魂の真相 十一

 龍魔たつまは、様々問題を抱えている今の青蛇殿せいじゃでんを危惧することしか出来なかった。陸王りくおうを大切にすればするほど、巫女達の心が離れていくのは分かっているが、陸王を見捨てることは出来ない。将来、羅睺と対峙するのは間違いなく陸王なのだから。それだからこそ、今ここでなんとか巫女達とも上手くやっていかなくてはならないのだ。陸王が魔族に近いが為に皆、この幼子を忌避している。それを頭ごなしによく思えというのは、それはそれで酷だが。


 難しい問題だと思いつつも、龍魔は陸王の頬から手を放した。


「いいかい、陸王。例え巫女達がなんと言おうが、お前に非はない。悪いことなぞあるものか。お母さんがお前を生命がけで護ってくれたことに感謝し、堂々と胸を張って生きるんだよ。いいね」


 龍魔の言葉を聞いて、陸王はそれでも晴れ晴れとした顔にはならなかったものの、さっきよりはずっとましな顔になっていた。


 龍魔はそんな陸王の頭を撫でてやった。心の底から愛おしんで。


 その感触が心地よかったのか、ほんの僅かだけ、陸王は笑みを見せた。同じように龍魔も、小さく笑みを結ぶ。


 それから陸王を促した。


「お母さんに挨拶をおし。知らせたいことがあれば、言うといい」


 龍魔の促しに陸王はこくんと頷き、龍魔がやっていたように石塔に手を添える。


「お母さん。お母さんがいないのが寂しいよ。でも、僕には龍魔がいる。だから、寂しいのもちょっとだけになる。お母さん、僕を護ってくれて有り難う」


 拙い言葉の数々だったが、今の陸王にとっては最大の感謝の言葉だったのだろう。


「言いたいこと、伝えたいことは全部言えたかい?」


 優しく尋ねると、陸王はこくりと頷いた。だから龍魔も頷きで返してやった。


 それから龍魔は陸王と再び手を繋ぎ、石塔に向かって言葉をかける。


「大丈夫だよ、エリューズ。陸王の力は、陸王自身で抑え込んでいられる。感情に左右されても、妾が傍についている。妾が傍にいれば、陸王の精神も安定しやすい。心配することはないよ」


 そう言って、龍魔は慈しむように石塔を撫でると、陸王の手を引いてその場を離れた。


 その陸王は少しばかり石塔を肩越しに振り返って見ていたが、やがて顔を前に向けて歩いていった。


 龍魔と陸王は神殿でも人通りの少ない廊下を歩いていたが、不意に龍魔に大地の精霊を介してエイザが心に語りかけてきた。


 どうやらそれは、光竜殿こうりゅうでんから書簡が届いたという事らしかった。書簡が届いたということは、雑務室まで行かないといけないという事だ。巫女達は陸王の部屋まで来るのを嫌がるからだ。彼女達は陸王を視界の端にも入れたくないと思っている。陸王がどこかで聞いてきたように、『忌み子』とまで言っているのだ。


 陸王と手を繋いで歩いていたが、ふと龍魔は足を止めた。


 それに気付いて陸王も止まると、龍魔を見上げてきた。


 龍魔はその陸王に優しく笑んで、


「陸王、妾はこれから少し用を足してくる。おそらく急ぎの案件だ。少しだけ部屋に戻るのが遅くなるかも知れないが、お前一人でも戻れるね?」


 言うと、陸王は少しだけ不安そうな顔をする。


「なに、すぐに戻るさ。それとも、一緒に来るかい?」


 陸王は龍魔の問いかけに少し考えを巡らしてから、


「行かない」


 と言葉少なに答えた。


「じゃあ、先に戻っておいで。なるべく早く戻るからね」

「うん、約束」


 真摯に告げる陸王に頷いて、先に陸王が廊下を行く後ろ姿を見送った。陸王が廊下を曲がる姿を見届けるまで。


 陸王が完全に姿を消してから、龍魔は雑務室のある寝殿の中央部分へと足を向けた。


 普段、あまり巫女達の寄りつかない神殿の端の方にいたため、中央付近に行くまで時間がかかった。それでも神殿中に巫女はいる。ぽつぽつと巫女が神殿の掃除をしているのに行き当たるが、以前と変わらず礼をとる者と完全に無視する者とが様々姿を現す。


 そんな巫女達の態度に胸中複雑な思いを抱きながら、龍魔は雑務室へとやって来た。中へ入ると、エイザがすぐ龍魔に気付き、一つの机の上から書簡を手に取ってやって来る。


「龍魔様、こちらでございます」

「あぁ、有り難う」


 言って、その場で書簡の封蝋を切って内容を確認した。ぱっと筆跡を見て、書簡は光竜殿で役目を負っているガライという男から来たものだと知る。文末に、龍魔の意見が聞きたい旨が綴られていた。と言うことは、すぐに返事を書いてやらねばと思う。だが、とすると、陸王を随分待たせてしまうことになるだろう。しかし、これも役目だ。責務は果たさねばならない。


 龍魔は人も少なく、空いている席へと着いた。返事を返すために、龍魔はもう一度書簡に目を通す。


 その時だった。雷でも落ちるように、頭の中に大地の精霊の声が響いた。同時に、ある瞬間の像が脳裏を過る。


 雑務室で写本をしていた者や、縫い物をしていた者達にも同じものが見えたのだろう。瞬間的に皆が一斉に顔を上げた。当然、龍魔もエイザも。


 皆の頭の中に像が結ばれたかと思った次の瞬間、神殿内に爆音が響き渡った。神殿そのものも大きく揺れる。それも、神殿が倒壊するかと思うほど強くだ。


 途端に部屋の内外から、巫女達の悲鳴が上がる。


 やがて揺れは収まり、残響もなくなった頃、龍魔は脳裏を過った像を思い返した。そこに見えたのは、リースの姿だったように思われる。それも誰かに対して酷く蔑み、憎悪をぶつけているような雰囲気だ。


 エイザも同じものに至ったのだろう。すぐに雑務室から飛び出していった。龍魔もそれを追うように飛び出す。


 爆発音のようなものは神殿のかなり奥でした。方角的に、人があまりいないような場所。そう、人があまり近寄らない場所で、方角はと言えば陸王の部屋がある方向だった。


 状況だけを鑑みるに、陸王とリースが出会でくわした場面を精霊達が神殿中に知らせたのだろうと思われる。それを、皆が同時に見たのだ。


 大地の精霊が伝えたものなのだから、それを守護精霊としている蛇人族じゃじんぞく全員の脳裏に場面が走るのは当然だった。だから、龍魔やエイザのように爆発音がした場所に駆けつけてくる者も多かった。


 音がした源と思われる場所へ着いた時には、石造りの神殿の一角が綺麗に崩れ去って、外が大きく覗けるようになっていた。それ以前に、ここへ来る途中の壁や床などにも崩れたあとやひび割れた部分も多く見受けられた。


 完全に壁が崩れ去って、爆心地と思われるところには、陸王が倒れていた。


 しかし不思議なことに、陸王の身体が大きくなっているように見えた。俯せに倒れ込んでいるため本当に大きくなっているのか判然としなかったが、着ていた服は破れてしまって裸状態になっている。


 魔族は元々、己の成長速度を自在に操れる。陸王は魔人だが、それでも魔族と同じ生理を持っているなら、急激に成長してもおかしくはない。


 龍魔はすぐに陸王を助け起こした。近づき、助け起こしてみれば、やはり陸王が成長しているのが分かった。ついさっきまで五つの幼子だったのが、今は十ほどにまで成長している。いきなり二倍だ。何があって、陸王がこんな事になっているのだろうか? 分からないが、さっき頭の中で閃いた映像にはリースの姿があった。記憶をさらってみても、彼女一人だった。陸王の姿はない。


 では、リースとこの原因不明の爆発と思われるものとは何も関係ないのだろうか。


 いや、そんな事はないはずだ。でなければ、あんな像が脳裏にひらめくわけがない。けれど、辺りには陸王以外に人の気配はなかった。瓦礫すら吹き飛ばされてしまったのか、ほとんど見当たらない。天井も壁もなくなっているにも係わらずだ。本当に辺りは、突然のさらし状態になっている。


 龍魔は精霊に問いかけようとした。石造りの神殿だ。地の精霊が何もかも見ているはずだと思ったのだ。


 だがその時、突然、エイザが絶望の悲鳴を上げた。エイザを振り返ると、彼女は両手で顔を覆って蹲っている。その様子に、龍魔もほかから集まってきた者達も察した。エイザは誰よりも早く、大地の精霊の声を聞いたのだろう。その結果が今の彼女の状態ということは、少なくとも対であるリースは無事ではない。


 龍魔も遅れて精霊に語りかけた。ここで何があったのかと。

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