新たな道 三

 陸王りくおうは小さく溜息をついて、


「取り敢えず、お前は先に寝ろ。あとで交代だ。雷韋らいは使いもんにゃならんしな」


 紫雲しうんに休むことを提案した。命令口調ではあったが、陸王としては提案をしただけのつもりだった。


 紫雲もそれをどう取ったかは窺い知れなかったが、特に不平不満を露わにせず、素直に従うことにしたらしい。と言うよりも、すること自体が何もない。今さっき陸王とまともに会話はしたが、必要なことを話しただけで、ほかに話題になることもなかった。


「分かりました。では、後ほど」


 そう言って横になろうとした紫雲だったが、あっと小さな声をあげた。


「そう言えば、龍魔たつまさんがこんなことを言っていました。私と貴方はそれぞれ人間族と魔族の殻を被っていると」


「なんだそれは」


 陸王はわけが分からないと言う風に口にした。


 そこで紫雲は龍魔から聞かされた、陸王はより魔族らしくあるように、紫雲はより人間族らしくあるように殻を被っているのだという事を伝えた。そのせいで、魂が僅かながら歪んでいること、その影響で雷韋は陸王の気配を察することが出来ることなども。その力は雷韋のものだけでなく、青蛇せいじゃにもあるだろう事も話した。


「雷韋のように、青蛇もお前の気配が分かるってのか」


「えぇ。それに、いずれ私達の殻は外れ真名も剥がれて、神聖魔法リタナリア魔代魔法ロカダリアが使えなくなるそうです。いつそうなるのかを聞きましたが、教えて貰えませんでした。それは青蛇が決めるだろうとだけ」


 陸王はそれを聞いて、考え込むように焚き火の炎に目を遣った。紫雲の言うことが本当なら、気にかかることではある。本当に自分が四獣の魂を持っているなら、真名があるのはおかしい。今現在、真名を自分の中に感じ取れるが、本来、獣の眷族にはないものだ。それが四獣なら絶対にあり得ない。光竜こうりゅうと同じように、混沌の中から生まれた獣神けものがみだからだ。だが、紫雲の言うように魔族の殻を被っているなら、魂に何事か起こっても不思議ではない。また、雷韋の感能力の高さだ。魂に歪みが生じているために気配を辿れるとするなら、それはそれで充分にあり得る話だった。


 陸王は静かに息を吐いて、紫雲に目を向けた。


「俺達が本当に四獣の魂を持っているとしたら、そいつはあり得る。だが、こう考えることも出来る。俺が魔族だからと言うことだ。雷韋にとって魔族は天敵だ。そのせいともな」

「確かに、そう考えることも出来ます。ですが、果たしてそうでしょうか。雷韋君のあの能力は異常です」


 そこで紫雲は鬼族は人族でありながら神格を持ち、また『正』と『負』の鬼族がいることを話した。


「神格があるってのは、以前、聞いたことがある。雷韋の口からじゃねぇがな」


 陸王は思わず雷韋に目を遣った。目を向けられた雷韋は健やかな寝息を立てて眠っている。


「で、『正』と『負』か」

「雷韋君は『負』の鬼族なので、その為に感応力も高いんじゃないでしょうか。何しろ、妖精族の魔力許容量を遙かに凌ぐそうですから」

雷韋こいつの感応力が高いのは認める。初めて出会ったときから、もう俺を見つける事が出来た。だがそれはやはり、俺が対であり、その上、魔族だからだとも言える。その可能性は捨てきれん」


 言って陸王は、雷韋から紫雲に視線を移した。


「そうですね。その可能性がないわけではないでしょう。もし四獣でなければ。ですが、青蛇にも出来るらしいという事ですから、四獣である可能性もあります」


 そこで陸王は、ふと笑った。


「次から次へと、状況証拠ばかりだな。だからって、俺は簡単に信じるつもりはねぇ」

「貴方はこれから自分の目で確かめるんでしたね」

「そうだ。信じるか信じないかは、この先々で起こることによって決める。自分で納得がいくまでは信じん」


 陸王は紫雲に目を向けて、きっぱりと言い放った。しかし、それで終わりではなかった。


「まぁ、それでも面白い考察ではあったな。雷韋に教えたら、なんと言うか」


 それを聞いて、紫雲は笑息しょうそくを漏らした。


「では、明日が楽しみですね」

「どうせ調子に乗るだけだろうがな」


 言って、小さく笑った。それから気分を入れ換えるように息を吐き出して、改めて紫雲に言う。


「取り敢えず、お前は寝ろ。あとで声をかける」

「分かりました。それでは、お先に」


 素直な言葉と共に、紫雲は身体に外套を巻き付けて横になる。それを見遣って、


「お前、飯は食ったんだろうな」


 陸王がそう問うと、


「えぇ、光竜殿で頂いてきました」


 と返答が返ってきた。


「そうか。なら、寝ろ」

「えぇ、お休みなさい」


 些か乱暴な陸王の言葉に、何事もなく紫雲は返して目を閉じた。


 その気配を陸王は感じながら、明日のことに思いを馳せる。雷韋が目を醒ましたら、きっと紫雲がいることに驚き、喜ぶだろうと。その様が容易に想像出来る。雷韋はずっと後ろ髪を引かれる思いをしていたろうと思ったからだ。


 だが、陸王にとっては両手放しで受け入れるわけにはいかなかった。まだ紫雲とは、仲間とは言えない。それから言って、今はまだ単なる連れとしか思えないのだ。元々陸王は修行モンク僧の紫雲が嫌いだったし、今こうして紫雲が連れになった理由も紫雲の勝手だ。陸王も好きにしろといった手前、拒絶しなかっただけで、特に歓迎しようとも思わなかった。何しろ、紫雲を殺す手前まで痛めつけたことは記憶に新しい。今の状態のまま、つかず離れずでいた方がいいだろうと思う。どんなことにせよ、深入りは禁物だ。それは互いに。とは言え、陸王の過去は龍魔によって紫雲に伝えられてはいるが。雷韋にも、これは陸王から伝えていた。一人だけ全てをぶちまけられてしまったようで、少々面白くない。けれど、吐き出した上で受け入れられた部分というのもある。それは不幸中の幸いだった。それだけでなく、雷韋には先に言われていた。


『例えば、あんたがあんたである限り、俺はあんたから離れない』


『でも、あんたがあんたじゃなくなったら、俺が絶対にあんたをあんたに戻す。そんで、俺はずっと陸王と一緒にいる』


 あれは陸王にとって、衝撃的な言葉だった。驚きすぎて、何一つ言葉が出なかった。本格的に陸王が魔族だと知ったときも、雷韋に驚きはあっただろうに、拒絶はされなかった。拒絶するなど馬鹿なことだとばかりに、雷韋は受け入れてくれた。それどころか、雷韋は陸王の紅い目が綺麗だと言い切ったのだ。ほかの魔族の目は震え上がるほど恐ろしいと感じるくせに、陸王の紅い瞳は問題にもされなかった。それらのことが、つくづく有り難いと思う。


 これから先も、雷韋には感謝をしながら旅を続けることになるだろう。


 だが、果たしてその時、紫雲はどう思うのかと思った。紫雲に関しては、付き合いと呼べるほどの付き合いもなく、何をしたらどんな反応が返ってくるのかさっぱり分からない。敵対して、殺し合いに発展することは大体想像が出来たし、実際その通りになった。けれど、それ以外の反応が予想出来ないのだ。道連れとなったこれからは少しずつ分かってくるかも知れないが、おそらく紫雲は簡単に腹の内を見せないだろう。だから、どこからどんな反応が返ってくるのか想像がつかないのだ。四獣であれば仲間と言えるのだろうが、陸王はまだ信じたわけではない。紫雲も半信半疑だろう。状況証拠はあっても、決定的に信ずるに足る証明がないのだ。迂闊に信じられないというのは、陸王も紫雲も当然のことだ。それ以上に、紫雲が自分達にとって、どんな存在であるかも分からない。考えていることが分からないのだからしょうがないが、まだ海のものとも山のものともつかないのだ。


 受け入れたはいいものの、厄介だ。


 素直にそう思う。


 陸王は木々の茂みの隙間から覗ける星空を見上げた。星は今夜も輝いているようだ。大嫌いな上弦の月も東から高く昇っている。そこへ向けて、陸王は溜息をついた。


 最早、はらを括るしかない。


 そんな事を考えながら、陸王は枝葉の向こうを眺め続けていた。

                              了

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