夢の顕現 九
「これから
「神聖魔法か」
「嫌だぁ。神聖魔法は嫌だぁ。それに
「なんですって!? 妖刀!?」
紫雲が驚いて問えば、魔族は卑屈に笑った。
「
そこまで言って、魔族は勝ち誇ったような笑い声を上げた。
「最初っから仕切り直しだぁ! 町を滅茶苦茶にされたくなかったら、
どこまでもおかしそうに、口角に泡を溜めて笑っている。
紫雲が憤りのままに息を吐き出すのと、陸王が言葉を放つのが同時だった。
「なんだって俺を狙う。しかも、妖刀なんてものまで用意して」
「そこまで詳しく知らなぁい。ただ陸王を殺せば、天使族が喰えるって言うから、天使族は旨いって言うから、
「そうかよ。俺はおめおめと殺されるつもりはない。そして、お前を
「へ?」
それまで笑っていた魔族がぽかんとした顔をする。
「お前を呼び水にして仕切り直しってんなら、核さえあればいい。核を破壊せずにいればお前は生きているも同然だ。妖刀を持って俺を狙ってるという奴もやってくるはずだな。なんだって俺が妖刀に狙われなけりゃならんのか理解に苦しむが」
「
ぽかんとしたまま、鸚鵡返す。
中位、下位の魔族は核が破壊されなければ、いずれ復活出来る。だから紫雲達
魔族の言葉に、陸王はにやりと笑んでやった。
「今はな。だが、妖刀を破壊したらお前の核も破壊する」
楽しげに言うそれを聞いて、魔族は潰されていない方の目を大きく見開いた。
「嫌だぁ! 殺さないでくでぇ!」
そのまま悲鳴を上げる魔族をよそに、陸王は紫雲を見た。
「おい、やれ」
「そんな風に命令される筋合いはありませんが、妖刀のこともあります。貴方はこの魔族の核を持ち歩いて、妖刀を探し出すんですね? ならば、ここで神聖魔法を使う代わりに、私もこの先の旅に同行させてください」
陸王は紫雲の言葉に目を
「断ると言ったら?」
「ならば核はご自分で探してください。言っておきますが、魔族の核を探すためには一寸刻みにしなければいけませんよ。その間に逃げられる可能性もありますね。ただし、捕まえている状態ならば、神聖魔法を使えば探しやすくなりますが」
陸王はそこで考え込むように長嘆息した。
だが、陸王の思考を打ち破ったのは
「陸王、なんでそこで考えちゃうのさ。妖刀があんたを狙ってるって言うんなら、紫雲がいたっていいじゃんか。だって、妖刀を破壊するのが紫雲の役目だろ? だったら、助けてくれるかも知んない。それに、次にまた魔族に狙われたら、今度は俺だってどうなるか分かんない。俺は魔族が怖くて、手も足も出ないんだ。なぁ、助け合おう? 核を探すのだって大変そうじゃんか。もし逃げられたら大変だよ」
陸王はそこで
「なら、妖刀を破壊するまでだ。それでいいか」
「えぇ、充分ですよ」
紫雲は頷いてみせる。それから魔族の脇にしゃがみ込んで、幼児の胸の上に手を載せる。そうしてから、片手で
詠唱を始めると、途端に魔族は暴れ始めた。頭は吉宗の刃で地面に縫い付けられている。身体は紫雲の手に押さえ込まれていた。それでも激痛を訴えるように叫び、やめてくれと涙を流して懇願する。
しかし、紫雲は魔族の言葉に耳を貸すはずもなく、詠唱を唱えるだけだ。
同時に、苦しみを感じているのは何も魔族だけではなかった。
陸王もだ。
魔族を呪った神の言葉は、そのまま呪いとなって降りかかってくる。堪えているが、僅かに息も上がってきた。全身に針でも刺さっているかのような苦痛を受ける。粟肌が立ち、自然と脂汗も浮いてきた。吉宗の柄を握っている右手が震えそうになって、慌てて左手を添える。膝が笑いそうになるのを堪えて、陸王が苦しげに固い唾を飲み込んだとき、魔族が叫んだ。
「おめぇ……め……っ!」
突然吐き出した悲鳴以外の言葉に、雷韋は驚いた。今の言葉は陸王に向けられたものだろうか。『お前め』と言う意味にも取れたし、『おめぇ、目』と言う意味にも取れた。雷韋はそれが不可思議に感じられて、陸王の顔をぱっと見たが、僅かに険しい顔をしているだけでおかしなところは何もない。『目』の事を言ったのだとしたら、陸王の瞳の色は常と変わらず黒い瞳だ。そこで雷韋はふと思い出したことがあった。
紫雲も陸王の目を気にしていたという事を。
けれど、陸王の目元は険しくなっているだけで、常と変わらない。それなのに一体、彼らは何を気にしているというのか。何が問題なのか、雷韋にはさっぱり分からなかった。
そうしている間にも、魔族は暴れていたが、徐々に動きを鈍くさせていく。よく見ると、うっすら茨が絡みついているのが目視出来た。その茨に刺されて、魔族は血を流し始めている。切り裂かれた顔面にも、茨は確実に食い込んでいた。
そんな魔族を見ても雷韋は情けは感じなかったが、ただ痛々しいとは思った。
それまで詠唱を延々と続けていた紫雲だったが、最後に何事かを呟くと、茨が一気に実体化して魔族を球体化した。茨が球体を作る間際、魔族が奇妙な叫びを発したのを三人は聞いた。
球体が出来上がった拍子に魔族だった茨の球体が、吉宗の刃から外れる。今は紫雲の掌の下で、光り輝く茨の球体として魔族は存在していた。
陸王はようやく終わった神聖語の詠唱のあとで、密かに溜息を零した。それから紫雲に問いかける。
「これで終わりか?」
「えぇ。術は正常に発動しました。あとはこの球体の中から核を取り出すだけです」
「そうか」
そう返しつつ、陸王は吉宗の刀身を鞘に収めた。それから右掌にふっと息を吹きかけると、おもむろに茨の球体へ手を突っ込む。
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