夢の顕現 九

「これから神聖魔法リタナリアをかけます。光の茨で縛り付ける魔術です。この魔族の身体は圧縮されますから、どこに核があっても探しやすくなるでしょう」


 紫雲しうんが言うと、


「神聖魔法か」


 陸王りくおうがぽつりと言って、それを耳にした魔族が悲鳴を上げた。


「嫌だぁ。神聖魔法は嫌だぁ。それにの核を壊したら、妖刀を操れる奴が町を滅茶苦茶にするぞぉ」

「なんですって!? 妖刀!?」


 紫雲が驚いて問えば、魔族は卑屈に笑った。


はもう連絡したんだぁ。よりももっと強くて、妖刀を操れる魔族にぃ。陸王を殺そうって捜してる奴にここにいるってなぁ。がもし殺されたら、あの町を襲えって伝えてやったぞぉ。お前らは何も出来ないだろうなぁ。でも、もしを自由にしてくれたら、別の場所に呼んでやるよぉ。のところに妖刀も、妖刀を操れる魔族も集めてやる」


 そこまで言って、魔族は勝ち誇ったような笑い声を上げた。


「最初っから仕切り直しだぁ! 町を滅茶苦茶にされたくなかったら、を自由にしろぉ」


 どこまでもおかしそうに、口角に泡を溜めて笑っている。


 紫雲が憤りのままに息を吐き出すのと、陸王が言葉を放つのが同時だった。


「なんだって俺を狙う。しかも、妖刀なんてものまで用意して」


「そこまで詳しく知らなぁい。ただ陸王を殺せば、天使族が喰えるって言うから、天使族は旨いって言うから、は仕切り直してお前を殺すぅ」


「そうかよ。俺はおめおめと殺されるつもりはない。そして、お前をりゃいいんだな」


「へ?」


 それまで笑っていた魔族がぽかんとした顔をする。


「お前を呼び水にして仕切り直しってんなら、核さえあればいい。核を破壊せずにいればお前は生きているも同然だ。妖刀を持って俺を狙ってるという奴もやってくるはずだな。なんだって俺が妖刀に狙われなけりゃならんのか理解に苦しむが」


を殺さない? 核を破壊しない?」


 ぽかんとしたまま、鸚鵡返す。


 中位、下位の魔族は核が破壊されなければ、いずれ復活出来る。だから紫雲達修行モンク僧は核を必ず破壊するのだ。その時に逃げられる危険性を伴いながらも。しかし上位、高位は人に近いため、頭部を破壊されたり、首を刎ねられたり、胴を断たれれば死ぬ。彼らは弱い魔族と違って核は持っていない。持つ必要がないからだ。人族に上位、高位の魔族はまず殺せない。陸王が卓の脚に胸を貫かれても死ななかったように、死に対する耐性──例えば、強い肉体などだが──のようなものがあるのだ。


 魔族の言葉に、陸王はにやりと笑んでやった。


「今はな。だが、妖刀を破壊したらお前の核も破壊する」


 楽しげに言うそれを聞いて、魔族は潰されていない方の目を大きく見開いた。


「嫌だぁ! 殺さないでくでぇ!」


 そのまま悲鳴を上げる魔族をよそに、陸王は紫雲を見た。


「おい、やれ」


「そんな風に命令される筋合いはありませんが、妖刀のこともあります。貴方はこの魔族の核を持ち歩いて、妖刀を探し出すんですね? ならば、ここで神聖魔法を使う代わりに、私もこの先の旅に同行させてください」


 陸王は紫雲の言葉に目をすがめた。


「断ると言ったら?」


「ならば核はご自分で探してください。言っておきますが、魔族の核を探すためには一寸刻みにしなければいけませんよ。その間に逃げられる可能性もありますね。ただし、捕まえている状態ならば、神聖魔法を使えば探しやすくなりますが」


 陸王はそこで考え込むように長嘆息した。


 だが、陸王の思考を打ち破ったのは雷韋らいだった。


「陸王、なんでそこで考えちゃうのさ。妖刀があんたを狙ってるって言うんなら、紫雲がいたっていいじゃんか。だって、妖刀を破壊するのが紫雲の役目だろ? だったら、助けてくれるかも知んない。それに、次にまた魔族に狙われたら、今度は俺だってどうなるか分かんない。俺は魔族が怖くて、手も足も出ないんだ。なぁ、助け合おう? 核を探すのだって大変そうじゃんか。もし逃げられたら大変だよ」


 陸王はそこで渋面じゅうめんを作り、心底嫌そうに言うのだ。


「なら、妖刀を破壊するまでだ。それでいいか」


「えぇ、充分ですよ」


 紫雲は頷いてみせる。それから魔族の脇にしゃがみ込んで、幼児の胸の上に手を載せる。そうしてから、片手で印契いんげいを作って神聖魔法の詠唱を始めた。


 神聖語リタ天慧てんけい羅睺らごうの言葉だ。神の言葉を使った魔術に言霊封じはない。

 詠唱を始めると、途端に魔族は暴れ始めた。頭は吉宗の刃で地面に縫い付けられている。身体は紫雲の手に押さえ込まれていた。それでも激痛を訴えるように叫び、やめてくれと涙を流して懇願する。


 しかし、紫雲は魔族の言葉に耳を貸すはずもなく、詠唱を唱えるだけだ。


 同時に、苦しみを感じているのは何も魔族だけではなかった。


 陸王もだ。


 魔族を呪った神の言葉は、そのまま呪いとなって降りかかってくる。堪えているが、僅かに息も上がってきた。全身に針でも刺さっているかのような苦痛を受ける。粟肌が立ち、自然と脂汗も浮いてきた。吉宗の柄を握っている右手が震えそうになって、慌てて左手を添える。膝が笑いそうになるのを堪えて、陸王が苦しげに固い唾を飲み込んだとき、魔族が叫んだ。


「おめぇ……め……っ!」


 突然吐き出した悲鳴以外の言葉に、雷韋は驚いた。今の言葉は陸王に向けられたものだろうか。『お前め』と言う意味にも取れたし、『おめぇ、目』と言う意味にも取れた。雷韋はそれが不可思議に感じられて、陸王の顔をぱっと見たが、僅かに険しい顔をしているだけでおかしなところは何もない。『目』の事を言ったのだとしたら、陸王の瞳の色は常と変わらず黒い瞳だ。そこで雷韋はふと思い出したことがあった。


 紫雲も陸王の目を気にしていたという事を。


 けれど、陸王の目元は険しくなっているだけで、常と変わらない。それなのに一体、彼らは何を気にしているというのか。何が問題なのか、雷韋にはさっぱり分からなかった。


 そうしている間にも、魔族は暴れていたが、徐々に動きを鈍くさせていく。よく見ると、うっすら茨が絡みついているのが目視出来た。その茨に刺されて、魔族は血を流し始めている。切り裂かれた顔面にも、茨は確実に食い込んでいた。


 そんな魔族を見ても雷韋は情けは感じなかったが、ただ痛々しいとは思った。


 それまで詠唱を延々と続けていた紫雲だったが、最後に何事かを呟くと、茨が一気に実体化して魔族を球体化した。茨が球体を作る間際、魔族が奇妙な叫びを発したのを三人は聞いた。


 球体が出来上がった拍子に魔族だった茨の球体が、吉宗の刃から外れる。今は紫雲の掌の下で、光り輝く茨の球体として魔族は存在していた。


 陸王はようやく終わった神聖語の詠唱のあとで、密かに溜息を零した。それから紫雲に問いかける。


「これで終わりか?」


「えぇ。術は正常に発動しました。あとはこの球体の中から核を取り出すだけです」


「そうか」


 そう返しつつ、陸王は吉宗の刀身を鞘に収めた。それから右掌にふっと息を吹きかけると、おもむろに茨の球体へ手を突っ込む。

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