魂の真相 八
対の者達が辛そうな目をしている様子を眺め遣って、
皆、精霊を介してこの部屋で起こったことを感知していたのだ。誰も人間が溢れかえる外界に出たくはないのだろう。今、こうして追い出そうとしている龍魔の本気を見せられたのだ。言うことを聞くしか手はない。
龍魔が部屋から出て行こうと扉を開けると、そこにはエイザが立っていた。半ば憤り、半ば悲しむ色をその瞳に載せている。
「お
龍魔が平坦に言うと、エイザは瞼を閉じ、そのままその場に蹲った。
額を床に擦りつけるようにして、土下座したのだ。
「なんのつもりだい」
なおも龍魔が平坦に問うと、エイザが声を詰まらせながら言った。
「どうか、皆を放逐しないでください。文の封を勝手に切ったのは私です。一月も前からエリューズ殿が匿って欲しいと頼み込んできたことを、
「エイザ、お前はこの
「はい」
「どんな理由があろうともかい?」
龍魔が冷然と問いかけると、エイザは少しの間を開けて「はい」と答えた。
「どうして今、
龍魔が問いかけたが、エイザは答えない。だから立て続けに問いかけてやった。
「リースはどうするんだい? 連れて行くのかい?」
リースとは、エイザの対の名前だ。
「いえ、連れて行きません。それが最も重い罰になると思いますから」
その時、あの小さな巫女が大声を上げた。
「エイザ、あんたを一人になんてしない! 追放されるのなら、二人で追放されましょう。私は追放されるのを覚悟の上であんたに協力したんだから」
言うその瞳は涙で潤んでいる。あと一言でも何か言葉を放てば、涙がほろりと零れ落ちるだろう。エイザがそれに気付いているのか気付いていないのか知らないが、伏せた顔を上げることはなかった。
龍魔はエイザのその様子を確かめるように眺めた。本気で出て行くつもりなのかどうかを。その際、リースをつけてやるかどうかも共に考えた。
そうして、龍魔は結論を出す。
「そうか。リースは本当にいらないんだね」
「はい。これは私の罪です。皆を扇動したのは私ですから」
エイザの中でも葛藤があるのだろう。それはまるで、絞り出すような声音だった。対であるリースと、突然の別れをしなければならないのだから。
「エイザ、お前の覚悟は上等だ。
「芝居ではありません。本気です」
「そうかい。青蛇殿からなら、迎賓館に続く道がある。でもそれじゃ面白くないだろう。
「……はい」
龍魔は平伏しているままのエイザの脇を抜けて、転送の間へ足を向けた。背後からは、エイザが立ち上がる気配が感じられる。その様を確かめもしないで一歩一歩歩を進めていくと、リースの悲痛な叫びが聞こえてきた。エイザを止める声だ。雑務室の中では、リースが囚われたままなのだろう。泣き叫ぶ声が響いてくるが、龍魔は構わなかった。エイザがリースを連れていかないと言ったのだから。もし共に行くと言えば、龍魔はエイザとリースを共に行かせてやるつもりだった。
暗澹たる気持ちになる。対を離れ離れにするのは、やはり辛い。
少しずつリースの叫びが遠くなっていく中で、龍魔はいきなりそれを感じた。いや、この神殿にいる巫女なら、皆気付いたはずだ。
大地の精霊が、勝手に神殿に結界を張ったのだ。それも強固な結界だった。大地を表すように、固く強い結界だ。
その出来事に、龍魔も意識を外へ引っ張られた。ここは既に結界が巡らされて、外界との繋がりは基本的にはない。繋がっている場所があるとするなら、光竜殿と迎賓館へだけだ。結界で護られている神殿では
新しく張られた結界だが、大地の
「エイザ、お前のことは後回しだ。それどころじゃなくなった」
「龍魔様!」
外に向かって走りだした龍魔の背中にエイザの声が叩き付けられたが、そんなものを相手にしている余裕はない。今は神殿から出て、表の様子を確認しなければならないのだ。
何がどうなっているのかを確認しなくては。
廊下を外に向けて駆けていくと、途中途中で仕事をしていたと覚しき巫女達が、皆不安そうな顔で天井の更に上、屋根の上の
と、途中まで来て、龍魔は何かおかしな事に気付いた。何かが急速に神殿へ向かって近づいてきているのだ。まるで、何かの塊のような。それの正体は知れなかったが、兎に角急速に神殿へと近づいてきている。
そうして、あっと思った瞬間、幾重にも重ねた硝子が叩き割られるような甲高く硬質な音を立てて、衝撃波と共に神殿を襲った。瞬間的な出来事だったが、龍魔は身体の均衡を崩して倒れそうになった。慌てて傍の壁により掛かり、身体を支える。同時に、巫女達の悲鳴がいくつも重なった。
神殿を襲った衝撃波は大きく神殿を揺らしたが、それ一度きりだった。それよりも、甲高く硬質な音の方が厄介だった。耳にじんじんきていて、正常な音が聞き取りづらい。耳が聞こえにくいのは時間に任せるしかないが、龍魔は何か怖気を感じた。半分以上は大地の精霊がざわついているからだ。精霊の声は聴覚で聞くものではないから、耳が聞こえにくくとも正常に感じられる。怖気はそのまま不快感に変わっていく。身体の内面に鳥肌が立って、それを撫でられるような不快感なのだ。
何が起こったか分からないが、兎に角、外だ。外に出ないことには、正確なことは知り得ない。
寄りかかっている壁から身を離し、身体に感じる不快感をそのままにして、龍魔は神殿の外へと躍り出た。
目の前には庭園が広がっている。庭園は広く、地平の果てまであるように見えるが、それは背後に山を背負い、周囲を霧で隠された森があるため、遙かな地平のように見えるだけだ。広いとは言えども、実際には周りは囲まれている。
龍魔は心を落ち着けて空間を見渡した。結界を挟んで、空が見える。宙にまで大地の精霊が結界を張っているが、それは透明なため、空がそのまま見えるのだ。その結界を何かが突き抜けたような気がするが、もう精霊が結界に開いた穴を閉じてしまったのか、異変は感じられない。
注意深く、龍魔は庭園を見て回った。低い垣の向こうをじっくり確認するように見渡していくが、これといった変化はないようだった。その時、風が緩く吹きつけた。その風に、龍魔は生臭さを感じた。どこかで嗅いだ臭いだったが、急には思い出せない。嫌な臭いではあるのだが。
また風が臭いを運んできた。今度はなんの臭いかはっきり分かった。血臭だ。それに気付いたのと同時に、龍魔は結界の向こうに嫌な影を見つけた。
堕天使だ。四人いる。彼等の背にある一対の翼は黒く、遠くにいるせいではっきりとは確認出来なかったが、瞳はまだ緑色のように思えた。だが間もなくそれらの瞳は、血を滴らせたような
エリューズは青蛇殿に匿って貰いたがっていた。それは手紙で分かっている。彼女は遂に羅睺のもとを発ったのだろう。更に堕天使達がここにいると言うことは、そのエリューズを追って来たのだろうと思われた。
龍魔はエリューズの名を叫びながら庭園を捜し回った。風が血臭を運んでくる方向へ向かい、走る。
丈は低いが迷路のように入り組んだ垣が続いていたが、龍魔はその向こうに血塗れの腕を見つけてはっとした。
「エリューズ!」
思わず怒鳴り声に近い叫びを上げ、エリューズが倒れている場所まで走る。
垣の向こう側へ回り込んで、龍魔は言葉をなくした。
エリューズは血塗れだったのだ。頭の先から足の先まで。腰まである白銀の髪と三対の純白の翼は、白い部分を探す方が大変な有様になっている。その姿に数瞬呆然となったが、すぐに我を取り戻して助け起こし、声をかける。
「エリューズ、しっかり。しっかりおし」
助け起こした身体中に傷がついている。美しい顔も血塗れだ。翼もぼろぼろになっている。龍魔はすぐに大地の
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