新たな道 二
「貴方、言いましたよね。私が自分の価値観を壊すのが怖いのだろうと。それに近いことを
「ほう。それで、お前はなんと答えた」
そのいい口には、どこか
「そうかも知れない、と。昔から不思議だったんです。私は修道院で育ち、その後、教会に移りました。そこで何組もの対が夫婦になる様を目にしても、そのこと自体はおめでたいことだと思えましたが、幸せそうな二人の様子を見ても意味が分からないんです。何がそんなに幸せなのか。好いた惚れたの意味くらいは分かりましたが、対であるという事が何故そんなに幸せなのかが、未だに分かりません。恋愛感情に近いという者もあれば、親子の情のようなものだという者もいる。いくら人に聞いても、理解出来ません。貴方と
紫雲の怪訝そうな視線から、陸王は焚き火の炎に目を移した。
「分からん。だが、雷韋が死ぬくらいなら、自分が死んだ方がましだと思える。遺されるより、遺す方がいい。勿論、そんなことがあっちゃならんことは大前提だがな。それでも遺す方がましだ。この先、もし俺に何事かがあって死んだとしたら、雷韋は静かに狂っていくことになるだろう。それでも、一分一秒でも長く生きていて欲しいと思う。どうしてそう思うのか、それは俺にも分からん。だが、自然とそう思える。その想いが、多分、魂の本能なんだろうな。理屈じゃねぇんだ。自分でも、この気持ちを理解するってのは出来ねぇ。そういうもんだとしか思えねぇのさ」
「対がいる貴方でもそうなんですか」
「理屈じゃねぇ。頭で理解出来るもんじゃないってことを覚えておけ」
「では、対である雷韋君が自分のことを赤獅だと信じようとしているから、貴方も自分を黒狼だと?」
それを聞いて、陸王は皮肉げに片笑んだ。
「状況証拠が揃いすぎてる。今のところはな」
その言葉に、紫雲は視線を下げた。それに気付いて、陸王はちらと紫雲に目を遣る。
「で、あの女はお前になんと言った。まだ続きがあるんだろう」
「えぇ。彼女にはこう言われました。対が早く欲しければ、貴方達と共に行くようにと。青蛇は仲間のあとを追うからと。私が自分のことを信じ切れないと言うと、それは青蛇に出会えばすぐに受け入れられるだろうと言われました。ただし、青蛇と出会っても尚、信じられないというならば、私の今生の生はそこまでだとも。その時は、四獣は崩壊するらしいです。世界と共に」
「そいつぁ、脅しか」
そこで紫雲は視線を陸王に戻した。
「いえ、そういう感じではありませんでした。ただ事実を淡々と語っている感じです。だからでしょうか。少々恐ろしくも感じました」
陸王は一つ頷いてから言った。
「ま、どうするかは個人の自由って話だったしな。で、お前は対が欲しくて俺達を追ってきたのか?」
「それもあります。ですが、貴方達を見ていたいという気持ちもあります。対極の生物なのに、対。これから先、何がどんな風になっていくのかに興味が湧きました。私が様々考えたのはそこです」
「珍しい生き物を観察しようってのか」
「身も蓋もない言い方をするとそう言うことになります。特に興味を引くのは貴方です」
陸王の紫雲に向ける視線が剣呑なものになる。
「どういうこった」
「貴方は竜巻で崩壊した宿の中にいましたよね。そこで私が目撃した貴方の狂行とも言える行為に、衝撃を受けました。対を助けるためにあそこまでするのかと思いました。しかも貴方は魔人で、魔族に近い種族。本来なら、雷韋君は餌なのでしょう? なのに無茶苦茶とも言える行いをしてまでも助けに行った。対のためにそこまで出来るという事実が、私にはこれ以上もない驚きだったんです。あれは普通ではないと思いました。ですが、貴方と雷韋君を見ていれば、私にも対というものが分かりそうだと思ったんです。冷静に考えを突き詰めて、純粋に興味を持ちました。龍魔さんの後押しがあったのも確かですが、私個人の気持ちとして二人のこれからの姿を見ていきたいんです。殺そうにも、雷韋君がいるために殺せない貴方にも興味を持ちました。高位の魔族よりも上の存在とはどういうものかとも思いましたし」
陸王は、はっと小さく、しかし、嫌悪に
「勝手にしろ。少なくとも、俺はお前に好きにしろと言った立場でもあるしな」
顰めっ面をして、焚き火の中に木の枝を数本放り込んだ。炎は瞬間大きく揺らぎ、投げ込まれた枝を巻き込んで更に燃え上がる。
紫雲は長嘆息をついて、有り難うございますと礼を言った。
「ところでお前……」
陸王が言いかけたとき、紫雲が笑みを浮かべて意外なことを口にした。
「もう名前で呼んではくれないんですか?」
「あ?」
陸王から不機嫌な声が上がる。
「私の生は私の人生だから好きにしろと言ったとき、貴方は出会ってからずっと名を呼んでくれなかったのに、あのときは私の名を呼んでくれたじゃないですか。あれも私の興味を誘った一因なんですがね」
そう言われても、陸王には言ったような、言わなかったような、はっきりしない記憶しかなかった。正直に言えば、忘れてしまっている。
「んな事、いちいち覚えていられるか」
「それは残念ですね。それで、私がなんです?」
陸王は顰めっ面のまま腕を組んで、片手で目頭を押さえる。その次に出た言葉は、放り投げるようなものだった。
「お前がつまらんことを言うから忘れた」
「それも残念」
言う紫雲の口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
陸王はそれをちらと見遣って、
「お前は言うことと考えていることが真逆だろう」
と苦々しく口にした。
「そんな事はないと思いますがね」
紫雲は紫雲で、澄ました顔でそう言う。
「よくも言う」
紫雲があまりにも堂々と澄まし顔で言うので、陸王は毒気を抜かれてしまった。頭を軽く振ると、紫雲に尋ねる。
「お前、ここまで馬鹿正直にあとを追ってきたわけじゃないだろう。突然気配を感じたからな。あの女の転移の術か」
「えぇ。私は一度、龍魔さんに連れられて光竜殿に行っていました。そこで龍魔さんから改めて話をされて、さっき言ったように私も様々考えて、彼女にここへ送られました。光竜殿には銀に光る水盤があって、それで私達の様子をずっと見ているのだそうですから」
「確か光竜殿の結界内から、転移の術で外に出られる箇所があったな。その水盤ってやつを見て、お前をここに送ったってのか。って事は、この近辺に楔を打ち込んであったわけだな」
「この辺りだけではなく、世界中、網羅しているそうですよ」
「だろうな。あいつならあり得る。何万年生きてるか分からん婆だ」
「それはあまりにも酷い言い草ですね」
そう言う紫雲も小さく笑んでいた。案外、陸王と似たような所感を持っているのかも知れない。
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