第十八章
新たな道 一
「なぁ、陸王。干し肉、二枚も貰っちゃってよかったのか?」
「構わん。特に今日は色々あって、お前も疲れただろう。食ったら寝ろ」
焚き火の炎を眺めながら、陸王はなんのこともない口調で言った。
「でも、いいのかなぁ? 寝ちゃっても。陸王だって疲れてるだろ?」
「俺は俺で軽く仮眠を取る。魔族も暫くは出ねぇだろうから、お前はゆっくり寝てろ。まだ血も足りないんだろうが。
「ん~。だったら食ったら寝る。ほんじゃ、頂きま~す」
言って、干し肉の一枚を口に咥えた。
陸王も雷韋に倣って干し肉を口にする。板のように堅いが、口の中に入れているとじわじわと肉の味がしてくる。
そのまま二人は堅い肉を囓ることに集中して、自然と会話がなくなった。
と、雷韋が一枚目の干し肉の欠片を口の中に放り込むと、おもむろに話しかけてきた。
「明日はさ、人のいるところに出られるかな?」
「どうだろうな。川の流れに沿って歩いているが、まだここも渓谷と言えるような場所だ。もう少し地形が穏やかにならんと、人も住み着きにくいんじゃねぇか」
「って事は、取り敢えずは川が枝分かれしてる場所からってこと?」
「そうだな。この川は必ず枝分かれするはずだ。地形もその辺りから変わってくるだろう。俺達は川を遡りすぎたんだ。渓谷までやって来ちまうとは思わなかった」
「まぁ、うん、だよな。でも、陸王が睨んだとおり、魔族はいた」
雷韋は、うんうんと頷きながら答えた。そのあと、ごろりと横になる。手にはもう一枚の干し肉が握られたままだ。それを見て、陸王は眉根を寄せた。
「おい、まだ食ってる最中だろうが。寝転ぶな。お前は全く行儀がなってねぇな」
「だって、肉囓ってるだけで疲れちまったんだもん。腹は減ってるけど、眠くなってきたぁ」
「きちんと食ってから寝ろ。そうすりゃ明日の朝までゆっくり寝かせてやる」
「でも、身体が泥みたいに重い。このまま崩れちまいそう」
「崩れても何してもいい。だが、飯だけは食っておけ」
「ん~、もう起き上がりたくない~」
駄々をこねるように言って、雷韋はごろんと仰向けになって大の字になる。
「ったく、しょうがねぇガキだな。そのまま寝ると蚊に食われるぞ。せめて外套くらい身体に巻いたらどうだ」
「それも
雷韋のやる気のない声を聞き、陸王は嘆息をつくと、雷韋の身体に無理矢理外套を巻き付けてやった。その間に雷韋は目を閉じて、完全に寝る体勢に入ろうとしたが、
「紫雲、今頃どうしてっかな?」
雷韋が問うと、
「知るか」
陸王が吐き捨てるように言う。
「なんか危険な目に遭ってなきゃいいけど」
「あんな奴のことは放っておけ」
そこで少しの間が開いて、雷韋はおもむろに陸王に礼を言った。
「外套、あんがとな。陸王」
「お前はどこまでものぐさなんだ」
呆れて言うと、雷韋はへへっと小さく笑った。笑ったかと思えば、次の瞬間には眠りに落ちていた。唐突に規則正しい息遣いが聞こえてくる。
「ったく、いきなり寝やがって」
小さく呟いて、雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いてやる。
雷韋の身体に巻いた外套は、両腕の部分がほとんど真っ黒に変色していた。魔気に当たって、盛大に出血したからだ。それを見て、街に行き着くことが出来たら新しい外套を見繕ってやらなければ、と思う。同時に、自分も新たに服を新調しなければと。紫雲に脇腹を掻き回されたせいで、上着の脇腹からズボンにかけて
それにしても今回、雷韋には無理をさせた自覚は充分にあった。横になった途端、眠りに落ちてしまったのもその証拠の一つだ。そんな雷韋を陸王はどこか痛ましげに見遣ってから、最後の一かけになっていた干し肉の欠片を口に放り込み、奥歯で噛み砕いた。
陸王は、兎に角今夜は雷韋をゆっくり休ませてやろうと思った。明日になるか明後日になるか分からないが、人里まで出られたら、そこで少しゆっくりしてもいい。
陸王も、ほうっと息を吐き出してから、立て膝のまま目を瞑る。吉宗は左肩に
水音が途切れることなく続く中、雷韋は完全に寝静まっている。陸王がそれを感じながら、うつらうつらとした頃、何者かの気配を感じて目を開けた。その何者かは、かなり近い場所にいる。しかもその現れ方は、唐突としか言えなかった。気配は渓谷の方向にある。おそらくそこからなら、森の中に灯りが灯っているのが見えるはずだ。今更焚き火を消しても無意味だと思う。ならば相手をするしかあるまい。
片膝をついて、吉宗の柄に手をかけた。陸王は夜目が利くわけではないから、気配を頼りに動くしかない。雷韋に声をかけたが、全く夢の中だ。
徐々に近づいてくる気配に、陸王は己の中に緊張の糸が張るのを知った。が、近づいてくるに従ってはっきりする気配は知ったものだった。
この気配は
だが、何故紫雲がここに? それに唐突に気配を感じたのは何故だ。まるで、降って湧いたように気配が現れたのだ。決して眠りの淵にいて気付かなかったわけではない。本当に、唐突に現れたのだ。
陸王は相手が紫雲だと分かっても構えを
気配が更に近づいて、今度は声が聞こえた。
「陸王さん、雷韋君?」
辺りを
紫雲にも灯りで照らし出された陸王の姿が見えたのだろう。ほっとした声が聞こえた。
「あぁ、やはりここにいましたか」
そう言って、下草をどんどん踏み分けて近づいてくる。その紫雲の声音には今までのような険が含まれていない。
それに対して、
「今更なんの用だ」
陸王は突っ慳貪に答えを返す。
紫雲は焚き火の前までやってくると、座っても? と問いかけてきた。陸王は少し考えたが、それまでの構えを解いて座り直すと、紫雲にも空いている場所を顎で示す。有り難うございます、と礼を言って紫雲はその場所に腰を下ろし、眠っている雷韋の方に目を遣った。
「雷韋君、眠っているんですね」
「あぁ。それよりお前、あとを追ってきたのか」
「まぁ、そう言うことになるかと。私は大僧正から対を捜すことを許されていますから、自由に旅が出来ます。今回の件は書簡にて報告しようかと思っています。妖刀自体は消滅したのを確かにこの目で見ましたから」
紫雲は雷韋から焚き火に視線をずらす。
そんな紫雲に向かって、陸王はどこかぶっきら棒に問うた。
「で、今更信じたのか?」
「あれから、私なりに考えてみました」
「何を」
感情のない声で聞き返すと、紫雲は陸王の方を見た。
「様々をです」
陸王は何も言わずに、ただ視線だけで先を促した。
「実はあの後、
その言葉に陸王は目を
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