激突 二
「
くそっと毒づいて、
辺りから蔦が生えて、男を拘束しようと襲いかかる。それに合わせたように、陸王が鍔迫り合いを続けながら男の片足を払った。男は必要以上に力んでいたのか、足を払われたことで簡単に体勢を崩す。そこに蔦が四方八方から襲いかかった。襲いかかった蔦は、生き物のように手足に絡みついて男を地面に引き倒した。
かのように見えた。
だが、男は倒れない。強く己の手足に絡みつく蔦を引き千切って、すぐに自由を取り戻したのだ。
だからと言って、雷韋の
それを目にした瞬間、陸王が「やめろ!」と叫んだ。蔦を妖刀で薙ごうとする男にか、はたまたさっきよりも多くの蔦を男の手足に這わせようとしている雷韋に向けてかは分からない。
と、雷韋から突然、苦痛に彩られた叫び声が上がった。
それは男が蔦を薙ぎ払った瞬間のことだった。
「雷韋!」
「雷韋君!」
「雷韋、精霊を手放せ!」
陸王が断ち切られた蔦を見て、叫んだ。
何故なら、妖刀に斬られた蔦は切り口から腐り始めていたからだ。それに、よくよく藪の方を見てみれば、草木が叩き斬られたその切り口も腐っている。
精霊と意識を通わせていた雷韋は、植物の精霊が苦しむその感覚も共有しているはずだ。だから陸王は精霊を手放せと言った。
感応力が高いと精霊を自在に操ることが出来るが、精霊が酷く傷つくような状況になれば、その苦痛まで共有してしまう。
陸王が言った途端、男に絡みついていた蔦から意思が抜けていく。蔦はそれ以降、斬ろうが引き千切ろうが、力なく絡まっているだけになった。雷韋がそれまで使役していた植物の精霊への干渉をやめたからだ。
蔦が腐ったのは妖刀の力だろう。おそらくは、それも呪いの一端。雷韋まで呪われてはいないはずだが、精霊達の受けた苦痛が感覚を通して伝わってしまったのだ。
「雷韋、大丈夫か」
陸王は男から目を離さずに言った。
「身体中いってぇけど、平気だ。感覚が伝わってきただけだから」
雷韋は紫雲に
「でも、今のままじゃ植物の精霊は使えない。腕だけでも押さえつけてて欲しい。そうしたら、地面に縛り付けるから。立ったままじゃ何度やっても蔦は引き千切られるし、魔剣で断ち切られる」
苦しげな途切れ途切れの声で、そう言う。その雷韋に紫雲が声をかけた。
「雷韋君、一人でここにいられますか?」
「え?」
驚いたように雷韋は紫雲を見た。
「微力ながら、応援に行こうかと」
「俺は平気だけど、でも陸王は」
言って、雷韋は再び剣戟を交えている二人に目を遣った。陸王と男は激しく攻防を繰り広げているが、雷韋の目から見ても陸王の方が押されがちだ。今更だが、ここで紫雲を行かせていいものかどうかを雷韋は考えなければならなかった。何故なら、陸王は様子を見ているかも知れないからだ。押され気味に見えるあの動きから、妖刀の動き、突きや払い、薙ぎがどんな癖を持っているのかを。陸王の動きを見てそう感じた。
「紫雲、あんたを信じないわけじゃないけどさ、陸王はもしかしたら様子を見てるのかも知んない」
「しかし、今だって押されているように見えますよ」
実際、形勢は完全に妖刀を持った男に利がありそうだった。全体に妖刀の動きは大振りだが、その合間に仕掛けてくる突きは鋭い。陸王はそれを危なげなく躱しているが、逆に攻める手はほとんどない。
どうしたことか、陸王の表情がいつの間にか変わっていたのだ。驚愕に見開かれた
その様子に気づき、雷韋は声を上げた。
「陸王、どうしたんだよ。そいつを転がしてくれってばさぁ!」
「やはり行きます」
紫雲は言うと同時に突っ込んでいった。
男が刃を薙ぎ、陸王がそれを避けるように引き下がったところへ紫雲が割って入った。そして、薙ぎ払った直後の妖刀を鉤爪で絡め取るように刃を捩じり上げて、紫雲は刃を絡めたまま鉤爪を持ち上げる。こうされると妖刀の柄を支える手首や腕が
だが、男は動きを見せた。捻れた腕もそのままに、刃を身体ごと引いたのだ。つまり、後退したという事だ。身体ごと離れれば、捻れた腕に無理がかかることもない。
この場合の対処法として、男の行動は正解だ。
けれど、それを紫雲が黙って見ていることはなかった。刃が鉤爪の間から抜かれていく最後、紫雲は鉤爪を真下に向けて捻り上げ、地面へ向けて叩き付けた。
そこで男の体勢が狂う。前のめりになった顔面、その顎に、紫雲は膝蹴りを見舞った。
顎は人体の急所の一つだ。どんなに立派な体躯をしている男でも、顎を打ち抜かれたらそのあとは倒れるのみだ。
だと言うのに、男はひょろひょろな身体で
否。目は開いて紫雲に目を留めているようだったが、焦点がどこかずれている。なのに男は二、三歩下がったかと思うと、そのまま襲いかかってきた。刃を上段へ振りかぶり、真っ直ぐ振り下ろしてくる。その動きに、紫雲はすぐさま鉤爪を頭上へと翳した。が、真上から下りてくるだろう刃が突然軌道を変えた。ふっと頭上に見えていた刃が消え、気が付けば紫雲の首を左から狙っていたのだ。それを鉤爪で以て、すんでで躱す。妖刀と鉤爪がぶつかって激しく火花が散った。頬や髪に小さな火花が散って、髪の毛が燃えるとき特有の臭いが立つ。まつげも僅かに焦げたようだ。顔の左半分に火花が散って刺激を感じたが、咄嗟に瞼を閉じたお陰で辛うじて目玉には入らずにすんだ。
妖刀には信じられないほどの力が加わっていた。ひょろひょろとした外見とは違い、男は妖刀を押してくる。このまま妖刀が押されていけば、いずれ力負けして首をそのまま持って行かれると思った。だからその前に男の腹を蹴りつける。丁度、みぞおちを。そこを強く蹴られれば、横隔膜が麻痺して呼吸そのものが阻害される。そうなれば、妖刀を振り回すどころではなくなるはずだ。
男は腹を蹴られてよろよろと後退した。妖刀を持つ手もだらりと下げている。だが、噎せる様子はない。みぞおちを蹴られた痛みと呼吸を阻害された苦しさで、普通は噎せたり意識を失うなど、何か反応があるはずなのだ。なのに男は、よろけて後退しただけでほかにはこれといった反応がない。
それどころか、虚ろな視線を紫雲の方へと投げかけてきた。その虚ろな眼差しは徐々に殺気を滲ませ始める。
紫雲はそれを目に留めた瞬間、動いていた。
素早く男に接近して、両肩を掴む。そしてもう一度みぞおちに膝を叩き込んだ。
男はその時だけは身体をくの字に折って苦しそうな声を上げるが、すぐに妖刀を振り上げてくる。紫雲はそれを許すまいと、妖刀を持っている男の右腕を捕らえて捻りながら背後へと回った。首にも左腕を巻き付けて、しっかりと捕らえる。なのに男は物凄い力で抵抗してきた。捕らえられている右腕は手首から押さえつけているのに、妖刀で紫雲を傷つけようと手首を動かす。首を固めている紫雲の左腕を引き剥がそうと、男の左手が万力のような力で掴み掛かった。
その力の強さに、思わず紫雲は呻きを上げる。
そこで陸王から声が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます