襲来、出撃

「長! 報告が!!」


俺とグレイスがゴブリンたちに鍛錬をしてから数日、アコニトと石材を武器に加工してその出来具合を話し合っていると、家の中にかなり焦った様子のゴブリンが飛び込んでくる。

普段用事がある時はノックをするか外から声を掛けてくるのだが、今回はそう言った事をせずに扉を体当たりで開けながら飛び込んで来た。

話している最中だったのでこちらにどうするか視線で問い掛けてくるので、相手をしてやれという意味を込めて飛び込んで来たゴブリンに視線を向けて手元のジュースを飲み始める。


「何があった?」

「は、はい!! 南西にある丘の近くで十八匹の怪物、トロルを捕捉しました!!!

少し観察していましたが、確実にこちらへと進行して来ています!!!!」

「なに!? それは事実か!?」

「はい!! 狩りに出向いていた九名全員が確認していますので事実です!!!」

「…そうか、戦士たちに出向く準備をする様に伝達しろ。修練場の方にいる者も含めて全員だ!!」

「分かりました!!」


焦りに驚き、それからほんの少しの恐怖か。

………さてと、どうするかな。

今から俺が殺しに行ったとして、10秒くらいで全て処理出来るし、大した労働じゃない。

だが、それを望むのか否かだな。永遠にトロルへの敗北者であり続ける、戦士としてトロルに対面する事を望めなくなったのならば、アコニトは俺に殺して来る事を頼むだろう。

別にそれでもいいが、それは少しばかし面白く無い。



「ドラコー様、願いがあります」

「ほう、何だ? トロルを殺して来て欲しいのか?

それともお前たちが出向いている間、俺にこの集落を守っていて欲しいのか? 何でもいいぞ、俺はお前の願いならば叶えてやろう」

「可能な限り干渉しないでいただきたい」

「ほう?」


これは、まさか


「トロルは己らが殺します。あれは己らの標的です。

それを討ち損ねて二度も頼むのは、戦士として恥でしかありません」

「ほう、それで?」

「今回こそは必ず殺し切ってみせます。

ですがこの集落には戦えない者が多く残ってしまいます、万が一の時にはそうした者たちを守って下さい」

「その万が一はどういう時だ?

ここからトロルの姿を見れるようになった時か? 集落の中にトロルが侵入した時か?」

「トロル以上の何かが来た時です」

「…いいだろう、俺はその願いを叶えてやる」

「感謝致します、それでは己はこれより準備をし、皆を纏めてから出向きますので。失礼します」


そう言ってアコニトは家の中に置いてある黒曜石の斧を手に持ち、家の外へと飛び出ていく。

しっかりと死を覚悟した目で飛び出ていった。

死ねないんだが、まぁそれを伝えてやるのは野暮だろうし、そもそもあいつが背負っているのは自分の命じゃないな。

だが、まぁそう願われたのならばそうしようか。

過干渉は無し、トロル以上の脅威だけだ。

………実際にトロル以上の何かがいる訳だしな。



「グレイス、お前の相手に制限は無いから自由に動いていいぞ? 今からトロルを殺しに行っても、集落の近くに寄ったトロルを殺しても。

お前は自由に動くといい、これは命令だ。アコニトが願ったのは俺だけだしな」

「……分かりました」

「あぁ、俺たちの目線の先にいる四匹は狙うなよ?

あれは俺が願われた獲物だしな」

「……では私は、戦士以外の誰かしらが殺されそうになった時に動くことにしますね」

「くはは、好きにするといい。お前は自由だしな」


────────────────────────



「戦士たちよ!! これより我らは飢えた怪物、トロルの討滅へと向かう!!!

おそらくただでは済まない! 何名も死ぬだろう!

だがそれでも汝らは戦う意志を持ってこの場に集ったのだろう! であるならば!! 共に死のうぞ!!!

集落の者を、戦えぬ者を、我らの誇りを、何もかもを守り抜く為に命を捧げるぞ!!!!

死んでも戦い抜くぞ!!!!!」

「「「「オオオオオオオオオ!!!!!!!」」」」

「行くぞォ!!!!!!!!!」

「「「「オオオオオオオオオ!!!!!!!」」」」


二百に近しいゴブリンたちが集落の前で声を上げる。

武器を手に持ち、スウサウの実を搾ってその汁を詰めた葉っぱで包んだ球をぶら下げて進み出す。

アコニトを先陣とし、輪っか状の集団を幾つも作って幅を空けながら走り出す。


発見時の情報、木の上にいる動物は木ごと貪り喰っているという情報に対処するための動き。

輪っか状になることで中心の者が逃げ遅れて喰われる事を避け、即座に包囲戦を仕掛けられる様の動き。

死への恐怖を殺し、冷静さを欠く事を避けるために、声を上げて戦士としての意地を身に纏わせる。

以前とは違って刃を石と与えられた鉄で構成した武器を持ち、文字通りの全霊を捧げて出撃する。


彼らの中に不安は無い。

集落には自身らよりも遥かに強い存在がいて、いざという時には守ってくれるのだから。

それに、何より強い長が自らを率いてくれている。

トロルと一対一の末に勝利をもぎ取った、死を乗り越えて立ち上がった戦士である長がいる。


「移動しているのが正しいのならもうすぐ接敵だ。

音を出さずに広がって、包囲しろ。

包囲を終えた時点で目潰しを投げ、それから戦いを始める。深追いは無し、隙を狙って一撃で殺す気概を奴らに見せつけろ。もはや己らは貴様らに喰われる相手ではないということを証明せよ」


アコニトが立ち止まり、そう告げる。

後に続いていたゴブリンたちは横に大きく広がりながら進み続け、最後尾の二つの集団がアコニトの隣に並び立って、巨大な半円状の陣形を作り出す。

その状態からゆっくり、一歩ずつ先へと進むゴブリンたちの視界に映り始める。



知性を感じさせないその目、自身らを遥かに超えた大きさを誇る体、太すぎる腕に足。

それから口の周りや体の前面、足の前面を土や木片で汚した状態のトロルの群れ。


スッと伝搬してしまう潜在的な恐怖。

そしてそれを容易く押し殺す、アコニトの眼光。


死を覚悟した眼光?

死ににいく者の眼光?

吹っ切れてやぶれかぶれな者の眼光?


そうではない、そうではなかった。

アコニトが放つ眼光は戦いに生きて、戦いに死んでいく者だけが放つ眼光。

この場で表現するには相応しくないが、生涯憧れ続けて理想とするべき存在。



戦士の眼光であった。戦士の輝きだった。



恐怖は死んだ、彼らの中からそれは消え去った。

純然な思いを掲げ、闘志を身に纏い、動き出す。

じわり、じわりと半円を十八匹のトロルを囲む様に縮めて一つの円へと変化させていく。

のそりのそりと動くトロルを囲い切り、息をついて彼らは腰にぶら下げたそれを持ち上げて、構える。


『開戦だ』


アコニトが放った声無き声を合図として、構えたその目潰しを一斉に投げる。

放物線を描きながら投げられたそれは進むだけだったトロルの開いた目にぶつかる。


「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」」」


トロルたちの絶叫が森を揺らすと同時に、陣形を組んだゴブリンたちは静かに動き出す。


戦いが始まる

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