間、龍王はその翼を大きく広げて咆哮と共に羽ばたかせる。それだけの動きで突風が吹き荒れて獣皇の体を地面に固定し、龍王の周囲で形を成していた魔法が降り注ぐ。

三分間、途中で収まる事なく降り注ぎ続けた魔法は獣皇に声を上げさせる事もないままその命を削り切る。

その場のクレーターは魔法の余波を受けて深く広くなり、龍王は獣皇の死亡を確認するとその骸の元へと降り立ち喰らい付く。頭部と心臓、それから腹部から黄色い結晶を取り出して喰らい尽くし、それからその死体を凍らせて持ち上げる。

そのまま声を発する事なく飛び立ち龍峡へと戻る。



────────────────────────



「まだまだ粗が目立つな...

もっと繊細に、もっと精密に魔法を操作しなければ」


龍王リーズィは獣皇を龍峡に持ち帰り、食べ残しとも言える獣皇の残骸を龍たちに与え、それから龍峡の最奥地である自身の家でそう呟いていた。その体の周囲では数千以上の雷球や火球、水球といった様々な魔法が多種多様な軌道を描きながら飛び回っている。


何をしているのか? 今更龍王である彼に必要なのかは理解出来ないが、現在の彼は魔法を自由自在に扱える様になるために若い龍が行う鍛錬をしている。

並の龍が百数個で終わる中、数千にもなるその様は彼が上位に立つ存在であるという紛れもない事実であるが、今の彼はその鍛錬を真剣に行い続けている。


「ちっ、失敗したか。もう一度だ」


下を打ち全ての魔法が霧散し、それから一つずつ魔法が周囲に作り出されて動き始める。一つまた一つと数が増えていく中で、リーズィは目を閉じて思考の海の中に潜っていく。魔法の生成は継続され、操作もまた同様に継続したままの状態である。


では彼は一体何を考えているというのか、全てを理解することでは出来ないだろうが...おそらくは自身の力について悩み考えているのであろうと思われる。

そうでなければ、龍王である彼が態々魔法操作の鍛錬を今さら行うはずがないのだから。


では何故か、それは敗北したからである。

己より脆弱でありながら己を恐れなかった男、全ての龍を救ってくれた返し切れない恩がある盟友。鍛錬で遊びの一環だったが、想定以上に興が乗って全力ではないとはいえブレスを放ち、そして己の肉体に大きくそして深い傷をつけられた。命の奪い合いではなかったという前提だが、それでも成長し切ったと思っていた己自身の肉体に傷をつけ生まれてから初めての敗北の二文字を叩きつけられた。



最初は驚愕、次は賞賛、それから後悔と怒り。

それが初めての敗北を前にしたリーズィの感情の揺れ動きだった。ほんの少し魔法を教えただけ、たったそれだけで己に傷をつけるまで育ったという驚き。ブレスを正面から受けても諦めずに、僅かな勝利の可能性を掴み取った盟友への賞賛。生まれて初めての敗北に対してもっと出来た、油断がなければ、ブレスを放つのが早過ぎたというあらゆる後悔。そして、史上最強の龍王と呼ばれ多くの王に至った生物を屠り続けたその先で、己は育ち切ったと思っていた傲慢と怠惰に対してのどうしようもなさすぎる怒り。


故に龍王リーズィ・ウルティム・ヴィクトリーツァは鍛錬をしているのだ。それも一から、己自身のありとあらゆる未熟を無くすために。もう二度と己自身にあの様な無様な敗北の二文字を刻み込まないために。己自身がこの世界の最強であると、頂点であるとこの世界で唯一無二の友に胸を張って宣言するために。


「フゥーーーーー…………森に潜るか」


生成した魔法の数が七千に届く直前、火球と水球が重なり合って対消滅を引き起こし、それに連鎖するかの様に自由に飛んでいた魔法が接触し合い対消滅を引き起こす。その様を眺めながらリーズィは深く深く息を吐いて、連鎖し続ける魔法たちを掻き消しながら移動して、壁に立てかけられた大鉈を取り外して家から出ていく。龍に牙を届き得る生物が無数に存在する大森林、その場所へ力が制限される人型の状態で。



龍はもう立ち止まらない。どれだけの力を得ようと、どれだけの歳を重ねようとも、龍は未来永劫強くなり続け衰退の未来を辿る事はない。

王が停滞を止めたから、王が終着点ではないということを示したから、あらゆる龍が成長の可能性を見出したのである。幼龍は偉大なる王に追いつくために、若い龍はいつの日か王と並んで戦うために、成龍は今なお止まらない王を越えるために、老龍は再び魂に刻み込まれた闘争の日々に戻るために。各々がその翼を広げ、爪牙を磨き、空を見上げ続けるのだ。

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