魂の真相 五
「太極魂を持っている者は、この世界を見守る役目を負っている。
龍魔はどこか浮ついた風に言う。表現は陳腐だが、わくわくしているとでも言うか。
「まるで子供が玩具を与えられたような言い方ですね」
紫雲は僅かに嫌味を込めて言った。
「玩具か。玩具。あぁ、そうとも言える」
分かりやすい嫌味を嫌味とも取らず、龍魔は感慨深く言って軽く頷いた。
「でもね、そうとでも思わないと生きてられないのさ。退屈は人を殺すって事もあるんだよ。よく覚えておきな。お前だって無関係じゃないんだからね」
最後の言葉は重い響きを伴っていた。
「何が無関係じゃないんですか?」
紫雲は龍魔の重たい言葉を撥ね除けるように言った。たかが人間の
「あの、是非ともお聞きしたいことがあるのですが」
紫雲は突然慇懃に言い遣った。
それを龍魔は頷きで返す。
「ここで目覚める前、私は魔族と戦っていました。ですが、途中から記憶が寸断されていて、気が付けばここにいた。私の身に何が起こったんですか」
「お前は魔族の力を半端に解放した
それを聞いて、紫雲は陸王の紅い瞳を思い出した。確かあれは、紫雲が陸王の腹を抉った直後のことだ。陸王がこちらを見て楽しげに笑ったのと同時に、瞳が鮮血の色になった。その様が、ふと脳裏に浮かび、陸王の目に対して上手く言葉に出来ない違和感を感じていたことを思い出した。あれは魔族の目だったからなのかと、今更ながらに納得する。しかも、雷韋が耳に着けている
「何故、貴女が
紫雲が『あれ』と苦々しく言ったのを聞いて、龍魔は急に笑い出した。
「『あれ』呼ばわりとは、お前」
龍魔は笑い続けて、それ以上の言葉を紡げなかった。
憮然として龍魔を見ていると、
「あの子はね、五つになるまで妾が育てたんだよ。謂わば、妾は育ての親だ」
紫雲はそれに愕然とした顔になる。まさか陸王を育てた人物が目の前にいるとは思わなかったからだ。魔族は生まれても親に育てられることはない。紫雲は、陸王も当然そうだと思っていた。けれど違ったようだ。実の親ではないが、育ての親がいたのだから。
龍魔は紫雲から視線を逸らし、続けた。笑いを飲み込んで。
「まぁ、最終的には放逐しちまったんだが。
「何故、突然放逐を? やはり魔族だからですか?」
龍魔はそこで肩から力を抜いて、ソファまで行って腰をかけた。
「お前もおいで。長い話になるからね。本当に人族にとっては長い話だ」
大真面目な顔でそう言ってから、シリアに目配せをした。シリアはそれに頷きを返すと、部屋を出て行ってしまう。
それを見遣って、紫雲は言われるがまま、大人しく正面のソファに腰をかけた。
「さて、陸王の話だけどね。あの子は生まれが異常だ」
龍魔の目が、目の前にいる紫雲を透過して遠くを見据える。
紫雲は黙ったままで、龍魔の話の続きを待った。
「陸王の生まれが異常だというのは、父親に原因がある。陸王が生まれると、いずれ父親殺しを目論むようになると、
言って、少し思案する様子を見せた。
けれど紫雲はせっつくような真似はしなかった。それどころではなかったからだ。紫雲は、陸王の親の関係に驚いていたのだ。相手は魔族なのだ。魔族は人外だ。それが人のような感情を持っていることに衝撃を受けた。
「まず、天から
「まさか!」
一声叫んで、紫雲は完全に言葉を失った。
羅睺は
龍魔は目を瞑って、さもあらんとばかりに頷いた。目を瞑ったまま、頷いて続ける。
龍魔が知っている限りでも、
羅睺は自らも呪いを受けつつも、多くの堕天使達を護った。陸王の母親もその中の一人だ。世界が人代に移り変わるどさくさに紛れて、天上世界から羅睺を慕ってやって来たのだ。
龍魔の話では、今現在、羅睺がどこにいるのか知れないが、羅睺のもとには多くの堕天使がいると言われていると言う。
紫雲は両手を膝の間で組んで、それを見つめていた。そして、ぽつりと問う。
「天慧はどうして羅睺を許さなかったのですか?」
「その頃のことは、妾も深くまで知らない。ただ、天慧が天上世界に執着していたって事はあったと思うよ。アルカレディアとは違う次元に身を置きながら、羅睺は
「ならば、光竜に呪いをかければよかったものを。なのに、どうして羅睺と天使達に」
「光竜はこの世界において絶対神だからさ。人間族と天使族以外は、世界も人族も光竜がほとんど一人で創り上げた。
「知っています。光竜の創り上げたこの世界には昼も夜もなく、天慧と羅睺がやって来たことで、やっと昼と夜が作り出されたと」
「うん。そんなだから、矛先が自分を裏切った羅睺と天使族に向かったんだろう。可愛そうな話だが、それが光竜に対する嫌がらせでもあったんだ。鬼族を喰らう者として堕天使に人喰いの呪いをかけたんだからね。魔族さえいなければ、鬼族に敵はなかった。これが魔族が鬼族を最高の獲物として襲う理由だよ」
「天慧がそんな卑劣な真似を?」
紫雲は尋ねる際に、動揺で声が震えないよう下腹に力を入れた。
「それだけ悔しかったんだろうさ」
「それで、羅睺はどうしたんです?」
問う紫雲にとっては何もかもが初めて尽くしの話で、それも、考えたこともなかったことばかりだった。膝の間で組んだ手にも力が入りすぎて、指先が白くなっている。
そこで龍魔は目を開けて、
「じゃあ、陸王の生まれから話そうか」
そう言って、つらつらと語り始めた。
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