暴露~奪われ 七
魔族達は倒木の上を飛ぶようにして近づいてくる。そして、途中で女の方が立ち止まると指笛を吹いた。
すると、倒木の間から草花が萌え出すように、なんの形も取れない下等な魔族が湧き上がってきた。紅く光る瞳の数は数え切れない。灰色をした粘液状態の得体の知れないものだ。
気が付けば、三人は川を背に半円形状に囲まれていた。
ぞわぞわと現れた魔族は、魔族は魔族でも、下等な、それこそ農民達によって駆逐されてしまうような力ない、辛うじて瞳が紅いという程度の魔物とも魔族ともつかない生物だ。魔族の証であるのは瞳の色だけ。それが証拠に、
周囲を囲まれて、雷韋は声にならない悲鳴を上げた。陸王の背中にしがみ付いたまま、半ば恐慌状態に陥っている。陸王は『いくらかの下等な魔族』が現れるだろうとは言っていたが、その予想以上の数だったからだ。陸王にも想定外のことだったが、雷韋にとってこの数は恐ろしすぎる事実だった。無数の紅い瞳に見つめられて、それまで僅かでも抑えられていた恐怖心に火がついたのだ。周辺を囲む魔族に、完全に雷韋は射竦められている。どちらを向いても魔族だらけなのだから。
魔族の方も雷韋を凝視していた。下等なものどもといえども、仮にも魔族だ。雷韋の流す血の匂いに興奮しないわけがなかった。自制している陸王でさえ惹かれるというのに。更には負の感情が再び起こって、垂れ流し状態になっている。匂いと感情を取り込んで、魔族の目はケダモノのようにぎらついていた。
下等なものどもがじわりじわりと迫ってくる。ほとんどが陸王と紫雲を通り越した向こうの雷韋へと、意識を馳せているのだろう。男女の魔族が真正面から
陸王は自分の背中に張り付いている雷韋に向かって、小声で話しかけた。
「雷韋、倒木に火を放て」
「え? え……」
その返答には、何を言われているのか理解が追いついてない風がはっきりとあった。それでも陸王は急かすような真似はしない。ただ雷韋に対して、言い含める口調で話しかけるだけだ。
「倒木に火をかけるんだ。お前の守護精霊は火だから炎の中に入っても平気だろう。お前が火の中に入っちまえば、魔族も追っちゃこれねぇ。そこが一番安全な場所になる。理解出来たか」
「でも、こんなに魔族がいる」
雷韋は更に身を縮めて陸王の
「倒木に盛大な火を放てば奴らの気が逸れる。その隙に炎の中に飛び込むんだ」
「無茶言うな。怖くって、足が動かない」
そう言う雷韋の膝は大きく震えていた。立っているのがやっとといった風に。
「それでもやれ。俺達のどちらかが死んでもいいことはない。遺された者にも、近く死が与えられる。対ってのはそういうもんだろう」
陸王の言葉を聞いて、雷韋が
その遣り取りを紫雲は横目に見ていた。紫雲は何も言わなかったが、雷韋が火の中に飛び込むという話を聞いて不可思議に思うことがあった。今、陸王の口からも出たが、以前、雷韋自身が火の精霊は自分の守護精霊だと言っていたが、有象無象の魔族が沢山いるのにそれらを躱して倒木の元へいけるだろうか。真正面には中位の魔族がいるのだ。それの脇を無事に擦り抜けることが、果たして可能かどうか。
陸王と雷韋はそんな紫雲の考えも知らず、言葉を交わし合う。
「出来るな、雷韋」
「出来るかじゃなくて、やらなきゃ駄目なんだろ? 俺がこのままここにいたら、邪魔になるから」
「そう言うことだ。火を放った瞬間に走れ。そして炎の中に入ったら、雑魚を燃やし尽くせ。奴らには核もない、ただの雑魚だ。中位のあの二匹以外に、核を持った魔族はいねぇ。高熱で焼けば塵芥に帰す」
「注文、多い」
そう言った雷韋は苦笑しようとしたのかも知れないが、声は震えたまま上擦っていて、とても笑ったようには聞こえない。
そんな雷韋に構わず、陸王は背後の少年を促した。
「文句言ってる暇があったら、さっさと火を熾してその中に飛び込め。そこがお前の安全圏だ」
陸王が言っている間に、雷韋は陸王の外套を一度ぎゅっと強く掴む。しかし、それを思い切るように離した瞬間、倒木に巨大な火の手が上がった。
火の精霊達が命じられるままに一斉に倒木に火を点けて回り、炎が天高く聳えたのだ。
すぐ背後の倒木に火がついたことで、中位の魔族達は慌ててそこから飛び退いた。下等な魔族達もわらわらと蠢きながら、一瞬にして炎の海に目を奪われる。
その隙を突いて、雷韋が視界に何も入れないように強く目を閉じて走り出す。正確には陸王に背を押されて、その勢いに任せて走り出したのだ。
突如立ち上がった炎に注意を奪われている男の方に陸王は駆け出した。その陸王の動きに合わせるように、紫雲は女に擬態したもう一匹に向かう。
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