ミゴンへの道中(昼)
街道をゆっくりとした速度で進んでいく。
速度を上げてしまうと道を荒らしてしまうのもそうだが、それ以上に街道を保護している結界を取り込みかねないので馬たちにはゆっくりと進ませている。
とはいえサルバ曰く、これでも並の馬車より速いらしい。並の馬車だともっと遅く、あの場所からミゴンに辿り着くまで十日は掛かるとのこと。この速度ならば三日から五日くらいで辿り着けるとのこと。
「そういえばドラコー様、貴方様の旅の目的とは一体何でしょうか?」
「うん? 旅の目的か? これと言った目的は、無いな。強いて挙げるならば定住地探しだが、それも最優先の目的という訳ではないな」
「なるほど、目的の無い旅ですか...」
「あぁ、この世界の事をあまり知らないのでな。まずはこの世界のことをよく知るために旅をしようと思ってな」
「ほう、それは素敵な旅ですね」
「あぁ。お前はどうして奴隷商に?」
「父からの後を継いだんです。元々は食品と布と鉱山資源を取り扱っていた商会だったんですが、上の兄三人が後継を拒否したので残った私が後継に」
「なるほどな、上の兄は何をしているんだ?」
「一番上は海上の護衛隊を結成して活動して、最近では貴族の護衛任務を任せられているそうです。二番目は無事なのは分かっているんですが、何処にいるか分からないんですよね。アマゾネスの集落から依頼があったから其処に行ってくるというのが最後でした。三番目は伯爵家に婿入りして奥さんと仲睦まじく生活していますね。最近息子が反抗期ということでかなり気落ちしている様ですが」
「それは、一族揃って随分と出世しているんだな。
………ところでアマゾネスってどんな種族だ?」
「まぁ、元々未来を考えず刹那的に決めて生きる一族ですから。アマゾネスは女性しかいない種族ですね、幼少期から虎と戯れ合い森に山を駆け巡る女傑という言葉が一番似合う種族です。気に入った男性は複数の女性で囲い込んで捕まえるという噂を聞きますね」
「ほう...それ、お前の兄は捕まっていないか?」
「多分捕まっていますね、まぁアマゾネスの集落特有の品が届くので私としては助けなくていいと思っていますが。むしろ助けようとした時の被害が大きいんで助ける予定はないです」
「そんなものか?」
「そんなものです。商売人は義理堅いですけど命の無事が確約されていて、それで安定した供給が得られるなら家族だって差し出しますよ。父はそれで私の叔父を何処ぞの貴族に渡して、その代わりに向こう数百年は後ろ盾になってもらうという契約をしましたね」
「………壮絶だな」
人間ってこんなに過激な種族なのか。全く知らなかったな、これは少し人間との交流を考えた方がいいかもしれん。仲良くしていると突然肉盾にされるか、売られて妙な契約を結ばされるかもしれん。
…………………いやまぁ、流石にサルバの一族が特別なだけか? だが、警戒なしで交流するのはやめておいた方がいいな。確実に盤面をひっくり返せる手札を幾つか握りながら交流しよう。
最終的に不条理になったらその場所全部沈めれば、存在自体がなくなるから充分だろう。あとはグレイスに手を出すようなら生まれてきた事を後悔させながら、一族郎党皆殺しにしよう。いつか人間が手を出してくる様な気がするから、その準備をしておこう。
「ご安心を、私は流石にそこまではしませんので。
二番目の兄は、自分の意思でアマゾネスの集落に向かったので自己責任です。手紙には子供が産まれたという事も書いてありましたので、おそらく幸せに暮らしているのでしょうしね」
「そうなのか?」
「はい、それに私は叶う事ならば奴隷商を辞めたいですし」
「………奴隷商を?」
「えぇ、だって人の命を売ってそれで利益を得るなんて、畜生か神の所業でしょう?」
「それをしている人間はクズ以外の何者でもない、そう考えていますよ私は」
────────────────────────
「なるほど、お前はそう考えているんだな」
「……否定しないのですか? 昔にこれを友人に言ったときはかなり否定されたんですが」
「俺は人間じゃないし、人間の世界を知らんからな。
ただ言えることがあるなら、お前は強いという事だ。己の考えを持ってそれを他者に押し付けず、その上で背負った責務を果たし続けている。例えそれは力を持っている龍であっても難しいだろうな」
まぁ龍はそもそも我を貫き通す奴等で、己の考えを周囲に叩きつけて否定した奴を全員捩じ伏せたらそいつが正しいとか言う地獄だから、難しいと言うより龍にとってはそんなことを出来る奴がいないんだが。
改めて考えると終わってんな龍峡、作った物で競い合う様になってかなりマシになっただろうが。それでも普通にやってそうなんだよなぁ、魂に戦いが染み付いているような種族だし場所だし。
「………そうですか、それは少し救われましたね」
「そうか? なら良かった。
暗い話はここまでにして、明るい話をしようじゃないか。お前は結婚して伴侶はいるのか?」
「いますよ、二人ほど。幼馴染と商会を作った時から私に付き合ってくれた人が」
「ほう、仲は良いのか?」
「良いですよ。まぁ最近家を空ける事が多くなっていますので、妻同士が仲良くて私は少し孤独感を感じていますが」
「それは、お前が悪いな。たまには仕事を休んで妻の相手をしてやらないとな」
「そうですね...今回帰ったら暫くは大きい仕事を入れないようにしましょうか。久しぶりに家族と一緒に過ごす時間を増やしてみるようにしてみます。
いきなり増やされても困るでしょうし、ゆっくりとですが」
「それがいい、ちなみに子供は?」
「六人ほど、息子が二人に娘が四人です。上の息子は私の後を継ぎたいと言ってくれて、今は支社の下っ端でじっくりと下積みをさせつつ商売の勉強をさせています。下の息子は冒険者になりましたね」
「ほう、心配じゃないのか?」
「最初は心配してましたけど、この前に仲間を連れて会いに来てくれまして、元気そうで何より仲が良さそうにしていましたのでもう心配していませんね」
「そうか、娘の方は?」
「上二人はそれぞれ農民と漁師に嫁ぎました。定期的に家族揃って会いに来てくれますし、会いに来れそうになければ手紙を送ってくれます」
「ほうほう、下の二人は?」
「今は学校に通っています。魔法を使いたいと言っていたのと、商売人になって私を超えると言っていたのでしっかりと学べる場所に入れてあげました」
「なるほど、愛しているんだな」
「それは勿論、大切な家族ですから」
「ならしっかりと時間を用意しないとな?」
「うぐ...そうですね、そうします」
良い父親なんだろうな。あまり長くは時間が取れていないだろうが、子供と関わる時間は作り出してやりたい事を優先して背中を押しながら、過度な干渉を避けつつ支援をしている。親じゃないからよく分からないが、良い父親だと俺は思う。
まぁそれはそれとして、家族の時間が取れていない事に関してはどうかと思うし、程よい弄りのネタになるから使っていくが。
「あぁ、そういえば同行者について聞いていなかったな。教えてくれるか?」
「同行者、と言いますと後ろに乗っている者たちでしょうか?」
「うむ、一応知っておこうと思ってな」
「なるほど、ではお教えしましょう。
まずはラネア、お二方に助けを求めた少女です。彼女が望むので首輪を付けていますが、彼女は奴隷ではありません。商会の得意先が色々と面倒な事になっているという訳で託されたので商会で育てています。
続いてラガル、リザードマンと人間のクォーターの青年です。リザードマンの要素は目と身体能力だけで、ほとんど人間ですけどね。槍の扱いが上手くて明るい男なんですが、酔うと暴れる性格をしていましてそれである酒場を崩壊させたので奴隷落ちしました。働いてその報酬から借金を返させているんですが、一向に減らないんですよ。禁酒は無理だったので減酒させています」
「ほうほう」
ラネアだな、覚えたぞ。他と若干気配が違ったのは奴隷契約が結ばれていないからだったか。
それからラガル、こいつは槍を持っていた男だな。普通に異形を一撃で刺し貫いていたから覚えている。
「続いてノルド、元冒険者でしたが行く宛をなくしたとの事で身売りをして来ました。左腕が義手ですのであまり力仕事等はさせられませんが、計算が出来るようなので護身武具や野営道具を選ばせてそれの購入を任せています。
次はティオ、彼女は元農民ですね。口減らしに殺されそうになっていましたので私が買い取り、紆余曲折があった末に奴隷となりました。主に子供の世話や荷物を積む仕事を任せています」
ノルドは髪の毛が若干後退している男だな。あまり動かしているように見えなかったが、義手だったのか。
ティオは快活な女だったな。ちらっと聞こえた話によればラネアを襲われている場所から逃したのは彼女らしいな。
「それからアズラ、元侯爵令嬢ですね。ここで話すには長すぎる紆余曲折がありまして、その末に彼女は私の奴隷になりましたね。個人契約で結びましたので私の専属奴隷という扱いですが、彼女の役職としては商会の経済部門の幹部です。貴族らしく相応の教育を受けてきたようで、とても世話になっています。
そしてラヴィニャ、私が自分の意思で他の場所から購入した最初で最後の奴隷ですね。彼女がいた奴隷商会が閉鎖したのですが、最後の最後まで売れ残り殺処分されそうになっていたところで買い取りました。口数は多くありませんが心優しく、誰かのために自らが傷つく事を厭わないくらいに心優しいのです。ちなみに今もまた連れ歩いていますが妻たちからは連れて行くな、私たちにも愛でさせろと言われています」
アズラは青い長髪の女だな。異様なまでに品の良さが見て取れたし、気配の中にある契約が縛るとしての側面以上に解放するという側面が強かったから覚えている。
ラヴィニャは黒髪の小柄な女だな。見た目的にはラネアより少し大きいくらいだが、そう言った事情があるならば仕方ないな。あと、おそらく表に出てくる事はないだろうが根源の方に何かしらとんでもない物を抱え込んでいる気がするな。不安を煽る理由もないから言わないが。
「ありがとう、よく分かった。お前は何か俺に聞きたいことでもあるか?」
「でしたら、貴方様についてお教え下さい」
「俺についてか? どんな話が聞きたい?」
「出来たら全て聞きたいのですが...」
「全部? いいぞ、忘れている事も結構あるから昔の話はあまり詳しい事は話せないがいいか?」
「勿論です、是非ともお聞かせ下さい!」
「………それじゃあどこから話すかな?」
そんなこんなで俺の話を聞かれたので、ゆっくりと話していく。流石に血肉が生きたまま貪られたところを話す必要はないので、適度に誤魔化しながら話す。嘘七割真実三割くらいの割合で話していく。
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