夢の顕現 十
「今、何か言いましたか?」
どこか怪訝な調子で陸王に問いかける。
「いや、何も」
陸王は何事もない風にそう返して球体の中を探り続けた。が、陸王は嘘をついた。陸王が掌に息を吹きかける間際、唇を微かに動かす程度にして
しかし、それが紫雲の耳に届いたらしい。微かな声音だったというのに、流石は
けれども、陸王の手が茨の中で動いている様子もあり、紫雲はそれ以上何も言ってこなかった。
魔代魔法を使うと、瞬間的に魔族からは
やがて陸王の探る手が止まって、ゆっくりと茨の玉から手を引き抜いた。引き抜かれた手には、なんらの傷も認められない。陸王も涼しい顔をしている。
「核を見つけたのか?」
雷韋が問うと、陸王は頷いてみせた。それを確認して雷韋が茨の玉を見遣ると、大きくなったり小さくなったりと、まるで脈動しているかのようだったが、やがてその動きも止まり、止まったかと思えば次の瞬間、玉が一気に収縮してそのまま消滅した。その様を、少年は驚きを以て見た。
陸王もその様子を見ていたが、特になんの反応もない。それよりと、陸王は玉から手を引き抜いたときから握りしめていた拳を開いた。
掌の上には、直径が五センチほどの玉が載っている。
だが、見目はただの
「これが、核? ただの石ころに見えるけど」
雷韋が覗き込み、言う。
「何も感じんか?」
陸王が問うと、雷韋は顔をしかめた。
「いや、なんか気色悪い感じはする。鳥肌が立ちそうな」
「魔族の核とはそういうものです。その魔族の本性が全て詰まっている」
紫雲の言葉を聞いて、雷韋は「なるほどな。そういうもんか」と納得したように呟いた。
雷韋の呟きのあとに、陸王は当前のように石塊を懐にしまいこむ。
陸王が魔族の核を懐にしまったのを見て、雷韋は二人に声をかけた。
「なぁ、魔族は核にして倒したんだ。もういいだろ? それよか、あっちこっちに倒れてる人達を一カ所に集めて欲しいんだ」
「さっき、魔術を使うといっていましたね。その為ですか?」
紫雲が問うと、雷韋は「うん」と頷いた。
「植物の
「いや、お前はいい。まだ魔気の影響が身体から抜けてねぇだろう」
陸王が言うが、
「大丈夫だよ。濁った血はどんどん出ていくし、その代わりに新しい血がどんどん作られてるんだ。もう魔気をばら撒く奴はいないんだし、出血する血の色が変われば、自分で傷は癒やせる。そんな事より、早くしてくれ。きっと酷い怪我の人だっているんだ」
そこまで言って、雷韋は「いてて」と呟いて今更のように左足を引き摺り気味に歩いて行った。
それを見て、多少あきれ顔になった陸王だったが「仕方ねぇな」と
三人で手分けをして人々を集めたため、一カ所に集めると言っても、そう時間はかからなかった。全員集めて二十人ほどだ。それぞれに打ち身や打撲、骨折をしている者まで様々だが、全員生きている。
紫雲はその全員に魔術をかけると言っていた雷韋が、これからどうするのかと注視していた。何しろ、精霊魔法を見るのは初めてなのだ。
雷韋は怪我を負っている者達を一度見回し、地面に片膝をついた。それから地面に両手をつき、植物の精霊魔法を発動する。
すると、雷韋の傍にいた者から順に、淡い緑の光に包まれていく。最後の一人が光に包まれると、まるで辺り一帯に緑色の炎が立ち上っているように見えた。
それがとても幻想的で、紫雲は思わず雷韋に声をかける。
「雷韋君、これは……?」
「しー。今、精神集中してっから、説明はあとな」
雷韋は目を瞑って、意識の網だけを人々に馳せた。光が彼らを包み込んでいるように、意識でも全員を包み込むようにして。
術を行使して分かったが、多くの者が頭を打っている。それは当然だろう。人体で一番重いのは頭だ。宙に放り出されれば、重い頭を下にして落下してくる。精霊達が逐一人々の容態を告げてきて、手足だけでなく、頭蓋も骨折していることを知らせてきた。
皆の様態は思っていたよりずっと重い。重症、重体の者がほとんどだった。それを知って、雷韋は精霊達に目一杯の力を預けた。魔力を消費すればするほど、精霊達の力も強くなる。そうすれば、より早く怪我も治癒する。
本当なら大地の精霊魔法を使った方がいいのだろうが、今の雷韋には大地の精霊力はあまりにも力が大きくて、使おうにも時間がかかるのだ。どうしても詠唱と印契が必要になる。しかも今はまだ、複数同時にはかけられない。だったら多少力が劣っても、言霊封じで発動出来る植物の精霊魔法を使った方が効率がいい。
雷韋は全身全霊をかけた。
生命の源である魔力を惜しみなく精霊に分け与えて。
それに伴って、淡い緑の光が強くなっていく。
その様子に紫雲は瞠目した。光が強くなるにつれて、目を醒ます者が現れたのだ。中には上体を起こす者もいた。それを雷韋ではなく、陸王が制する。
「おい、まだ横になってろ。起き上がるな」
彼らは辺りに満ちている淡い緑の光を不思議そうに見ていたが、陸王が声をかけたことで陸王を見た。その途端、顔色をなくす。
それはあまりにも当然のことだった。陸王は頭の先からつま先まで、己の血と魔族の血に赤黒く汚れているのだから。
陸王の姿を見た途端、逃げ出そうと光の中から出ていく者も出た。
今度はそれを紫雲が追いかけて、光の中に戻していく。
「大丈夫です。彼は貴方達に何もしません。魔族に攫われた貴方達を救ってくれたんです。今もこの緑の光の中で怪我を治しているところでした。逃げなくても大丈夫です。何もしませんから、落ち着いて」
それぞれがまだ怪我が治りきっていなかったため、紫雲一人でもなんとか逃げ出そうとした者を光の中に戻すことが出来た。
雷韋は精霊魔法を行使しながら、紫雲をじっと見据えた。最初のうちは何故自分が見られているのか分からなかったようだが、雷韋が一人の人間に目を遣ってから紫雲に目を戻すと理解したようだった。雷韋は怪我が完治した者を光の中から出して欲しいと目配せしていたのだ。それからは早かった。目配せするごとに、紫雲が光の中から人々を出して、竜巻の跡に出来上がった道から街へと戻してくれた。雷韋が紫雲の様子を見ていると、皆にそれぞれ何事かを話しかけていた。それを目にして、彼らに何が起こったのか、何があったのかを掻い摘まんで説明してくれているのだろうと雷韋は思う。
少しずつ人々がいなくなっていく。最後の一人を見送ると、紫雲は振り返った。
「雷韋君、彼らの怪我はもう治癒しているんですよね?」
「うん、全快してる。上空から落とされたせいで生命に危険があった連中が多かったけど、それも癒やしたから大丈夫だ。後遺症も出ないぜ」
そう言って溜息をついてから雷韋は立ち上がったが、足下が覚束ず、その場に不格好に尻餅をついた。雷韋はへへと照れ笑いで誤魔化そうとしたが、陸王がすぐにやって来た。
「もう血の色はもとの色に戻っているようだが、自分で塞げるか」
「あ……」
雷韋は肩口と左足に目を遣って、少し戸惑った風に陸王を見上げた。
「もうちょっと時間が経ったらな」
「馬鹿が。魔力のほとんどを使い切ったんだろう」
陸王はその場に片膝をついて、傷の大きな腿に手を翳す。
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