魂の真相 三

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 ふっと意識が浮上した。瞼越しにもそこが明るいと感じられる。目を開ければ、やはり明るい。身体も何か柔らかいものに包まれている感じがした。


 部屋に満ちている光は陽の光のようだったが、頭がぼんやりとしていて何から考えてよいのか分からなかった。


 それでも頭に浮かんだのは、今は昼間なのかどうかと言うことだった。あれからどのくらい時が経ったのだろうとそんな事まで頭に浮かんできた。


 不意に、あれから? と思う。


 紫雲しうんは一瞬にして完全覚醒し、跳ね起きた。


 そこは見知らぬ部屋だった。壁が白くぼんやりと発光し、調度品も見たことがない精緻な細工が施されている。


 壁も床も石造りであるのに、組まれている白い石が内側から光を放っているのだ。そのせいか、窓はどこにもなかった。


 跳ね起きた寝台に使われている敷き布や上掛けも真っ白だ。肌触りもとても滑らかだった。


 身に纏っているのも胴着ではない。だからと言って、夜着よぎでもなさそうだ。その服も白だったが、夜着にしては襟までしっかりとぼたんで留められている。


 紫雲はこれまでのことを思い返した。


 森の中で妖刀を持った男と出会い、そのあと魔族も現れた。そして、陸王りくおうのことを現れた魔族が『魔族殺しの魔族』だと言っていた。そのあと、陸王と争ったのだ。争ったことは覚えているが、途中から断ち切られたように今と記憶が繋がらない。


 確か陸王と再びぶつかり合う直前、胸を刀の波動で斬られていた。しかし、胸に触ってみても痛みがない。着ている服の作りはよく分からなかったが、釦を外して、なんとか胸元まで開いてみた。


 と、胸にあるはずの傷が跡形もなくなくなっている。どおりで痛みがないはずだ。妖刀に突かれたままの傷口もない。


 紫雲は服はそのままに、部屋の中をぐるりと見回してみた。第一の感想は、広いという事だ。それに、白い。だからと言って、色を失っているわけでもない。調度品は木製だが、部屋に満ちている光が白いのだ。そのせいで、どこもかしこも白く見える。だと言うのに、不思議な木の調和があった。


 ここはどこだろうかと寝台を降りようとしたところで、扉が音もなくゆっくりと開いた。


 室内に入ってきたのは一人の女だ。緑がかった銀の髪。それが地面にまで伸びている。だからと言って、決して汚れなどついていない。ただ綺麗な銀髪が素直に伸びているだけだ。入ってきた女も紫雲と同様に、白い服を身に纏っている。


 一体誰かと問おうとして、紫雲は目を見開いた。


 女の瞳は、髪と同じく緑がかった銀色の瞳だったのだ。ただの人族ではないと感じる。


 その女が紫雲に近づきながら、優しく微笑みかけてきた。


「精霊達が貴方が目覚めたと知らせてくれたので、様子を見に来ました。気分はどうですか?」


 それは柔らかな声音だった。慈悲さえ感じさせるような。


「貴女は?」


 女は問われて笑みを深くした。


「わたくしはシリア・マヴ・ロマ。シリアとお呼びください」

「シリアさん、ここはどこですか?」

「どうぞ、シリア、と呼び捨てに」


 そう言われて、紫雲は一瞬言葉を失った。


「あ、いえ、ですが……」


 唐突な申し出に口籠もる紫雲に、シリアは小首を傾げて問いに答えてくれる。


「ここは『光竜殿こうりゅうでん』。この世で最も深く光竜こうりゅうと繋がる場所です」

「光竜と? では、ここは神殿か何かですか?」

「光竜が天地を開闢かいびゃくして、世界の中央に自分の住居としてこの神殿を建てたのです。ですから本来は、ここの主は光竜という事になりますね。今は大地と同化して眠る、わたくしの仕えるお方」


 それを聞き、紫雲は真剣な顔になった。


「光竜が建てた神殿? では、ここは神代かみよの頃から存在するのですか? 冗談では?」

「本当のことです。先ほども言ったとおり、わたくしは光竜にお仕えしていました。それだけではありません。この神殿に、よくお集まりになった四獣しじゅうにもお仕えしていました。わたくしはしもべなのです」

「待ってください。四獣? 四獣とは光竜の伝説に出てくる神々ですよね」


 四獣は守護四天帝しゅごしてんていとも呼ばれ、世界の東西南北を治めていた四柱よはしらの神々の総称だ。この世の開闢神である光竜の様々な伝説は、人間族の中でも知られている。


「はい。ですが、彼らは伝説の中だけに登場する神ではありません。光竜と共に、この世を見守り、人々と共に暮らしていました」


 それを聞いて、紫雲の中に訝しむ気持ちが湧いてきた。


「四獣が本当にいた? そして、貴女は光竜にも四獣にも仕えていたと?」

「はい」

「光竜や四獣を直接知っているという事は、普通の人族ではありませんよね?」


 神々が地上から姿を消したのは何万年も前のことだ。だったらシリアと名乗った女は、その頃から生きているという事になる。


 シリアはそれに対して頷いて返してきた。


「わたくしは精霊です。光竜により、混沌の中から生み出されました。永遠の僕として、永遠のお役目として。わたくしの中には混沌と同じように全てがあり、全てがない。『混沌の精霊』とでも言えばよいのでしょうか」

「精霊?」


 精霊は普通、人間族の目にとまることはない。精霊使いエレメンタラーとして鍛錬された者にしか見えないのだ。ましてや紫雲は天慧てんけいに仕える修行モンク僧だ。生まれながらに精霊使いと言われる獣の眷属ならいざ知らず。


 それを知っているからこそ、紫雲は軽く混乱しかけた。シリアが何を言っているのか理解しきれないのだ。


 その混乱を読み取ったかのようにシリアは余計な言葉を止め、乱れたままになっている紫雲の胸元から襟にかけてを直し始めた。


「あ、いや、これは自分で直しますから、大丈夫です。有り難う」


 いきなりのことに慌てて紫雲はシリアの手から逃れると、着慣れない服の釦を掛け直し始めた。元々、傷の様子を見ようとして自分で乱したものだ。他人にやって貰うようなことではない。


 そんな紫雲を二度三度と瞬きをして見つめていたシリアだったが、やがて口を開いた。


「四獣は光竜と同じく、混沌の中から自然発生的に生まれました。光竜に比べると、随分と力は劣りますが。何故なら、光竜と同じように混沌の中に生まれたものの、魂が最初から二つに割れていたからです。彼らは人族の魂の鋳型と言ってもいいでしょう。陰陽に分かれていた彼らの魂の形を見て、光竜は獣の眷属を作ったのです」

「人族の魂の鋳型?」


 紫雲はシリアのあまりの言いように、思わず鸚鵡返した。直接知っているにせよ、伝説の中の存在にせよ、神を捕まえて鋳型とは不敬ではないかと思ったのだ。けれどその反面、不敬ながらも興味はあった。


「鋳型です。光竜は自分の姿に似せて、様々な人族を作り出しました。ですが、四獣が互いに互いを大切にし、愛し合い、必要とし合う姿を見て、人族の魂も陰陽に分けたのです。ですから、最初に『対』を創ったのは四獣と言ってもいいでしょう。彼らが魂の次元で言うところの、人族のお手本なのです。人族も互いに相手を思いやり、愛するようにと願って。光竜は決して意味のないことはしません。ですから、この世界の人々の魂は全て陰陽に分かれているのです」


 紫雲はそこで考えねばならなかった。シリアがいきなりし始めた話は、紫雲にとって突拍子もないことだったからだ。半ば興味を引く話ではあるものの、いきなりにすぎる。ここが神の神殿で、伝説上の四獣までいたなどと言われれば混乱もする。唐突すぎて、会話が成り立たない。


「待ってください。なんの話でしょうか? いきなり魂の話をされても、何を言われているのか分かりません」

「そうですね。唐突すぎましたね」


 シリアは一度瞬きをしてから紫雲の目をしっかりと見た。


「わたくしからはまだ何も申し上げられないのですが、魂の真相をお話ししようと思いまして」

「魂の真相?」


 言って、訝しげな眼差しを紫雲はシリアに向ける。


「人間族は魂のことをどう思っているのでしょう? お互いに殺し合うことのある彼等は、『対』というものを理解出来ているのでしょうか?」


 そう言われて、紫雲は考え込む風にして返した。


「確かに人間族は同族同士で殺し合いをしますが、誰であっても対は唯一のものだと考えていると思います。私は残念ながらまだ対を見つけていないので、そこに含まれる感情がどのようなものなのか理解出来ませんが。しかし、戦争という『わざわい』が起これば、対がいなくなる人も大勢出ます。対がまだいなくとも、私はそれを悲しいことだと理解しているつもりです」


 シリアはそこで顔から笑みを消した。痛ましいものでも見たかのように、悲しげな表情かおになる。

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