魂の真相 七

「お前達は一月も前にこの文を受け取って、あたしに隠していた。内容はもう分かっているだろうから、詳しくは言わない。エリューズを迎え入れる準備をしな」

「そんな、龍魔たつま様!」


 部屋の一番奥にいた巫女が声を上げる。それはほかの巫女よりも、一回りほど小柄な巫女だった。龍魔がその巫女に目を向けると、彼女ははっきりと拒絶の意を伝えてきた。


「私は反対です。羅睺らごうはこのところ、おかしくなっているという事ではありませんか。そんな神の妻を匿って、何がよいことがありましょう。お腹の子供は羅睺を殺すと預言を受けている子供でしたよね? 羅睺は地に堕ちて、魔族の王。そんな者に、青蛇殿せいじゃでんは関わりを持つべきではないと思います。それ以上に、本来の主である青蛇せいじゃがいらっしゃらないのに、神殿の責任者であると言うだけで、龍魔様が勝手を働いてよいとも思えません。私は羅睺の妻を放っておくべきだと思います。これは身内同士の問題なのですもの」


 そこまで一息に言い切って、小さな巫女は細い肩を上下させる。


 けれど、龍魔はその巫女を一瞥してから、強権を発動した。


「エリューズを匿う。すぐに迎え入れる準備を。子供も安心して産めるよう、産室も用意しな。この青蛇殿を預かる妾の命だよ。青蛇は妾に神殿の向後を託したのだから、妾の命は青蛇の命と同じだって事をよく覚えておおき」


 龍魔の言葉に、巫女達が不服そうに眉根を寄せる。常なら素直に龍魔の言葉に従うが、流石に狂い始めた羅睺と接点は持ちたくないのだろう。そもそもが、天慧も羅睺も外の神。その眷属も魂は陰陽に分かれているとは言え、純粋な獣の眷属からすれば胡乱な存在だ。第一、腹の子は地に堕ちた神の子で、産むのは堕天使だ。天慧の呪いを受けている。それから言ってもこれから生まれようとしているのは、限りなく魔族に近い子供だ。だからこそ、魔族と接点は持ちたくないと言うのが正直な気持ちだろう。


 龍魔にもその気持ちは分かるが、エリューズは友なのだ。天界から堕ちて衰弱していた彼女を龍魔が見つけたのだ。翼が三対あり、出自はよいと思われた。一般的な天使族は、一対の白い翼を持つだけだ。それが二対、三対とあることは位が高いことを示している。それ以上に、龍魔はエリューズのその美しさに惹かれた。天使族特有の白い肌、白銀の髪、碧の瞳、薔薇色の唇。


 青蛇殿の結界は、深い森を抱く山一つにかけられている。結界は森を抱き込むように存在する真っ白な霧だった。時折、霧の合間から森が覗くことがあるが、人々はその森を『隠しの森』と呼んで近づこうとはしなかった。もし霧が薄くなり森に入り込んでも、その森から帰ってこられないことを知っているからだ。霧が全てを覆い尽くし、生き物の記憶を徐々に奪っていってしまう。もし人でも獣でも外から森に入り込めば、少しずつ記憶は喰われ、自分が何者なのか、どこへ何をしに行こうとしていたのかも分からなくなり、最後は霧に変化へんげさせてしまう力を持つ霧の結界だった。


 この結界の外に一つ村がある。青蛇殿の者と外の世界の者が接触出来るように、青蛇殿の迎賓館があり、その建物を中心として獣の眷属や少ないながらも人間族が集まって村を作っているのだ。そこに住む者達は、青蛇殿の結界のことを言い伝えで伝え合い、決して外の者が結界の中に入らないよう気をつけている。しかし、それでも何年かに一度くらいは結界のことを耳にして霧で覆われた森の中に入って、帰らぬ者を作っていた。


 遙か昔。


 神代かみよが終わりを迎え、時代が人代ひとよ変わった頃に、霧の結界ぎりぎりにエリューズは落ちた。天から下りてきたエリューズは天慧の呪いのせいで、心身共に打ちのめされていたのだ。そこをたまたま迎賓館に来ていた龍魔が見つけた。すぐに村の者達に伝え、共に迎えに来て貰った。エリューズは迎賓館に迎え入れられ、龍魔と数人の巫女が面倒を見た。


 羅睺はその頃、天を追われた堕天使達を地上で保護し、祝福を与えている最中だった。


 羅睺の祝福は、一代限りではあるものの、堕天使を魔族に転化することを防ぎ、不老長寿を与えるものだ。その話を龍魔も巫女達も耳にしており、エリューズの体力がある程度回復したところで、羅睺のもとに送り届けた。その事が切っ掛けで龍魔とエリューズは友となり、羅睺に見初められたエリューズは羅睺の妻になった。エリューズには対がいたが、その者も堕天して羅睺のもとにいたのだ。そのお陰で二人は互いに魂の安定を図り、その後、何万年も生きることが出来た。


 そのあとも、龍魔とエリューズは手紙の遣り取りを行った。村の迎賓館には特殊な鐘がしつらえられていて、その鐘を鳴らすと、青蛇殿にも設えてある対の鐘が鳴って、迎賓館に誰かがやって来たことを知らせてくれる。その迎賓館を基点として、龍魔とエリューズは手紙の遣り取りをしていたのだ。今回の手紙も、そうして届けられたものだった。迎賓館に堕天使がやって来て、巫女が手紙を受け取ったと言うわけだ。


 だが今回に限って、龍魔に宛てられた手紙を巫女達が開封して内容を確認している。龍魔はその事に言及しなかったが、おそらくは遣いの堕天使の様子がおかしかったかどうかしたのだろう。手紙の内容からして、エリューズにも色々と猶予がなかったに違いない。


「妾宛ての文を勝手に開封したことの責は問わない。なぜそうなったか、大方想像がつくからだ。だが、今お前達が妾に協力しないようであれば、この責を問う。どちらにする? 責を問われて青蛇殿から追放されるか、妾に力を貸してエリューズを迎え入れるか」


 龍魔の声は厳しいものだった。それなのに、巫女達は互いに目配せをしあっているのみだ。意見を言うはずの口は閉じたままで、仲間の顔色を窺っているばかりだった。


 その態度に、龍魔は初めて苛つきを感じた。だから言ってやったのだ。


「この神殿で生まれ育ったお前達に、今更外の世界で新しくやっていくことは出来ないと思うがね。世界を覆うようにして存在している人間族はお前達を蔑むだろうし、お前達は人間達の世界を何も知らない。金銭の概念もなかろう。外でどうやって食べていくかも分からないはずだ。それでも生きようとすれば、人間族の奴隷になることくらいか。農奴と言って、少ない食物を貰いつつ農村で辛うじて生き抜くしかないよ。そんな生活でいいのかい? ながの年月、死ぬまで人間族の奴隷であり続けること。それでいいなら、今すぐにでも出て行って貰おう」


 それを最後まで言い終わらないうちに、部屋の外からぞろぞろと巫女達が入ってきた。龍魔は手紙を手にした時から大地の精霊を間に挟み、部屋の外にいた巫女達を呼ばわっていたのだ。


 蛇人族じゃじんぞくの守護精霊は大地の精霊だ。巫女達には全て伝わっている。何をさせるか、その指図はとうに終わっていた。


 エリューズを迎えるのに反対している巫女達にも、部屋へ入ってきた巫女達にも同時に知れている。


「おやり」


 短く告げると、入ってきた巫女達が瞳に同情を表しながらも、二人から三人で一人の巫女を拘束していった。


「や、やめて! だって、魔族が入り込むかも知れないのよ? 貴女達、それでもいいの?」


 例の小柄な巫女が両側から羽交い締めにされて、仲間に問いかける。けれど、外からやって来た者達はそれに反応を返さない。それでも拘束されている巫女達は、今になってようやくといった風に反応を返す。


「龍魔様、魔族でございますよ? そんな者を青蛇殿に入れるのは屈辱でございます」

「そうだわ。あたしも嫌です。堕天使は魔族と同じ。そのお腹にいる子供も魔族同然。それに、ここの主は青蛇です。青蛇がいらっしゃったら、きっとお許しにならないでしょう」

「私もこの意見と同じです。魔族に神殿を穢されるなんて嫌です」


 続々と拘束された巫女達から声が上がるが、龍魔はいちいちそんなものを聞く気はなかった。


「この者達を神殿を護る結界の外へ追い出しな」


 冷めた瞳をして、龍魔は冷然と命じた。


 巫女達は拘束されたまま無理矢理歩かされ始めたことによって、拒絶の意を示したが、大元のエリューズを迎え入れることには相変わらず反対のようだった。出て行くのも嫌、エリューズを迎えることも嫌。今この場では、両立しない考えだ。拘束されている方は暴れ出したが、いかんせん、相手の方が人数が多い。完全に追い出すつもりでいるようだった。


 少なくとも、龍魔は巫女を追放しても痛痒は感じない。対の者達がどう思うかは知らないが。


 いるのだ。拘束している巫女の中に数人の対が。


 だが、片割れがどうしても魔族を青蛇殿に入れるのを拒み追放されるのなら、己も共に行こうと思っているようだった。数人がそんな瞳をして己の対を捕らえている。

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