激突 五
「あんた、俺を馬鹿にしてるのか!? 世界には流れがある。
「それでもだ。俺とお前が対なのはおかしい。種族として均衡が崩れている。世界に流れとやらがあるなら、俺とお前の生命は短いって事だろう。それならいっそ、ここで別れるのも手だ。寿命を使い切る生き方じゃねぇが、ここで別れて別の道を行った方がお互い、まだまともに生きられるとは思わんか」
「そんなことしたら、近いうちに狂い死ぬ! 俺はそんな死に方は嫌だ。大体、なんだよ! あんたが人じゃないから拒絶しろって言うのか? 否定しろって言うのか? 馬鹿じゃないのか? 人だろうが人じゃなかろうが、俺達は出会った。対として出会ったんだ。俺の一族は皆殺しにあって、鬼族そのものも大陸にはもういないだろうって言われた。そこで俺は自分の運命を受け入れて、対もなく絶望して生きなきゃならなかった。でもさ、俺には陸王がいた。ちゃんと、対の陸王がいたんだ。これまで何度も魂の共鳴は起こってる。これは否定できない事実だろ? もし本当に俺達の寿命が短いんだとしても、俺は消極的な生き方はしたくない。そんな生き方、考えたこともない。同族がいなくなったって聞いても、俺は絶望なんてしなかった。そりゃ、寂しい思いはしたけどさ、でも絶望なんてしなかった。そうしたら、俺の目の前にあんたが現れたんだ。だから、絶対に拒絶なんてしてやんねぇ!」
そこまで一気に捲し立てて、雷韋は乱れた呼吸に喘いだ。本当に、怒った眼差しをらんらんと陸王に向けて。
ここまで言われて、陸王は雷韋に酷く失礼なことを言っているのだと自覚した。雷韋の覚悟は生半可ではない。陸王が常に後ろめたさを感じていたのとは正反対だ。
同時に、出会ってからずっとそうであったように、これから先も共に生きようとしてくれているのだとも感じた。真っ直ぐに前を向いて。後ろめたい思いなど決して抱かずに。
確かに種族としてはどうかと思う対ではあるが、悪いことなど一つもしていない。
わけあって、堕天して転化したばかりの魔族を殺したこともある。
放っておけば今でも人々が普通の暮らしをしていた村に対して、余計な手出しをしたこともある。それで村は壊滅した。村人全てが死に絶えたのだ。それだって、見方によっては悪いことをしたわけではない。自然の流れに逆らったわけではないのだ。寧ろ、自然の流れに戻してやったと言ってもいいくらいだ。
思い返してみても、雷韋と歩んだこの道で悪いことをしたことなど一度もない。
「お前は本当にそれでいいんだな? 対が
それを聞いて、雷韋は陸王の目を見て大きく頷いた。これ以上もないほどしっかりと。
「分かった。なら、そこを
陸王は雷韋の肩を押し
雷韋が振り向くと、陸王と
陸王も紫雲も、得物を手にしている。既に場は、どちらから仕掛けてもおかしくはない緊張感に満ちていた。
そうなっているのを理解して、雷韋はやにわに慌てた。今までずっと陸王に思いの丈をぶつけているままだったから、紫雲の存在を半分忘れてしまっていたのだ。
紫雲は
陸王も今の雷韋との会話で
陸王がゆっくりと吉宗の刃を構える。
同じく、紫雲も構えを取った。
本当の一触即発。今、森の中を風が通って木々の葉擦れでも起きれば、二人は動く。動いてしまう。
雷韋は、それはならないと思った。
だから二人の間に割り込む。
「駄目だ! 仲間なのに戦うなんて、駄目だ!」
それを聞いて、紫雲の口端が僅かに上がった。笑ったのだろうが、険悪な雰囲気が増しただけだった。
慌てて陸王を振り返ってみても、陸王の視線は紫雲に釘付けになっていた。雷韋などその視界のどこにもない。
「紫雲、あんた、俺を殺す気か? 陸王がいなくなったら、俺も死ぬ! 対なんだ。やめてくれ」
「
「やめろよ! ほんとにやめてくれ! 仲間じゃんか。だからここまで一緒にやってきたんだろ? それに、あの人! 魔剣に操られてた人も助けなきゃ。魔剣を持ってたから、今でも精気を吸い取られてるはずだ。あの人を助けて、一度村に戻って、そんで……」
「魔族を滅ぼす方が先です。彼ならまだ大丈夫ですよ」
今度は酷薄な笑みをはっきりと浮かべた。まるで別人の態度だ。
陸王は紫雲の変わりように、吐息を零して笑う。
「それがお前の正体というわけだな。どんな本性か気になっていたが、人間もなかなかの化け物ぶりだな。魔族のことを悪し様に言えんぞ」
「人に仇なす者どもを殺すために私がいる。化け物を狩るのだから、自分も多少は化け物に近くなければ」
「所詮は天慧と羅睺に創られた生き物だ。根底には凶悪な本性を眠らせているわけか」
「人外が。人族に偉そうな口を利くじゃないか」
「人外に言わせてみりゃ、人間族なんざ人族の中で一番ひ弱だな。寿命も短く、魔術にも向かない。そのくせ最悪なのが、戦を起こすところだ。人族の中で、人間族だけが同族殺しをする」
陸王が笑い交じりに言ったとき、紫雲が叫んだ。
「黙れ! 化け物の分際で、知った風な口を!」
全てを言い終わる前に、紫雲から仕掛けた。同時に陸王も動く。
間に立っていた雷韋は、二人の余りもの気迫に押されて、慌ててその場から逃げ出した。
「ちょ、二人とも!」
言ったときにはもう遅い。陸王と紫雲はぶつかり合っていた。
陸王が上段から下へ斬り掛かり、それに対して紫雲が下から鉤爪で攻撃を受ける。次に二人が取った行動は全く同じものだった。互いに相手の胸に片手をついたかと思えば、そのまま両側へ弾き飛ばされ、
陸王も紫雲も気功法を使ったのだ。
気功法は、通常は回復のために使われる。それも病の時にだ。己や病人の気を身体に巡らせることで回復を促す。
だが、もう一つの使い方があるのだ。
体内で気を練って、波動として敵に叩き付ける。今、陸王と紫雲が弾かれたように見えたのは、互いに気を練って相手に波動をぶつけた衝撃故だ。
波動は武器を持つ腕に使えば、腕が痺れて武器を上手く使うことが出来なくなる。身体に叩き込めば、身体が痺れて上手く動くことが出来なくなるのだ。
つまり、陸王と紫雲は互いに身体へ波動を叩き付け合って、互いが吹っ飛んだと言うことだ。
だが、陸王はすぐに斬り掛かっていった。
反して紫雲は、まだ足下が覚束ない。
陸王が与えた波動の方が威力が高かったのだろう。
それでも紫雲は、陸王が胴を横薙ぎにしてくる体制を見て、鉤爪で阻止する。
吉宗の刃と鉤爪がぶつかり合って、相互に腕が弾かれた。そこを紫雲は逃さなかった。左手で吉宗の柄を握る陸王の腕を掴んで、波動を叩き付けたのだ。
これで二人は対等になった。
柄をしっかりと握る右腕を陸王は僅かながら使い物にならなくされ、紫雲は身体に食らった波動の余韻が消えるのを待つことが出来る。
ほんの数秒程度のことだったが、時間をおいて二人はすぐに体勢を立て直すと、再びぶつかる。
今度は紫雲が陸王の上段から頭を狙った。それを陸王が吉宗で防ぐ。陸王は右手で柄を握り、左手を吉宗の峰に添えて堪えた。が、そこでまた紫雲の波動が陸王を襲う。
波動は武器に乗せることも出来るのだ。特に近距離戦を得意とする紫雲の得物は鉤爪だ。体内で練られた気が、すぐに腕から鉤爪を伝って吉宗に浸潤する。
吉宗を両手で扱っていた陸王は、波動の衝撃をもろに食らった。吉宗の本体から直接伝って、腕にまで衝撃が走り抜ける。それでも陸王は吉宗を手放さない。瞬時に下腹に力を入れて、鉤爪を押し返す。紫雲はそこを狙った。
みぞおちに蹴りを放ったのだ。それさえも陸王はもろに食らう。身体が瞬間的にくの字に固まる。吉宗の刃は足下にまで落ちた。
紫雲は口端を引き上げつつ、頭を抉り取ろうと即座に鉤爪を振るった。
しかし、そこで陸王は後ろに飛び退く。眼前を鉤爪が通り抜けた。それだけではない。紫雲が振り抜いた状態の時点で、陸王は刺突した。狙うは顔面だ。丁度、右目を貫くように吉宗を突き出す。そこで紫雲の身体は沈んだ。
深く沈んで踏み込んできたのだ。
気が付いたときには、陸王の左脇腹に鉤爪が刃を上にして刺さっている状態になっていた。紫雲はにやりと笑んで、そのまま鉤爪を半回転させて引き抜く。半回転によって細切れになった肉片が陸王の足下に散った。血が僅かばかり噴き出し、そのあとは真っ赤な流れが出来上がって、陸王の腹だけではなく腿の方にまで大きな染みを作っていった。
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