魂の真相 十二

 龍魔たつまの脳裏に一番最初に再生されたのは、リースの声だった。それも酷く悪意を含んだ罵詈雑言だ。その内容からして、陸王りくおうのことをなじっているのは確実だった。魔族だなんだと言っているのがいい証拠だ。二人はたまたま行き会わせたのか知らないが、リースが、口にするのもはばかられる酷い言葉を陸王に向けて放っている。その言葉の途中から、おかしな気配が感じられるようになった。リースは蛇人族じゃじんぞく故に地の精霊が周りに付き従っている。地の精霊達の力に対して、何かの力が干渉してくるのだ。じっと精霊の様子を窺っていると、二つの力がぶつかり合って、途端に反発を始めた。


 否。ぶつかり合っているばかりではない。精霊の力がもう一つの力に飲み込まれ始めたのだ。それでもじっと精霊達の記憶を見ていると、精霊がその力に対して恐怖を抱いているのが分かる。徐々に精霊の気配は恐々きょうきょうとなっていった。飲み込まれる恐ろしさから逃れようと、精霊が抵抗を見せる。その間もリースの言葉には拍車がかかって、酷く醜い言葉としか表現のしようもない言葉ものが陸王にぶつけられていた。


 精霊達の力ともう一つの力が反発を繰り返した末に、二つの大きな力が爆発した。それは胸の悪くなるような力だった。二つの力が爆発した瞬間、おぞましいという言葉が龍魔の脳裏を過る。


 と、そこでようやく陸王の姿が捉えられた。その姿は既に十ほどになっている。ちらりと見えた瞳は深紅だった。酷く苦しげな表情をしている。


 精霊力と反発を繰り返していたのは、陸王の力だったのだろう。魔族としての力だ。リースの罵詈雑言によって、陸王の感情が揺さぶられたせいで力が発現してしまったのだろう。おそらく陸王は、リースに出会って酷い言葉をぶつけられている間、ずっと感情を殺そうと努めていたに違いない。龍魔がそう躾けてあったのだから。感情が穏やかな状態にないと、陸王の力は簡単に発現してしまう。けれど、リースからありったけの悪意を向けられて、遂に陸王も力を押し殺せなくなったのだろうと思う。


 陸王は己の力を怖がっていた。感情にまかせて力を発すると、何もかもが滅茶苦茶になってしまうからだ。それで部屋の中の調度品が滅茶苦茶になったこともままあった。


 だというのに、力がこんな時に発現してしまった。


 これは力の暴発だ。


 陸王にもどうしようもないことだったのだ。あれだけはっきりとした悪意を向けられれば、大人だって我慢が利かないだろう。普通であれば、文句の一つも言い返すところだ。だが、陸王は堪えた。それなのに、子供に対して向けられたあの言葉は、あまりにも惨い言葉だった。そうじゃなくとも、感情の揺らぎで力が現れたり現れなかったりする微妙な時期なのだ。いくら本人が我慢しても、限界がある。子供なら尚更だ。


 結局、陸王の力が暴発して、二つの力が真正面からぶつかり合い、爆発を引き起こしてしまった。精霊の見せる景色は、既に今の状態になっている。爆発が起こった瞬間のことはもう見終わっていた。


 爆発は大規模なものだった。爆発の中心には陸王がいて周りのものを滅茶苦茶に吹き飛ばしたが、すぐ目の前にいたリースは一瞬にして四散していた。跡形も残らず。


 まさに陸王に向けられた悪意が、そのままリースに返ったという形だった。因果応報という言葉が相応しい。龍魔はそう思った。


 しかしその場にいた者も皆、リースの最期を精霊の力によって見届けたにもかかわらず、龍魔とは真逆のことを思ったらしい。諸悪の根源は陸王なのだと。


 陸王を抱いていた龍魔の方へ、殺意がひしひしと伝わってくる。逆恨みも甚だしいが、皆にとって、リースは魔族に殺されたという意識の方が強いのだろう。


 エイザは泣き濡れて、もう身動きも取れない状態になっていた。ほかの者達もそのエイザに同情し、陸王に対して憤っている。その中から突然声が上がった。


「龍魔様。龍魔様はご存じなかったかも知れませんが、リースはエイザの子を身籠もっていました」


 その言葉に、龍魔は驚いて巫女達の方を見た。


 蛇人族は全てが女として生まれてくる。元々が、青蛇殿せいじゃでんに仕える巫女として青蛇せいじゃに産み落とされていた種だからだ。まず、生みの親である青蛇自身が両性具有だった。一柱で卵を孕み、産んで、孵った子供を巫女にした。その子供である蛇人族は、半分が完全な女として生まれてくるが、もう半分には男性性が生まれてくる。男性の生殖能力も持った者達だ。女でありながら、男でもある両性具有者。男性性の者は普段は女の姿をしていて、外的には女の生殖器官を持っているが、子供を作る時には一時的に男の姿を取る。


 そうやってこれまで、蛇人族は一族を繋いできたのだ。


 つまりリースが孕んでいたということは、対のエイザが男性性の者と言う証である。だから二人の間に子が出来た。


 ただそれも、リースが死んでしまっては意味はないが。子供も共に死んだのだから。


 龍魔はリースが身籠もっていたことを知り、苦々しい気持ちになった。対であり、つがいのリースのことはエイザにとって重大事だろう。子が出来たことも、死んでしまったことも。けれど、結局は陸王が原因ではないのだ。原因を作ったのはリースだ。ここ暫く龍魔はリースの姿を見ていなかったし、陸王のことがあってから彼女は龍魔を避けるようになっていたから余計、彼女のことには疎くなっていた。身重になってしまったばかりに、リースの精神面が酷く荒れていたことに気付いてやれなかった。


 それで陸王に当たり散らしたしたのは分からなくもないが、しかし、大人げない行動ではあった。陸王はまだ五つの子供なのだから。いくら気に食わないとは言え、あの悪意のぶつけ方は常軌を逸していた。陸王に罵詈雑言を叩き付けていたリースの方が、まるで魔族のように醜かったくらいだ。


 それを理路整然と説明しようと龍魔が息を吸い込んだ時、巫女の中から再び声が上がった。


「龍魔様、その子供を殺してくださいとは言いません。ですが、追放してくださいませ」

「リースにも非はあるでしょうが、元々陸王がいなければこんな事にはならなかったのです」

「私達はこれまでその子のことを堪えてきました。ですが、リースが殺された以上、これ以上は我慢出来ません。追放してください。リースの無念のためにも、エイザの深い悲しみを和らげるためにも」

「そうです、追放が妥当だと思います。一分一秒とて待てません」


 巫女達からは非難囂々で、龍魔の胸の中は途端にささくれ立っていった。決して陸王が悪いわけではない。だが、人を殺してしまったことは否定出来ない事実だ。殺しは殺しでしかない。その点で言えば、陸王にも龍魔にも分が悪かった。もし龍魔が今ここで我を通したとしたら、巫女達は離反するだろう。そうなるのは困る。何がなんであろうと。これから先も、青蛇殿の巫女達には協力して貰うことが山ほどあるのだ。


 結局、龍魔に否はなかった。いっその事、光竜殿こうりゅうでんに連れて行って面倒を見ようかとも思ったが、それが万が一、巫女達に知られるようなことがあれば元の木阿弥だ。巫女達は陸王の追放を望んでいる。どの神殿で面倒を見ることも許さないだろう。彼女らが望んでいるのは徹頭徹尾、『完全な』追放なのだ。放逐だ。


 だから、龍魔は頷いてみせた。


「分かったよ。お前達の言うとおりにする。でも、陸王にも時間をやって欲しい。出て行くまでの準備期間が必要だ」


 その言葉に、巫女達はそれぞれ目を見交わしあった。出て行くまで僅かでも猶予を与えてもいいものか、それともそんな時間すら惜しんで今すぐに追い出すかなどを眼差しだけで話し合う。


 と、そこで小さく声がした。エイザの声だった。上体は既に起こしているが、首は項垂れて、顔は青黒い髪で隠されているせいで、どんな表情をしているのか見ることが出来なかった。


「私はその子と一緒にいるだけでも不快です。今この瞬間にも、リースがしたように罵ってやりたい。私の中の悪意全てをぶつけてやりたい。その為に殺されてもいいと思っています。でも、だからどうか、その子を青蛇殿ここには置かないでください」


 悄然とした声ながらも、憎しみを隠した声で言い募る。


 龍魔はそれを聞いて、


「分かった。陸王は青蛇殿ここには置かない。一旦、光竜殿こうりゅうでんに連れて行くよ。支度が終わり次第、光竜殿から追放する」


 龍魔としては大いに不服ではあったが、巫女達の気持ちも汲んでやらなければ、ここで青蛇殿が瓦解すると思った。


 だから結局、放逐するという事で落ち着いた。

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