新たな道行き 七
妖刀が魔族によって呪われた器物だとしたら、
因みに、地から湧き出す水にも浄化の能力はあるが、それは大地の力と比べれば僅かな力だ。かなり弱いと言わざるを得ない。だからこの場合は、雷韋ならば大地の精霊に頼ることになるだろう。
それを紫雲に道々歩きながら話すと、紫雲は驚いていた。
「
もとは僧侶であり、今は
「ま、そんなわけだからさ、俺もなんとか役に立てるように頑張るよ」
「有り難うございます、雷韋君」
紫雲は雷韋に柔らかい笑みを向けた。
しかし、そこで雷韋は半分考え込むように言った。
「でもさ、なんで
「覚えはねぇな。それどころか、俺を狙ってくると聞いて、驚いているくらいだ」
「陸王さん、本当に魔族と関わりはないんですか?」
紫雲に問われて、陸王は肩越しに振り返る。
「接点なんざ、どこにもねぇな。どうして狙われるのか、そんなもん俺の方が知りてぇ」
「それでは、魔族と接触しなければなりませんね」
「こっちには核がある。こいつを破壊しない限り、魔族も妖刀も寄ってくるだろう。その時になったらどうして俺が狙われるのか聞き出すさ。今ここでごちゃごちゃ考えていても何も分からんままだ。時間の無駄だな」
言って、紫雲から前方に顔を戻す。
紫雲はそんな陸王に溜息をついたが、それ以上話しかけることはしなかった。
その二人の間で雷韋は小難しい顔をして考え込んでいたが、やがて陸王と紫雲を交互に見遣った。
「なぁ、陸王さぁ、紫雲のこと嫌いなのか? 修行僧だから? 坊主だから?」
その言葉に、陸王は息を吐き出しただけで何も答えなかった。だから今度は逆に紫雲に声をかけた。
「紫雲もさぁ、陸王のこと嫌いなのか? 陸王は
「別に私は嫌ってはいませんよ。雷韋君が言ったように、陸王さんの人となりもまともに知りませんからね」
「じゃあ、なんで険悪になるのさ」
「陸王さんが高圧的なので、つい、という感じですかね」
紫雲は小さく笑ったが、その目元は全く笑っていなかった。それに対して、雷韋は恐怖を覚えた。冗談抜きで、この二人は相性が悪いのだと悟る。
確かに陸王は紫雲の言うとおり、高圧的な部分がある。けれどそれで雷韋が嫌な思いをしたことはあまりない。『陸王はこういう人だ』という風に認識していて、気にしていないせいかも知れないが。だが陸王のその高圧的な部分が、紫雲には気に食わないと思わせるのかも知れない。
そもそも雷韋が陸王と初めて出会ったときは、陸王は雷韋に対しても突っ慳貪だった。それが何度か再開を繰り返しているうちに、自然とあるべき場所に立ち位置が出来たように思う。
もしかしたら今回もそうなのかも知れない。接点が少なすぎて、立ち位置がまだ定まっていないだけなのかも知れない。
雷韋はそう思うが、実際には全く違う。
陸王は妖刀を破壊したら、紫雲とはさっさと別れるつもりでいた。立ち位置など論外だ。紫雲の役割自体も妖刀の破壊だ。それさえこなしてしまえば、あとは元通り、赤の他人に戻る。それだけの関係だ。それに、下手に陸王の正体が知れても拙い。陸王にとって紫雲は、雷韋とは別次元で気をつけなければならない相手だった。
兎に角今は、妖刀と一刻でも早く対峙して、破壊すること。魔族に狙われる理由を知るのは二の次で、妖刀破壊を最優先にしなければならない。そうでないと、いつまで経っても紫雲と一緒にいなければならなくなる。それは勘弁して欲しかった。
それに、雷韋に知られるのも上手くない。対であるが故に、紫雲よりある意味厄介だ。
だから、今は兎に角、先に進む。
この天のもとで蠢く悪意の塊を始末するために。
陸王は胸元から魔族の核を取り出して、少しの間眺めた。
これが全ての鍵だ。
そう考えて目を伏せると、核を懐にしまった。そして前方を見る。
街道は一本のように見えて、幾筋かに分かれている。今は町を発った者達で街道も混雑しているが、やがてそれぞれ目的の場所目指して分岐路から別れていくだろう。その中には陸王達もいる。このまま東に行っても、護衛で訪れた町に着くだけだ。妖刀に遭いたければ、もっと人目のない場所を選ぶべきだった。そうしないと、余計な人間達が巻き込まれる。怪我を負うだけで呪われて精気を奪われるのだから、下手に怪我人を出すわけにもいかなかった。
陸王は、昨日の未明まで降り続けた雨のせいでぬかるんだ道に、黒い視線を落とした。昨日一日晴れていたからぬかるみもそれほど酷くはないが、所々にまだ水溜まりがある。それを眺めてから、今度は空を見上げた。雲一つない晴天だ。木々の緑に邪魔されなければ、どこまでも続く空が眺められただろう。
陸王は魔族故に精霊の声を『聴く』力を持っていないが、今日はどうしてか精霊の機嫌がいいように思えた。雷韋に聞かなければはっきりしたことは言えないが、なんとなくそう思った。雨降りのせいで陸王自身は酷い目に遭ったが、あの二日間の雨はこの辺一帯の慈雨となったに違いないのだ。
だから、陸王でさえ精霊の機嫌がいいのではないかと思わされる。
その時、隣を歩く雷韋から音程の崩れた鼻歌が聞こえてきた。
それを聴き、陸王の考えていたことはあながち間違いではなかったと知る。雷韋の鼻歌は小さくはあったが、上機嫌だったからだ。『聴く』力を持っている雷韋は、精霊の上機嫌に引き摺られているのだろう。
ふと背後を肩口で振り返ってみると、紫雲が雷韋に目を留めたまま珍妙な顔をしていた。それを見て、陸王はおかしくなる。事情が分からなければ、雷韋の鼻歌は音程のずれまくった歌だ。どう考えても、精霊の声を鼻歌にして歌っているとは思わないのが普通だろう。陸王でさえ初めて聞いたときには、
町から街道に出て、まだ最初の分かれ道にも差し掛かっていない。だから、ほぼ団子状態で街道を進んでいる。その中でも雷韋の近くにいる者達が、徐々に雷韋の鼻歌に気づき始めた。彼らは笑いを押し殺していたが、それでも抑えきれずに時々吹き出す。
周りでそんな態度を取られても、雷韋は鼻歌をやめなかった。一定の音量で、滅茶苦茶な音階を上機嫌で奏でる。
陸王は周りの嘲笑を放って、こんな事もあってもいいと思った。ただ道行きが同じで一緒に歩いているだけの者にいちいち説明する気はないし、しなくてもいいと思った。どうせ、二度と顔を合わせることはないのだ。旅の恥は掻き捨てとも言う。
そして、妖刀や魔族のことで胸の内を悩ませるのは、おそらくまだ先のことだ。だったら、今は雷韋の好きなようにさせようと思った。
せめてこの道行きくらいは気分よく歩きたい。
そのうち、鼻歌を歌うことさえ不可能になるのだろうから。
だから、今だけ。
ほんの少しの間の慰めに、雷韋の調子っぱずれの鼻歌を聴いていたかった。
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