激突 四
魔族の言葉を黙って聞いていた紫雲が、詰問する。
「何故、
「あぁ、日ノ本には渡ったさ。と言っても、ほとんどが核もない下級の魔族だったけどなぁ。陸王を狙った中位の魔族は俺達を含めて僅かだった。月明かりの暗がりの中、侍達が右往左往してたっけな。あの晩は、月が満ちていた。なのに、やけに暗く感じた。でも、人間に紛れていた陸王がどこにいるのかは、俺達魔族には丸分かりだった。顔は知らずとも、気配で感じられたからな」
「気配?」
紫雲が胡乱な表情で鸚鵡返す。
それなのに陸王は、魔族の言葉に苦い顔をしているばかりだ。
それに気を良くしたのか、魔族は続ける。妖刀を翳して。
「それにこの刀は、陸王に
魔族はどこまでもおかしそうな様子を見せるも、陸王はまだ何も言おうとはしなかった。ただ苦しげにしているだけだ。更に気を良くした魔族は声を出して嗤う。
「この刀の鍔に施されている模様、
「黙れ!」
そこでやっと陸王は声を出したが、腹の底に響くような怒鳴り声だった。そして地を蹴る。
陸王は素早く二匹の魔族のところへ駆けて、樹上の男に斬りかかった。女は別の木へ飛び移ったが、男は陸王を迎え撃つ。激しく刃と刃がぶつかるも、火花は散らなかった。
もとより吉宗の刃は
妖刀も特殊な刀故に毀れないのだろう。
陸王と男は樹上から地へと戦う場所を移して、何度も刃を交えた。妖刀が妖刀故か、陸王の剣戟を全て受け流し、不意を突いて陸王を刺突しようと迫る。その様は、地へ縫い付けられている男と戦ったときより、ずっと陸王を苦しめているようだった。
いや、苦しめているなんてものではない。陸王が完全に押されている。まるで陸王の太刀筋を全て知っているかのような動きだ。見ているだけで分かる。陸王の苦手な方へと刃を走らせているのだ。そのたび、陸王は全体を把握するために後退しなければならない。だが、その隙を突いて魔族は攻撃を仕掛けてくる。
しかし、ある瞬間から急に陸王が攻め込み始めた。それはちょっとした切っ掛けだった。魔族の操る刃が、いきなり動きを鈍らせたのだ。それまで攻勢だった勢いが消えるように鈍る。そこからは陸王の独壇場になった。打ち込み、突き、裂いた。
それも魔族の身体に刃を届かせて。
斬られるたび、突かれるたび、肉が裂けて体液を迸らせる。が、服が僅かに斬られて裂けるだけで、そこからも真っ赤な液体が溢れてきた。何故なら、人の姿をしていると言っても、それは擬態でしかないからだ。服を含めての擬態。魔族が身に纏っている服も生身なのだ。だから斬られ、裂かれれば、そこから瞳の色と同じ紅い血が溢れ出る。
魔族も分が悪いと悟ったのか、樹上に飛んだ。それを陸王が樹上まで追いかける。
そうして陸王が一閃したとき、妖刀を握っていた両腕がばっさりと落とされた。
男は顔面蒼白になり、叫ぶ。
「やっぱりお前は魔族に仇なす者だな!? 魔族殺しの魔族だ!!」
陸王はそれを聞いた瞬間、樹上で身動きできなくなった。声すら出てこない。
「だからだ! だから、あのお方がお前を殺すよう命じたんだ! 魔族殺しの魔族を殺せと!!」
陸王の頭は真っ白になった。こんなに大声で魔族と罵られれば、
陸王が固い唾を飲み込むのと同時に、魔族は木の枝伝いに逃げ出した。
陸王は既にあとを追おうともしなかった。いや、出来なかった。何も出来ずに樹上で佇んでいると、下方に何かが飛んできた。
はっとして顔を向けると、妖刀を掴んだままの腕ごと妖刀が再び奪われた瞬間だった。
まだ女の方がいたのだ。女は女で、男と陸王の戦いを一部始終眺めていたのだろう。長く伸びた腕を素早く縮めて、そのまま腕ごと妖刀を攫っていった。逃げ足は酷く速い。
男の方が言っていたが、確かに二匹は中位の魔族だ。あれだけはっきりと人の姿を保っていられるのだから。逃げられたのは腹立たしかったが、それ以上に魔族殺しの魔族と罵られたことが酷く衝撃的だった。
陸王だって、魔族になど望んで生まれてきたわけではない。生まれてみれば、出自が魔族だっただけだ。それでも、これまで陸王は人として生きてきた。今更、魔族の性に忠実に生きることなど無理な話だった。
それを胸中で苦々しく思っていると、雷韋の呼ぶ声が聞こえた。目を向けると、雷韋が心配そうな目で樹上の陸王を見上げている。それとは逆に、紫雲は険しい顔をしていたが。
「陸王、大丈夫か? 怪我は?」
その声音には、いつもと変わらず心配する色だけが乗っていた。
陸王は密かに嘆息をついて、樹上から降り立つ。
「魔剣、持って行かれちまったな」
雷韋はしょんぼりとした風に言った。
「言うことはそれだけか」
問うが、雷韋は何も言わない。言わずに、ただ陸王の方へと歩き始める。
だが、それを止めたのは紫雲だった。雷韋の腕をしっかりと掴んでいる。
「雷韋君、駄目です。きちんと確かめなければ。彼は……」
「放せよ、紫雲! 俺には陸王がなんだって関係ない。俺の対なんだ」
「雷韋君!?」
紫雲は雷韋の顔を驚きを以て見つめた。
その紫雲を睨み付けて、雷韋は腕を強く振り払った。雷韋は陸王の前まで行くと、くるりと紫雲へ向かって振り返る。
「紫雲、俺は今まで二回、陸王の目が紅くなってるのを見てる」
その言葉に紫雲は当然驚いたが、陸王も驚いていた。雷韋の脳天から少年を見下ろす。
「一回目は大分前。その時は残照のせいだと思ってた。でも、そんときは綺麗だなって思った。凄く綺麗に見えたんだ。魔族の証で、俺は恐れなきゃならなかったのに、そんなの全然なかった。逆に、もう一度だけでいいから見たいって思ってた。そんで、二度目はあの町の宿屋で。魔族を核にしたろ? 陸王はその時、紅い目で核を見てた。俺が声をかけたら、いつもと同じ黒い色になったけど。あれは無意識にそうなったんだと思う。流石に驚いたけど、なんとなく腑に落ちた。なんて言ったらいいか分かんねぇけど、『あぁ、だから陸王は強いんだな』って、そんな感じ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「正体を知って、それでも尚、傍にいようと?」
紫雲は蔑みを含んだ眼差しで雷韋を見据えた。雷韋にはその眼差しが、獣の眷属を見下す教会の僧侶のものと同種に感じられた。
「陸王がなんであれ、俺には大切な対だ。俺は陸王を拒絶しない、絶対に」
陸王はそんな雷韋に、何を言ってやればいいか分からなかった。これまで陸王は、自分が魔族であることを雷韋が知れば嫌われ、逃げられると思っていた。なのに、雷韋は全く正反対のことを主張した。拒絶しないという言葉は何よりも有り難く、そして同時に申し訳なくも思った。何があって魔族と鬼族の対が出来てしまったのか、それは全く分からない。捕食者と被食者の対など、どんな些細な切っ掛けでその均衡が崩れてしまうか分からないと言うのに。惹かれ合うからこそ、余計危ないのだ。
だから陸王は、雷韋の肩に手を置いて言うしかなかった。
「雷韋、俺を拒絶しろ」
「なんでだよ!」
それまで紫雲に向けていた身体ごと、陸王に振り向いた。
「俺、言ったよな? ちゃんと言ったよな? あんたがあんたである限り、俺はあんたの傍から離れないって。もしあんたがあんたでなくなったら、その時は俺があんたをあんたに戻すんだって」
それを聞いて、陸王は緩く首を振った。
「どんなに人と同じように生きられると言っても、俺は人外で、
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