魂の真実 十三

 青蛇殿せいじゃでんの巫女数人に手伝わせて、陸王りくおう光竜殿こうりゅうでんに連れては行ったが、陸王はその後、十日ほども目を醒まさなかった。これまでには眠っていても時折、力が漏れ出すように発されることもあったが、意識不明とも取れるような深い眠りについている十日の間は力の発露がなかった。陸王が眠っている間、龍魔たつまはほとんどの時間を傍で過ごしていたが、陸王は力を一時的にとは言え暴発させたせいか、内にこもっている力が弱くなっているように感じられた。


 それを確認して、龍魔は「これなら出来るだろう」と判断していた。


 力の封印だ。


 光竜こうりゅうの力を借りれば、力が弱まっている今なら完全に封じられると考えたのだ。光竜の力を借りた封印だ。頑丈なことこの上もないだろう。特に光竜殿は光竜と一番深く、強く繋がっている場所だ。ここで封じを施せば、簡単に解けるような封印にはならない。魔族は天慧から呪われた種族だが、光竜は魔族をも身のうちに取り込んでいる。人族の絶対の敵なのに、光竜は魔族を滅ぼそうとはしない。


 よくない言い方になるが、どんな種族であれ、使い道はあるということだ。


 光竜殿に連れて行かれた陸王だが、十ほどに成長していた身体は、いつの間にか元に戻っていた。


 魔族は急激に成長することがあるが、元に戻るとは龍魔も聞いたことがなかった。


 しかし、それで落ち着いてくれたのならいい。一時的に成長したのは、推測でしかないが、魔族としての力が身体中を巡っていた結果だろうと思った。悪意をぶつけられて、魔族としての力が溢れそうになるのを抑えるため、無意識のうちに身体を変化させて堪えたのだ。とは言っても、向けられてくる悪意に耐えられなくなって、最後には暴発してしまったが。


 龍魔はもとの年に戻った陸王に、封印を施した。光竜が天地開闢かいびゃくした時に使った神代魔法ダリタリアを使い、最も光竜と深く繋がっている場所から湧き出る神水で陸王の身体を清めた。


 今、陸王の中には『核』が存在する。と言っても、魔族の中位や下位魔族の核とは根底から違う。陸王を魔族たらしめている『力』そのものを光竜の力で結晶化したのだ。この『核』が壊れる時、陸王は再び魔人に戻る。それまでは人族ひとぞくとなんら変わらない。魔気も出ないし、魔族の力が暴走することもない。陸王を人族の中で暮せるようにするには、こうするほか手がなかったのだ。それに核が出来たことで、魔族の系譜であることも分からない。例え、相手が魔族であってもだ。


 十日経って、夜、陸王はやっと目を醒ました。おそらくは、最後まで力を押し込めようとした結果、陸王は力を使い果たしていたのだろう。それで十日も眠っていたのだ。


 目を開けた時、傍には龍魔がいた。いつ目が冷めるか分からない陸王の寝顔を、傍でずっと見ていたのだ。


「やっとお目覚めだね。気分はどうだい?」


 優しく声をかけてやる。


 陸王はゆっくり起き上がって、


「たつ……」


 そこまで言った時、苦しげに咳き込んだ。十日も眠っていたのだ。口も喉もからからだろう。潤いがなくては話せなくて当然だった。


「これをお飲み」


 龍魔は、水差しからグラスに水を注いで渡してやった。


 陸王は最初に一口だけ口に含んだ。それを何かの塊でも飲み込むかのように、ごくりと音を立てて飲み下す。そのあとは一気に水を呷った。やはり、随分と喉が渇いていたようだ。


 龍魔は陸王の様子を見遣って、お代わりが欲しいと言い出す前にグラスに水を注いでやる。


 その一杯も、ほとんど一息で飲み干してしまった。けれど、三杯目になると随分落ち着いてきたようだった。ゆっくりと、味わうように飲み干していく。


「まだいるかい?」


 龍魔が尋ねると、陸王はもういいとばかりに首を振った。それに頷きを返して、陸王の手からグラスを受け取る。


「落ち着いただろう?」

「うん」


 返事と共に頷いてみせる。頷いて、陸王は辺りを見回した。光竜殿の壁や床からは白い光が溢れているから、ここが青蛇殿ではないと察したのだろう。


「ここ、どこ?」

「光竜殿だよ。光竜に最も深く、強く繋がっている場所だ」


 それに対して、ふぅん、と鼻を鳴らす。陸王は半端な返事を返しながらも、きょろきょろと広い部屋を見回していた。


 そんな陸王の様子を窺ってみて、十日前のことはまだ思い出せていないのだろうと龍魔は思った。それなのに、これを聞くのは酷だと思う。けれど、確かめねばならない。


「陸王、お前は十日も眠っていたんだ。十日前、何が起こったか覚えているかい?」


 それを聞いても、陸王はきょとんとしている。けれど龍魔は重ねて尋ねた。


「十日前、いや、そんな日数なんてどうでもいいか。今目を醒ます前に、あたしとお前はお母さんの石塔に行っただろう? 覚えているかい?」


 龍魔の質問に少し考えて、うんと返してくる。


「そのあと、神殿に戻ったね。そこで妾とお前が別れたことは覚えているかい? 妾は執務室に行かなければならなかったから、お前とは途中で別れたんだが、それは?」


 龍魔は飽くまでもゆっくり、優しく問いかける。思い出せば、陸王が恐慌状態に陥りかねない出来事だからだ。だから龍魔は、あまり刺激を与えないよう、落ち着いた声を作って尋ねた。


 陸王は問われるままに、記憶をひっくり返しているようだった。視線を下げ、何度も瞬きをしている。だが、やがて陸王の顔が青ざめていった。思い出してきたのだろう。何があったかを。


 陸王の息遣いが荒くなり、龍魔に縋り付くような視線を寄越してきた。龍魔は陸王の肩に手を置き、


「大丈夫だ。怖くない。もう終わったんだよ」


 宥めるように、ぽんぽんと肩を掌で叩き続けてやる。肩を叩きながら、龍魔は腰を椅子から寝台へと移した。それと同時に、肩を叩くのを途中でやめて、陸王の肩を抱くようにしてから、また宥めるように肩口の腕を叩き始めた。


「お前、酷い目に遭ったね。でも、何も気にすることはない。終わったんだ。全て、終わった」


 言い含めるように言い遣る。


 その言葉が聞こえているにもかかわらず、陸王は小さく震えだした。震えて、そのまま龍魔に縋り付いてくる。


 縋り付いてくる陸王を龍魔は抱きしめてやった。女の両腕でもすっぽり収まってしまう大きさに、龍魔は痛ましさを感じた。こんな小さな存在なのに、龍魔は結果として裏切らなければならない。どれだけ陸王は傷つくだろうかと思うと切なくなる。龍魔も苦しかった。それでも突き放さなければならない。


 無条件に縋り付いてくるこの小さな子供を。


「龍魔」


 震える声で、陸王は小さく龍魔を呼ぶ。


「どうしたんだい?」

「巫女のお姉さん、どうなっちゃったの? お姉さん、僕を見たらすごく怒って、怒鳴られたら、怖くなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、お姉さんがもっと怒ると頭も身体も全部ぐちゃぐちゃになって、なんにも分かんなくなった」


 必死に陸王は言い募った。


 陸王に言うべきか言わざるべきかを龍魔は考えたが、思い出させてしまったのは自分だ。それ以上に、陸王は知っておくべきだとも思った。


「そうだね。お前には知る権利も、知る義務もある。今はお前の中で眠っている力のことだしね」


 そこまで言ってから、大きく二度深呼吸した。その息を吐き出すように、龍魔は語った。


「陸王、驚くんじゃないよ。これも大切なことだ。心してよくお聞き。お前に悪意を向けた巫女は死んだよ。お前の力が暴走して、殺してしまったんだ」


 陸王は『ころしてしまった』と言う部分を聞いた瞬間、びくりと身体を跳ねさせて、続けて、驚いたように息を吸い込んだ。

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