三人三様の当事者 五

 ミサの最中に妖刀を持った人物が紛れ込めば、その場に集まっていた者達はただではすまないだろう。それで多くの者が死んでいったのだ。そこで妖刀の行方を追い、破壊せよとの命が下された。それは容易に考えつくことだった。妖刀もイアークから西へ向かっているという事は既に聞かされている。今この瞬間にも、妖刀は陸王りくおうの持っている核を目指して移動しているのだ。


 浅はかな魔族が意識を飛ばしてくれたお陰で、黙っていても妖刀や妖刀を操る魔族が近づいてくる。


 妖刀の狙いは陸王だ。陸王を殺すために創られたという。何故そんな事になっているのか知れないが、陸王は知らないうちに当事者になっていた。


 当然、陸王に何かあれば、雷韋らいの生命にもかかわってくる。だから、雷韋も当事者だ。修行モンク僧として命を下された紫雲しうんが当事者であるのは、尚更、当然のことだった。妖刀を滅することそこが紫雲の役割なのだから。


 それらを頭の中で再確認して、陸王が言う。


「こっちも向こうも互いに動いている。いい加減、出会でくわしてもいい頃だと思うんだがな」

「人が持ってるとしたら、やっぱりそれって人間族だよな。持ってても精気が奪われるんだから、今頃どうなってるかな? なるべくなら助けてやりたいんだけど。精霊魔法エレメントアでならきっとなんとかなる」


 雷韋が陸王に続けて言った。


「ですが、その前に妖刀を手放させなくては。まずは人と妖刀の間に結ばれている呪いの解呪からですね」


 紫雲の言うのに、雷韋は頷いた。頷いて、紫雲に問う。


「解呪は俺とあんた、どっちがする? 俺は大地の精霊魔法で、あんたは神聖魔法リタナリアだろ?」

「そうですが、その時の状況によりけりです。妖刀を持ったままで、相手が大人しくしてくれるはずもありませんし」

「うん。だなぁ……」


 雷韋が干し肉を咥えながら天を仰ぐ。


 その時にはもう、空に夕焼けは見えなくなっていた。天空は深い紺色に染まり、星が散りばめられている。


「そうだなぁ。俺も暴れてる奴を解呪するなんてやったことない。動いてたらきっと駄目だろうな。紫雲も無理だよな?」

「えぇ。動き回られていると、標的を定められませんから」

「んじゃあ、動きを封じるか。精霊魔法でならやりようがあるし。そのあとに神聖魔法がいいかな?」

「動きを封じてくれるのならばいくらでも。なので、今はまずそういうことにしておきましょう」

「いや、必ずそうしてくれ」

「どういうことです?」


 紫雲が不可思議そうに雷韋に問う。雷韋は困惑したような紫雲の眼差しから逃げるように視線を外した。


「二つの精霊力を同時に使うこと、まだ出来ないんだ。きっと相手を拘束するときは、植物の精霊魔法を使うことになる。そんで、解呪するときは大地の精霊に頼らなきゃならない。だけど、今の俺には違う種類の精霊力を同時に使うことは出来ないんだ。もう一つが火の精霊ならよかったんだけどな。俺の守護精霊だから、どんなことでも出来る。根源魔法マナティアと精霊魔法とかの二種類の魔術なら同時に使えるんだけどさ」


 紫雲は、雷韋が言った言葉に二、三度頷いてみせた。


「ごめんな。俺にもう少し力があれば、俺一人でもなんとか出来たんだけど」

「いいえ。そんな事はいいんです。君が動きを封じてくれるのなら、その隙に私が神聖魔法を使えばいいんですから」


 そう言って、紫雲は雷韋に小さく笑って見せた。雷韋も微苦笑を浮かべる。


 その雷韋の顔色は、昨日と比べると随分よくなっていると陸王は思った。血の気が失せて真っ白だった肌に、健康的な血色が戻っている。宿に置いてきたのは正解だったかと思った。あのとき無理に起こして連れ出していたら、こんなに元気な姿にはなっていなかっただろうと。だが、雷韋を回復させるには紫雲の協力が必要だった。陸王と雷韋の二人だけであったら、おそらく雷韋を無理矢理連れてきただろうからだ。いくら雷韋があとを追ってこられるとしても、とても一人にしてはおけない。だから腹立たしいが、紫雲の協力に感謝しなくてはならなかった。


 本当に、どこまでも腹立たしいが。


 そんな気持ちを抑えて、陸王は雷韋に声をかけた。


「雷韋、調子が良さそうだな」

「うん? うん、いいよ。すっげぇ寝たからな。でも、朝も昼も食わなかったから腹減ってるけど」


 苦笑いで答える。


「宿で食ってこなかったお前が悪い。その分は干し肉で我慢するんだな」

「分かってる。でも、まだ先も長いのかも知んないから、あんまし食えねぇけどな」


 半ば気軽に、半ば真剣に雷韋は言う。


「もう少し休んだら、この先へ行くぞ。いい加減、出会でくわしてもおかしかねぇんだ。だから俺は昼のうちに休んでおいた」

「なんだ。いつもみたいに夜は移動しないと思ってたのに、するんだ」

「寝る時間はちゃんとやる。その代わり、その前に少し捜索だ。昨日のこともあるしな」


 陸王の言に、雷韋は頷いた。


 それぞれに食事を摂ってから移動することになったが、目的地のようなものはない。妖刀を探して、森の中を東に移動するだけだ。今夜は月と星が出ているので、木々の切れ目にそれを確認しながら進む。陸王には月の出方で、方角や時間が分かるからだ。


 打って変わって、雷韋と紫雲には時間は兎も角、方角は分からない。それでも二人は黙ってあとをついてきた。


 だが結局、今夜も妖刀とも魔族とも出会でくわすことはなかった。


 陸王は月が中天をすぎた頃になって、足を止めた。時間にして、夜半課やはんか(午前零時)に近い。闇が深くなればなるほど魔族も動くかと思ったが、魔族そのものさえ今夜は現れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る