覚醒

ゴブリンたちは飛び回り、駆け回る。

木々の合間を抜け、トロルたちから一定の距離を保ちながら包囲網を縮めていく。

対するトロルたちは目を抑えて暴れ回る。

隣の同族に被害が及ぶのも構わずに暴れ、木々を薙ぎ倒し地面を抉る。


理性無き行動、知性無き暴力。


体躯が同じならば大した脅威にならないが、行っているのは巨大な体躯を持つトロルの群れである。

狙い切れない、攻め切れない、ゴブリンたちはそう感じていた。だが同時に優位に攻めることが出来るのはこのタイミングだけである。

それを理解したからこそゴブリンたちは危険を受け入れて、攻めへと転じていく。


タンッ、タンッ、タンッ


少しずつ時間を空けて木を蹴る音を鳴らす。

先陣を切ったのはアコニト、単独で動いているが故に先んじて動きやすく、囮になりやすい。

己らの暴れている以外の音、それを認識したトロルたちは、我先にと目を閉じながら音のした方へと体を向けて口を広げながら飛び込んで行く。


「ぁぁ」


眼前に迫るその巨体を前に、アコニトは笑う。

笑って小さく声を出して、音が鳴るのも気にせず木を駆け上がりトロルの頭上を位置取った瞬間に斧を振り上げながら飛び掛かる。

己が立っていた木に向かって飛び込んできたトロルを飛び越えて、その後ろに立っていたトロルの頭部に飛び掛かり顔の側面、目尻と耳の付け根の中心部分へと斧を叩き付ける。

血が噴き出すのを確認してから、もう一度斧の刃が無い部分で殴り付けてからアコニトはその場を離れる。


アコニトがその場を離れてから数秒後、ドシンと地面に巨体が倒れる音が響き渡る。

目を向ければ、頭部の左半分を自身の血で真っ赤に染めたトロルが倒れ込んでいた。息はまだある。

トロルたちが倒れたトロルの方へと近づいて行った瞬間、ざわざわと葉っぱが揺れて耳に何かが張り付く様な感触と共に鋭い痛みと血液が迸る。

その正体は音も無く飛び掛かった槍持ちのゴブリンたち、彼らが耳の中へとその手に持った槍を深くまで突き刺したが故の出血であった。

痛みと感触を排除する為に刺されたトロルたちが手を伸ばした時には、すでにゴブリンたちは突き刺した槍をそのまままに木々の暗闇の中に姿を消していた。


「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」」」


再びトロルたちの絶叫が鳴り響き森を揺らす。

一部の襲われていないトロルたちの意識がその絶叫へと逸れて行き、倒れ伏したトロルに聴覚を奪われたトロルに異変を探ろうとしているトロルたち。

次第に少しずつ突如として降り掛かった異変へと意識を奪われて行き、異変を起こした起こした正体に対しての意識を薄れさせていく。

囲い込まれたトロルたちが一箇所に固まった時、パンッという音と共に影がトロルたちの足下を駆け回る。


そして


ぐらりとトロルたちの体が揺れて崩れ落ち、ドロドロとした血液が大地を赤に染め上げ、崩れ落ちたトロルたちが踠き草木を薙ぎ払う。

立ち上がろうとして他のトロルの腕に邪魔をされて崩れ落ちることを繰り返し続ける。学ぶ事も無いまま、意思の疎通を取ることもないまま繰り返す。

近づく影に気付くこともないまま踠き続ける。


「「オオオオオ!!!!!」」


トロルの物ではない咆哮が鳴り響く。

そちらを向けば、踠き続けていたトロルの内一匹が斧を持ったゴブリンと槌を持ったゴブリンによって首を落とされていた。

それを見つけたらトロルは這い蹲った状態で咆哮を上げているゴブリンの下へと動く。

並の様に周囲の草木を巻き込みながら雪崩れ込んでくるトロルたちを嘲笑うかの様に、首を落としていた二人のゴブリンは武器を抱え上げて木を駆け上がり木々の暗闇の中に消えていく。

トロルたちはゴブリンの姿を見失ったが、それでも止まらずにそのままの方向へと雪崩れ込んでいく。


「「オオオオオ!!!!!」」


再び咆哮が上がる、再びトロルの首が落とされる。

姿を見つけ、トロルたちが自身たちの方へとへと雪崩れ込んで来るのを見ては木を駆け上がり木々の暗闇の中に姿を消していく。

それを淡々とゴブリンたちは繰り返していく。



もはや蹂躙劇であった。

かつてゴブリンたちの集落を襲った時と同じ様な、それでいて立場が逆になった蹂躙劇だった。

最初は静かに一つずつの策を実行していたゴブリンたちは、今では勝鬨を上げながら冷静に一匹ずつ首を落としていく。

斧で、槍で、槌で武器を使い、身に付けた連携を活かして一方的な戦いを繰り広げていく。


鬼の様だった


冷静沈着に思考を巡らせながら戦いを進めていくその姿は、勝利のためにあらゆる手段を取り続けるその姿は、戦士であり鬼の様であった。

十七回の勝鬨が上がった時、その場所で生きて動いているトロルは存在しなかった。

理性も知性も無いままにただ命を貪り続けた獣は全滅し、大地にその骸を晒していた。

ゴブリンたちは武器を手の上に掲げて、勝鬨の咆哮を上げて森を揺らしていた。


落とした首の数を見て走り出したアコニトを除いて。


────────────────────────



走れ、走れ、走れ

アコニトの頭の中ではそれが反復し続けて、それに従う様に足を動かし続けていた。

十八匹、それが見つけた時の数。

十七匹、それが殺し尽くした後の数。


一匹は何処に行った?

その疑問に答える様に一つだけ草木を踏み潰して進んでいる血の混じった跡が見つかった。集落へと真っ直ぐ向かっている跡が。


それを理解した瞬間、近くにいた者に後を任せてアコニトは飛び出した。足が千切れそうになるのも、肉体を木々の枝が傷付けるのも構わずに猛進を続けた。

己が誓った事、トロルの相手は己らがすると。だからトロルには手を出さないでくれ。

それは、殺し損ねて己らの包囲網を抜けたトロルが集落の女子供を襲っても干渉しないということになる。

故にアコニトは急ぐ。

集落を襲わせない、女子供の命を奪わせない。そんな想いを抱えて、木々の合間を猛進する。


十数秒後


限界を超えて進んだアコニトが集落を視界の中に捉え、集落へと手を伸ばす頭の左側から血を流し続けているトロルの姿を視界に捉える。

その手の先に赤子を抱えて子供をその体に抱いている母親の姿が見える。


もう間に合わない、今から斧を投げたとしても己の力では止め切れない。

アコニトは頭の中が真っ白に染まって、長となった時に捨てた筈の諦めるという感情が湧き上がる。

飛び出して空中からゆっくりと地面に落ちていく。

落ちていく中でトロルの向こうにその姿が目に映る。


集落の上の黒い翼を広げている姿が。

己の命を拾い上げて力を与えてくれた主の姿が。

己が知る限りで最も強くそれでいて優しい王の姿が。

諦めに呑まれて、意識が白んでいく己の視界に映る。



無様を晒すのか、機会をくれた方に。

無様を晒すのか、長として相応しくない我儘を受け入れてくれた方に。

無様を晒すのか、己らがただ殺されるだけの命では無いように戦う術を与えて下さった方に。


ふざけるなよ愚か者が


声に出さずにアコニトは己をそう叱責して、落ちていた体を無理矢理引き起こし斧を握り締める。

力が籠り斧が砕けて手から血が噴き出し、腕の細い血管が何本も切れていく。

それを気にも止めずに斧を振りかぶっていく。


真っ直ぐ、あいつを打ち抜く。


白から黒へと移り変わった意識の中でそのイメージを抱きながら全力で振る。

心臓の更に奥底から湧き上がる何かを腕へと巡らせて、不思議と頭の中に浮かび上がった言葉を叫びながら手に持った斧をトロルへと投げる。



「マレディクス・ハルバード!!!」


手から離れていく黒曜石の斧は、アコニトの体から迸る黒緑の雷を吸収しながらその形を変えていく。

元々の荒削りの片手斧だった形は、より長く鋭さを増して、先端部分は真っ直ぐと槍の様に鋭さを持った美しき武器へと変化する。

形を変えたその武器は、黒緑の雷を纏いながら音を超えた速度で真っ直ぐ飛んでいく。


ザシュという音と共にトロルの腕に突き刺さったその武器は、そのまま刺さった腕を巻き込みながら逆側の腕にまで到達する。

トロルが手を貫いた物の正体を気付くよりも早く、その手に刺さった武器は引き抜かれる。

アコニトはその赤目を大きく見開き、戦血を撒き散らしながらその武器を両手で握って振りかぶり、振り抜く。


音は無く、その軌道は見えなかった。

だがトロルの首は切り落とされ、その体は止まる。

止まった体の上に立っていたアコニトは、その体を蹴り飛ばして後ろへと倒す。

そのまま何も言わずに無言で襲われかけていた者を奥へと移動させて、静かに武器を握り上を向いて呟く。



「ようやく配下として相応しい姿を見せれました」

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