魂の真相 二
「あの男から何か話は聞いたか?」
「ん~、それがさぁ、記憶が曖昧だって言うんだよな」
「記憶が曖昧か。だが、妖刀を手にしたことくらいは覚えているだろう」
それに対しては雷韋も頷き、話しだした。
あの男に記憶ははっきりなかったのだというところから。話を聞けば、どうして妖刀を手にしたかすら覚えていなかったらしい。ただ男の言うには、気が付いたら刀を手にしていて、自分が護衛していたはずの商人とほかに護衛についた傭兵達を殺したあとだったと言うのだ。馬まで首を刎ねてあったと。その間の記憶は全くないらしい。男はその惨状に恐れをなして逃げ出した。その時はたまたま自分達しかいなかったので目撃者もなかったようだが、自分が斬り殺した者達を見られれば、すぐに近くの町に連絡が届くだろう。仕事を請け負った斡旋所で商人の身元が知れれば、その時護衛の仕事に就いていた者達のこともあっという間に分かってしまう。
商人は大抵、己の道を持っている。行き来する場所が似たり寄ったりなのだ。だから出入りする町での斡旋所でも顔が利くし、商館でも顔を覚えられている。その二箇所は町でも商人達にとって、とても重要な施設だからだ。
それから言っても、商人の身元が分かれば、護衛についた者の身元も分かってしまう。
契約を破って護衛についた傭兵達が荷物を奪うようなことがあっても、足がつきやすい。例え商人を殺害してしまったとしても、書類に偽名を使っていようが字が書けない振りを装うが、大抵斡旋所の者がどの商人にどんな風体の者達を宛がったか覚えているからだ。
斡旋所の者にとって、商人はなくてはならない存在だ。商人に対して、最低限の保護や保証をしなければならない。契約書はその為にも存在するのだ。
妖刀を手にしていた男はどこを目指したわけではないが、自分が起こした殺人から逃れるためにその場から逃げ出したと言う。手配されないうちにと。そこでまた記憶がふっつりと途切れて、気が付いたら雷韋がいたというのだ。森の中へ入った記憶もなかったが、男に自覚がなかっただけで森に入ってきたのだろうと語っていた。
雷韋の話を聞いて、陸王は僅かばかり考え込んだ。
「って事は、俺達と
「俺もおんなじ事考えた。だからそれ以上は聞かなかったよ。怯えてたし。俺はあの人にはなんの責任もないと思ったから、逃げろって言っておいた。日付の感覚も分かんなかったみたいだし、だからいつ人を殺してきたのかも分かんなかった。第一、あの人だって被害者だ。殺したくて殺したわけじゃないんだ。全部、魔族が仕組んだことだろ?」
「まぁな」
陸王は何も聞き出せなかったことを残念には思ったが、雷韋から聞いた限りでは、それ以上は聞くだけ無駄だとも思った。だから頷いてから、もう一度話を振った。
「で、もう一人はどうした」
「うぇ? 紫雲か?」
「あぁ」
「……知んね」
それは雷韋には珍しく、放り捨てるような言いようだった。
「あのまま見捨ててきたのか?」
「そんな馬鹿な事するもんか!」
さっきの言いようと比べて、今度は半ば怒ったような調子だった。その変化を妙に思ったが、陸王は続けて問うた。
「だったら、どうなった」
「怪我は治ってる。でも、そのあとは知らね。目を醒まさなかったから、置いてきた。でも、あんなことがあって連れてくるわけにはいかないだろ?」
それを聞いて、陸王は本格的に妙だと思った。言いようが、どこかちぐはぐなのだ。感情を捨てたような言い方をするかと思えば、怒ってみたり、言い訳じみていたりする。感情が入っているときの話し方は、いつもの雷韋だ。なのに、紫雲のことを知らないという時は、完全に感情が抜けていた。
まるで、何かを隠しているように。
陸王は目を
「本当にあいつのことはどうでもいいのか?」
「そんなの! そんな事ないけど、でも、連れてはこれない。俺は、陸王にも紫雲にも争って欲しくないんだ。殺し合いなんて、絶対に駄目だ」
今度の返答には、確たる雷韋の意思があった。
「怪我は治した。でも、目が醒めなかったから仕方ないじゃんか」
雷韋は、本当に苦しげに言う。陸王を見ていなかったが、その表情は苦しくて苦しくて堪らないと言った顔だった。心配はしているが、本当にどうしようもなかったのだと言った
この辺りは森林地帯だが、山ではない。放っておいても、熊に襲われることはないだろうと思った。狼はどうか知らないが。だが、野生動物は普通、人の匂いを嫌う。熊も狼も本来、臆病な生き物だ。知らない匂いは嫌うだろうと考え、雷韋の肩に手を置いた。
「分かった。だが、雷韋。まだ傷口を塞いでいないのか? まだ魔気が抜けんか?」
「いや、そんな事ないけど。魔族も出たことだし、一応と思って。それでも血は止まってるんだ。まだ傷口が乾いてないだけ」
「厄介だな」
「え?」
「嫌な話だろうとは思うが、正体が知れちまったんなら隠しても意味がねぇ。俺達魔族には、お前ら鬼族が魔族の特別な被食者であるからか、血の匂いがほかの人族と違って匂う。甘い独特な匂いがするんだ」
そこで雷韋ははっとした顔をする。核だけにした魔族も、雷韋の血の匂いが甘いと言っていたことを思いだしたのだ。しかも、やけに興奮したように。
「傷、やっぱ塞いじまった方がいいか? あんたも気になるんだろ?」
「外で匂うくらいはなんとも思わん。だが、今回の相手は下等な魔族がほとんどだろう。よくて、あの中位。そういった低い連中は外でもお前の血の匂いに酔う。魔気を防ぐには血を流さなけりゃならんが、それが却って魔族を呼ぶことにもなるだろう。そう言う意味では、お前は酷く厄介だ」
「ごめん」
雷韋が項垂れて謝る。
それを陸王は苦笑で返した。
「何も謝る事ぁねぇ。お前の場合は仕方ねぇってんだ。気に病むことはねぇ」
肩に置いていた手で、頭をぽんぽんと撫で叩いてやる。
「よし、陽があるうちに行くぞ。一応、俺は魔族の逃げた方角へ歩いてきた。この先に魔族の巣か何かがあるのかも知れん。気をつけろ」
「うん」
今度は顔を上げて、しっかりと陸王の瞳を見て頷いた。
そうして二人は歩き出す。
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