魂の真実 十三
それを確認して、龍魔は「これなら出来るだろう」と判断していた。
力の封印だ。
よくない言い方になるが、どんな種族であれ、使い道はあるということだ。
光竜殿に連れて行かれた陸王だが、十ほどに成長していた身体は、いつの間にか元に戻っていた。
魔族は急激に成長することがあるが、元に戻るとは龍魔も聞いたことがなかった。
しかし、それで落ち着いてくれたのならいい。一時的に成長したのは、推測でしかないが、魔族としての力が身体中を巡っていた結果だろうと思った。悪意をぶつけられて、魔族としての力が溢れそうになるのを抑えるため、無意識のうちに身体を変化させて堪えたのだ。とは言っても、向けられてくる悪意に耐えられなくなって、最後には暴発してしまったが。
龍魔はもとの年に戻った陸王に、封印を施した。光竜が天地
今、陸王の中には『核』が存在する。と言っても、魔族の中位や下位魔族の核とは根底から違う。陸王を魔族たらしめている『力』そのものを光竜の力で結晶化したのだ。この『核』が壊れる時、陸王は再び魔人に戻る。それまでは
十日経って、夜、陸王はやっと目を醒ました。おそらくは、最後まで力を押し込めようとした結果、陸王は力を使い果たしていたのだろう。それで十日も眠っていたのだ。
目を開けた時、傍には龍魔がいた。いつ目が冷めるか分からない陸王の寝顔を、傍でずっと見ていたのだ。
「やっとお目覚めだね。気分はどうだい?」
優しく声をかけてやる。
陸王はゆっくり起き上がって、
「たつ……」
そこまで言った時、苦しげに咳き込んだ。十日も眠っていたのだ。口も喉もからからだろう。潤いがなくては話せなくて当然だった。
「これをお飲み」
龍魔は、水差しからグラスに水を注いで渡してやった。
陸王は最初に一口だけ口に含んだ。それを何かの塊でも飲み込むかのように、ごくりと音を立てて飲み下す。そのあとは一気に水を呷った。やはり、随分と喉が渇いていたようだ。
龍魔は陸王の様子を見遣って、お代わりが欲しいと言い出す前にグラスに水を注いでやる。
その一杯も、ほとんど一息で飲み干してしまった。けれど、三杯目になると随分落ち着いてきたようだった。ゆっくりと、味わうように飲み干していく。
「まだいるかい?」
龍魔が尋ねると、陸王はもういいとばかりに首を振った。それに頷きを返して、陸王の手からグラスを受け取る。
「落ち着いただろう?」
「うん」
返事と共に頷いてみせる。頷いて、陸王は辺りを見回した。光竜殿の壁や床からは白い光が溢れているから、ここが青蛇殿ではないと察したのだろう。
「ここ、どこ?」
「光竜殿だよ。光竜に最も深く、強く繋がっている場所だ」
それに対して、ふぅん、と鼻を鳴らす。陸王は半端な返事を返しながらも、きょろきょろと広い部屋を見回していた。
そんな陸王の様子を窺ってみて、十日前のことはまだ思い出せていないのだろうと龍魔は思った。それなのに、これを聞くのは酷だと思う。けれど、確かめねばならない。
「陸王、お前は十日も眠っていたんだ。十日前、何が起こったか覚えているかい?」
それを聞いても、陸王はきょとんとしている。けれど龍魔は重ねて尋ねた。
「十日前、いや、そんな日数なんてどうでもいいか。今目を醒ます前に、
龍魔の質問に少し考えて、うんと返してくる。
「そのあと、神殿に戻ったね。そこで妾とお前が別れたことは覚えているかい? 妾は執務室に行かなければならなかったから、お前とは途中で別れたんだが、それは?」
龍魔は飽くまでもゆっくり、優しく問いかける。思い出せば、陸王が恐慌状態に陥りかねない出来事だからだ。だから龍魔は、あまり刺激を与えないよう、落ち着いた声を作って尋ねた。
陸王は問われるままに、記憶をひっくり返しているようだった。視線を下げ、何度も瞬きをしている。だが、やがて陸王の顔が青ざめていった。思い出してきたのだろう。何があったかを。
陸王の息遣いが荒くなり、龍魔に縋り付くような視線を寄越してきた。龍魔は陸王の肩に手を置き、
「大丈夫だ。怖くない。もう終わったんだよ」
宥めるように、ぽんぽんと肩を掌で叩き続けてやる。肩を叩きながら、龍魔は腰を椅子から寝台へと移した。それと同時に、肩を叩くのを途中でやめて、陸王の肩を抱くようにしてから、また宥めるように肩口の腕を叩き始めた。
「お前、酷い目に遭ったね。でも、何も気にすることはない。終わったんだ。全て、終わった」
言い含めるように言い遣る。
その言葉が聞こえているにもかかわらず、陸王は小さく震えだした。震えて、そのまま龍魔に縋り付いてくる。
縋り付いてくる陸王を龍魔は抱きしめてやった。女の両腕でもすっぽり収まってしまう大きさに、龍魔は痛ましさを感じた。こんな小さな存在なのに、龍魔は結果として裏切らなければならない。どれだけ陸王は傷つくだろうかと思うと切なくなる。龍魔も苦しかった。それでも突き放さなければならない。
無条件に縋り付いてくるこの小さな子供を。
「龍魔」
震える声で、陸王は小さく龍魔を呼ぶ。
「どうしたんだい?」
「巫女のお姉さん、どうなっちゃったの? お姉さん、僕を見たらすごく怒って、怒鳴られたら、怖くなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、お姉さんがもっと怒ると頭も身体も全部ぐちゃぐちゃになって、なんにも分かんなくなった」
必死に陸王は言い募った。
陸王に言うべきか言わざるべきかを龍魔は考えたが、思い出させてしまったのは自分だ。それ以上に、陸王は知っておくべきだとも思った。
「そうだね。お前には知る権利も、知る義務もある。今はお前の中で眠っている力のことだしね」
そこまで言ってから、大きく二度深呼吸した。その息を吐き出すように、龍魔は語った。
「陸王、驚くんじゃないよ。これも大切なことだ。心してよくお聞き。お前に悪意を向けた巫女は死んだよ。お前の力が暴走して、殺してしまったんだ」
陸王は『ころしてしまった』と言う部分を聞いた瞬間、びくりと身体を跳ねさせて、続けて、驚いたように息を吸い込んだ。
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