番外:勇者クラージュ・エスポワ

街道をゆっくりと馬車が進んでいく。荷台には僅かな荷物だけが乗せられ、御者台に座り馬を動かしながら風景を眺める一人の青年以外に人の気配を感じない馬車がゆっくりと進んでいく。


「平和だねぇ...俺本当に必要なのこれ?」


わちゃわちゃと集まっているウサギの家族を、親と子で並んで歩いている鹿の家族を見て青年はそう呟く。

事実として青年の周りは平和の一言で表せて、血の匂いも漂っていなければ魔獣の一匹も見えていない。青年がこうして馬車での移動を始めて半月が経過しているのにだ。


カラッ

「うん? ……あぁ、大丈夫だよ。流石にもう捨てていくことも、再封印することもしないさ。

ただ本当に平和で、俺が必要なのかと思ってね」

カラ、カラカラッ

「ふーん、そうなんだ。姫様の命令だから職務は全うするし魔王とやらは殺すけど、俺は別に和平を訴える気なんてないよ。そういう難しい話は俺じゃなくて、姫様とか宰相殿がやればいいんだよ。俺は戦うだけ」

カラ、カラ、カラカラ

「降伏するなら? まぁそれだったら認めて上げるけど、絶対降伏なんてしないでしょ。それを出来るだけの考えがあるなら、最初から総力を出した侵略活動なんてしないよ。国同士の結束は緩いし、大昔に降り注いでた正義の神様の加護はもう無いんだしね」

カラ、カラ

「ん? 仲間の性別? 別にどっちでもいいよ。戦える気概があって、それに相応しい能力があれば。あとはある程度フットワークが軽くて、交渉関係に造詣が深かったらいいね。無ければ、姫様に泣きついて国の財務関係に準じてる人を手配してもらうけど」

カラ、カラッ

「今向かっている理由? 魔法使いが一人欲しかったんだけど、魔法部隊は最近新人が沢山入って忙しそうだったから誘えなかったからね。という事で魔法学園に聞いた万能の名前を授かった少女、もしくは冒険者の魔法使いを雇いたいなって思ってね」

カラ、カラカラ、カラッ

「はは、そんなわけないでしょ。俺はもうこの命も魂も何もかもを国と姫様に捧げてるから、誰かを愛する気なんてサラサラないし、誰かと子供を作る気もないよ。元々性欲は滅茶苦茶薄いし、そもそも君は俺が誰かと姦淫した瞬間に俺を殺す気でしょ?」


青年が独り言を話す。まるで隣に誰かがいて、その相手と話しているかの様に楽し気に。

だが青年の周囲に人の気配という物はなく、強いて話しかけている相手を上げるのならば、馬車を引く二頭の馬か白い光と点滅させている青白い剣のどちらかだろう。見た感じ青年の独り言に反応して点滅しているので、おそらく青年は青白い剣と話しているのではないだろうかと考えられる。


「あぁーー、体が鈍りそう。どっかにダンジョンでもないかねぇ..そろそろ体を動かしたいんだが」

カラ、カラカラ

「ほーん、悠久ダンジョンの上に出来た街なんだ。

それじゃあ魔法使いの勧誘が終わったらダンジョンにでも潜ってみるかーー。合わせの名目で」

カラカラ

「はは、うるせぇ。お前が言わなきゃバレないし、そもそもお前と意思疎通が出来るのは俺だけだしな」


そう言うと青年は軽く笑って、光の点滅を繰り返し続ける剣を叩く。それほどの強さではなく、友人同士が肩を叩き合う様な強さで。

すると剣は光の点滅を弱めて行き次第に沈黙する。それをみて青年は小さく笑って、それから手綱を握りながら周囲の景色を見る事に準じていく。


────────────────────────


クラージュ・エスポワという名の騎士がいる。生まれはコスモス共和王国の騎士団の所属であり、その中でも特別な者だけが集められる十二天騎士ナイト・ユラナ・ユダの名を冠した騎士隊に所属している。

何よりもその名は若き天才の象徴であり、共和王国における最高の英雄の名である。


超同時多発大氾濫オーバー・スタンピード

多種多様なダンジョンが国内に無数にある共和王国にとって最も恐れ、そして絶望する事象。国内のダンジョンで大氾濫スタンピードが発生し、それに連鎖する形で周辺のダンジョンが同時大氾濫サイモル・スタンピードを発生させる。そしてそこからさらに連鎖を引き起こし、国内のほぼ全てのダンジョンが大氾濫を引き起こすという災害を超えた何か。

クラージュ・エスポワという騎士はその発生した超同時多発大氾濫オーバー・スタンピードに誰よりも早く気付き、そして迅速な鎮圧に向かう全騎士団員の代わりに戦えない人間の集まる場所となった王都を背中に、単独で数千万以上のモンスターを相手にして王都を護り切ったという偉業を成し遂げている。

それ故にクラージュ・エスポワという騎士は英雄であり、歌にも劇にも本にもなった憧れである。

そして、今の彼は新たな歴史を刻む旅路にある。

始まりの希望オリジン・ホープという名称を持つ聖剣に選ばれた勇者として、人間世界を侵略し始めた悪魔とそれを率いる魔王を討つ旅路に。



というのが騎士クラージュを語る本に記されている内容である。勿論全てが事実であり、騎士クラージュは戦士ではない者を護り、戦士であるのならば誰であっても隣に立って戦う精神性を持っているが、当の本人が望んでいることは命を賭けた戦いである。

王都の守護を一人で担った理由もそこにあり、大氾濫が完全に収まった後の宴会の裏で同僚を相手に、とても楽しい時間だったと言っていたくらいである。


そんな高潔ではあるが世界を救うには相応しいと言い切れない彼が何故聖剣に選ばれたかというと、全く分からないのである。騎士クラージュが何時もの様に朝起きた時には既に枕元にあり、教会に返納しても何度でも枕元に飛んで来たのである。

それは即ち聖剣に持つことを許されたのではなく、聖剣が騎士クラージュという一人の男を選んだという事になる。前例が一切ない聖剣自身の意思が。

なお、当人は自分が勇者なんて柄ではない事を把握しており、全力で拒否していたし懲りずに何度でも教会に返納し続け、自分で台座に突き刺していた。


では何故彼が今勇者として旅路にあるのか。

それは根負けしたというのもあるが、それ以上に彼の直属の主君である第三王女殿下に命じられたからである。魔王を殺して来い、その一言だけの命令に従って現在の旅路にあり、今現在は魔王を殺すための仲間集めの最中である。神託には戦士と弓兵と聖女の所在があったが、魔法使いの所在は無かったので有望株の勧誘の為に単身でこのミゴンへの旅路にあるのである。


カラカラ

「うん? ほーん、それじゃあ一旦そっちに向かうとするか。すまんなお前ら、少し左に逸れてくれ」


また彼だけが把握し、最後まで一部の存在以外が知り得ない事実がある。クラージュ・エスポワは始まりの希望オリジン・ホープの声を聞き、話すことが出来るのである。

聖剣への親和性か、彼の特異性かは分からないが彼は自由に聖剣と話し意思疎通が取れる。それ故に彼は聖剣の力を全て引き出す事が出来る、歴史上で唯一無二にして最強の勇者と語り継がれるのだろう。



「それでは悪魔の力、拝見させて貰おうかね?」

カラカラ、カラッ

「お前はまだ使わん、死に掛けたら使ってやるよ」

カラッカラッカラッ

「ははは、安心しろよ。姫様の命令を全うするまでは死なねぇからよ」

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