夢の顕現 八
今では
しかし今ここに、そんな悠長なことを言う者はいない。そんな余裕すらない。雷韋でさえ、陸王の格好をどうのと言える雰囲気ではないのだから。ただ、その痛々しい姿から、何か大変なことがあったという事だけが分かる。それでも陸王は駆けつけてくれたのだ。
雷韋の中には、感謝の念しか湧かなかった。そして、どんなことがあろうとも護られるという安堵感。
それでも、一つだけ注意して欲しいことがあった。
「陸王! 周りに沢山人が倒れてる。その人達を巻き込まないでくれ」
それを聞いて、陸王は「人を巻き込むほどの戦いにはならん」と小さく呟いた。だが、その呟きが雷韋に聞こえることはなく、そのまま一人と一匹の戦いが始まった。
先に仕掛けてきたのは魔族だった。大きく膨らんだ身体から無数の触手を繰り出して、陸王を捕らえようとする。
が、そんなものに捕まる陸王ではない。襲いかかってくる触手を一気に断ち切って、本体に向かって走った。
「でかけりゃいいってもんじゃねぇんだ、この雑魚が」
顔面、右目を突いた刃をそのまま縦に切り落として、口にまで達すると、今度はそのまま口の端を切り裂いた。
真っ赤な血が陸王の頭上から降り注ぎ、魔族は絶叫を上げて身悶える。
陸王は更に狭い額に刃を突き刺すと、またもや縦に切り開いた。今度は地面まで一気に。
そのせいで、魔族の顔面が真っ二つに割れる。体液がどばどばと流れ出し、見上げるほど大きく膨らんでいた身体が、あっという間に小さくなっていった。
所詮は見せかけだけだったのだ。この魔族は人に近い姿を取り人語を解していたが、見かけ倒しの姿からも分かるとおり、下位の魔族だったのだ。到底、高位の魔族である陸王に敵うはずもない憐れな生き物だ。
魔族は陸王の名を知らない魔族はいないと言っていたが、この魔族以下のものは下等すぎて人語を解しないものがほとんどだ。これ以上のものとなると中位以上だろう。元々、魔族の全体数は人族から比べるとかなり少ない。人語を解する者は更に少なかった。それから言っても、陸王の名を知って動いている魔族は限られてくるはずだ。しかも天使族を食いたいと思うものは低い魔族だ。上位や高位の魔族は、天使族など喰らいたいとは思わないだろう。陸王が言ったとおり、同族だからだ。呪いを受けているか受けていないかの違いはあれど、根は同じなのだ。魔族は魔族を喰らわないように、上位や高位は天使族を喰らわない。上位、高位といった魔族のほとんどが、堕天した天使族だからだ。そういった魔族は、ほかの人族は襲えど、天使族を襲う酔狂はいない。
陸王は萎んだ魔族を滅多斬りにしていった。切り裂かれた部分からは止めどなく赤い体液が流れ出していく。本当に、あっけないほど弱い。その様を、陸王は黒い瞳で見下ろしていた。
魔族の瞳は
そんな高位の魔族の対も大抵、魔族だ。時には天使族という事もあるが、その場合、天使族は堕天することになる。そうなれば、二度と天上の世界には戻れない。
だが、対がいるという事が重要なのであって、天使族といえども天上世界が全てではない。
陸王はすっかり縮こまってしまった魔族に、吉宗の刃を突き刺した。まるで地面に縫い付けるように。
魔族は金属質な悲鳴を上げてのた打つ。そうして、姿を変えていった。陸王が来たときからヘドロ状だったのに対して、今は醜い顔に幼児の身体のあの姿に変化していた。その狭い額に刃が突き刺さっている。
姿がそれに変化したのを見て、雷韋は駆け寄った。その間にも、魔族は「痛い、痛い」と子供のように喚くばかりだった。実際、身体のどこもかしこも切り刻まれている。
雷韋はその声を無視して、陸王の腕に縋り付いた。瞳の色も、陸王が駆けつけてくれた安堵のために、もとの深い琥珀色に戻っている。
「陸王、こいつの首を俺は斬ったんだ。でも、そうしたらさっきの姿になった。首を断ったのに死なない」
「だろうな。この姿は擬態だ。いっそのこと、こいつの額か身体の中心を探って核を破壊した方がいいかも知れんな。少し時間はかかるが」
「核? もしかしてそれって、
「あぁ、それが一番確実だ。だが反面、逃げられる可能性も出てくる。こいつら、逃げ足だけは速ぇ」
「じゃあ、どうすんのさ」
雷韋が咎めるように言ったとき、場違いな声が辺りに響いた。
「陸王さん、雷韋君!」
その声は驚きに溢れている。
声のした方を振り向けば、紫雲が立っていた。ここにやってきたときの陸王のように、肩を上下させて。更に紫雲は辺りを見渡す。
「これは……、この人達は一体。それに、この気配」
辺りにてんでんばらばらに倒れている人々を見て、紫雲が問うように口にした。
雷韋は陸王から離れて、紫雲のもとに駆け寄った。
「町を竜巻が襲ったんだろ? その竜巻で俺達みんな、ここまで運ばれてきたんだよ。紫雲はなんでここに来たんだ? やっぱ、竜巻の跡を追ってきたのか?」
問われて、紫雲は戸惑った風に答えた。
「私は町の被害がどの程度出たかを調べに現場に行ったんです。そこで陸王さんと出会いました。酷い怪我を負っていましたが、彼は全て自分で手当てをして、そして姿を消したんです。私は現場にとどまろうとも思いましたが、陸王さんの様子が気になって追ってきました。何しろ、本当に酷い怪我でしたから」
「え?」
雷韋はそこで、陸王がここへやって来たときの姿を思い出した。夢の中と同様、
その様子に、今度は逆に紫雲が問いかけてきた。
「雷韋君、君も怪我を? ですが、この黒い液体はなんです? 血ではないようですが」
「いや、血だよ。魔気を浴びて、血が黒く濁ったんだ」
「
紫雲は雷韋の言葉に大きく反応した。
「あそこにいるあいつ。陸王が頭を串刺しにしてる奴」
雷韋はそう言って、陸王の方を指さした。
紫雲が示された方を向いたとき、驚きと同時に憎悪の感情を露わにする。
「あれは魔族。
「でも、陸王が動けないようにしてる。逃げられない。あとは核を見つけて破壊すればいいんだろ?」
「そうですね」
紫雲は答えて、雷韋は頷く。それから雷韋は、ここに吹き飛ばされてきてからのことを洗いざらい全て語った。
「魔族を殺すの、手伝ってくれないか? 核を探さなきゃだろ?」
雷韋が言うと、紫雲は魔族から雷韋へと視線を向けた。
「それは構いませんが、ここにいる人々をどうします? 町から人を呼んで、運ばせますか」
「いや。俺がちゃんとみんなを歩ける身体に戻すから大丈夫だ。中には酷い怪我をしてる人もいるみたいだけど、ここには植物の精霊が沢山いる。俺が
「そんな事が出来るんですか?」
「うん、それは俺に任せてくれ。だから、その代わりに魔族を」
「分かりました」
そう言って、紫雲は頷いてみせた。それから陸王のもとへ雷韋と共に行く。
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