新たな道行き 四

 店の奥で少しの間、遣り取りがあってから女主人が戻ってきた。


「こちらになります。着替えていかれますか?」


 二着の服を差し出して問うてくるので、陸王りくおうはこのまま着替えが出来れば重畳ちょうじょうと頷いた。


雷韋らい、先に着てみろ」


 と促すと、雷韋は浮き浮きした顔で赤い布地の見える自分の服を手に取った。


「それではこちらへ」


 女主人に着替えの場を与えられて、仕切りの布地を閉められる。少しの間着替えている衣擦れの音が聞こえていたが、やがて雷韋が飛び出してきた。


「どうよ!」


 力強い声で問うてきた雷韋の服は、赤地に何色もの原色の糸で鳥や花の織り柄のある派手な服に仕上がっていた。


 それを見て、陸王は言葉を失う。


 似合う似合わない以前に、まず、その派手さに驚いたのだ。目立つなと言う方が無理のある色だし、柄だった。


 陸王が無言で驚いていると、女主人が先に褒め称える。


「お客さんのお顔立ちにはその柄が映えますね。とてもお似合いですよ」

「だろ? 布地見た瞬間ぴんときたんだ」

「えぇ、えぇ」


 二人は満足げに笑っていた。


 陸王は雷韋が装飾品が好きだったことは聞かされていたが、こんな派手な模様の布地まで好きだとは知らなかった。こんな派手で目立つ服を着て、更にその上、耳飾りや首飾りをしていれば、それこそ「攫ってください」と言って歩いているようなものだと思う。別の意味で陸王は目眩がした。


「ほら、陸王も新しい服着てみろよ」


 促されて、雷韋に目を遣らないようにしてもう一着を手に、仕切り布の向こうで着替えた。


 陸王の選んだ布地は少々厚くて地味な黒っぽいものだった。以前のものと、形もそう変わらない。全体的に生地も形も地味なものだ。だが、それでいい。肩口を回してみたり、膝を曲げてもみたが、動きを邪魔せず動きやすかった。急がせた分、荒い仕上がりになるのではと思っていたが、宿の主人が言っていたとおり、ここの仕立てがいいのは確かなようだ。


 仕切り布の中から出た陸王を見て、雷韋が一言呟く。


「なんだよ、遊び心がねぇなぁ。すっげー地味じゃん」

「これでいいんだ。丈夫で動きやすけりゃな」


 それを聞いて、満足げに頷いているのは女主人だった。この服もまた陸王に似合っているとでも言いたいのだろう。


 支払いは既に済ませてあるので、あとは古い方の服だったが、それは女主人の方から声をかけてきた。


「古い方のお召し物は如何致しましょう?」

「捨ててくれ」


 陸王は考えるでもなく言った。自分の服は問題ないとしても、雷韋の服は血の匂いが染みついている。一刻も早く傍から離れたかった。


 陸王の返答を聞いて、女主人は頷く。


「では、こちらのお召し物はうちの方で処分致します。毎度有り難うございました」


 そう言って軽く会釈してくるのに対し、陸王も「世話になったな」と返して雷韋を連れて店内から外に出た。


 雷韋の身体から僅かに血の匂いがしたが、これはしょうがないだろう。汚れている服を着ている間に、身体に匂いが移ってしまったのだ。だが、それもじきに消える。新しい服に着替えたからには、時間の問題だ。それに、雷韋から強く匂ってくることがなくなっただけでも陸王は救われるような思いだった。


「雷韋、このまま買い出しに行くぞ」

「え? でも大丈夫なんか? まだ調子悪そうだけど」

「いや、大丈夫だ。外に出たついでだからな。お前も色々と揃えるものがあるだろう」

「うん、あるけど」

「だったら、買いに行くぞ。妖刀とぶつかるまで野宿も続くだろうしな。他人を巻き添えには出来ねぇ」


『妖刀』という言葉に、雷韋は深刻な顔になった。


「なんで陸王を狙ってるのかな?」

「分からん」


 嘆息と共に言う。そこで沈黙が落ちるが、陸王は出立の日を明日と決めた。このまま買い出しを済ませ、明日にはこの町を出ると。


 その事を雷韋に伝えると、


「ちょ、急だな。紫雲しうんにそこまで伝えてないよ」


 雷韋はこの二日間、教会に出入りしていた。陸王が体調を崩したことや、服の仕立てがいつ終わるかといったことなどを伝えに。そして、被災した者達の様子も聞いてきていた。昨日の時点で、竜巻に巻き込まれて瓦礫の下から見つかるのは、遺体ばかりになっていることを陸王も聞かされていた。雨のせいで余計遅々としているが、瓦礫の撤去も徐々に進んでいるという事だ。崩れた城壁も昼夜問わず、急ぎで修繕しているらしい。せめて城壁が完成しなければ、野盗などがいつ入ってくるかも知れないのだ。それでなくとも、魔族が竜巻を起こして人々を攫ったという話は町中に知れ渡っているのに。無論、その魔族は殺されたという事も伝わっていたが。


 それにしたって魔族が現れたのだから、人間である野盗や夜盗が崩れた城壁からいつ入ってくるかも知れないと、自警団の監視の下で修繕は進められていたが、町の者達は戦々恐々としているのだ。更にそこに妖刀まで加わったら収拾がつかなくなる。明日出立というのは急ではあるが、これらを考えると致し方ないところだった。この度の魔族の出現自体は偶発的なものだったが、これからはその魔族の核から発される生体波動を嗅ぎつけて魔族や妖刀がやってくる。本来なら、今日のうちに出立したいところだったが、これから先、暫く紫雲も共に行動するとなれば、彼にも出立する時間を与えねばならない。


 だから、明日なのだ。


 これでも目一杯、時間は取った方だと思う。


 そこで雷韋は言う。


「俺、買い出しはあとで自分でする。それよりも、紫雲に明日出発することを知らせなきゃ。紫雲だって用意があるだろうし」

「あぁ。なら行ってこい」


 雷韋はそれに返事も返さずに、その場から走り去っていった。おそらく紫雲は瓦礫の撤去などに力を貸しているはずだ。だとすれば、今は町の南東にいる。雷韋の走り去ったのも、東の方面だった。いや、教会にいるとしても、ここからならば東に向かわなくてはならない。


 紫雲が今どちらにいるのかは知らないが、陸王は人波の向こうに消えていく雷韋を見送ってから、鍛冶屋や道具屋に向かうことにした。

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