夢の顕現 三
突然、左足に激痛が走った。誰かが足を持ち上げたのだ。
「何してやがる」
「貴方の足を固定しているんですよ」
言う声は
「そんなもの放っておけ。余計な事をするな」
「足がこんなになっているのに黙って見ていられるわけがないでしょう」
厳しい声が陸王に届くが、それが余計腹立たしくなった。固定していると言われるとおり、骨折した足に添え木でも当てているのだろう。胸と足の痛みが全身に響いて、確かなことは言えないが。それでも手当をするというなら、それしか思い浮かばない。
少しの間、足下に紫雲の存在を感じていたが、いつしか陸王は全く別のことを考え始めていた。その間に、紫雲も男達も去って行ったようだった。気配が辺りにばらばらになる。
何故こんな瓦礫の山に自分はいるのだろうか。部屋での最後の記憶は、風が巻いていると言った
陸王は胸の傷を治しながら、そんな事をつらつら考えた。考えているうちにも、折れた肋骨が正常な位置に戻ろうと肉の中で動き、鼓動に合わせて痛みを訴える。紫雲が見ている前では表情を崩さなかったが、いなくなった今では苦痛に顔を歪めていた。はっきり言って苦しいし、辛い。それでも傷は塞がっていくし、骨の位置も正常に戻った。胸の怪我は、あと
そして、雷韋。どこに埋まっている? 早く捜し出しに動きたい。
ひと思いに治ってくれない傷口に苛つきながら、陸王は快癒するのを待った。
あと少し、もう少しと心を落ち着かせるように心で呟きながら。
やがて、陸王は起き上がった。胸の傷が完全に治ったのだ。ならば、次は足だ。そう思い、ふと前方を見る。
愕然とした。
町の建物が崩壊して、瓦礫の道を延々と作っていたからだ。崩壊したのは宿だけだと思っていただけに、驚きは生半可なものではなかった。
それはまるで、小型の竜巻にでも巻き込まれて崩壊した様子さながらだった。破壊されている幅の直径は六、七メートルほどだ。
陸王は雷韋の夢を思い出した。森の中は森の中だが、開けているのだと。
もし竜巻が起こったとして終わりが森なのだとしたら、その様子は正しい。竜巻で木々が巻き上げられて、その場所が開けているのだろうから。夢の内容が正しければ、そこには魔族がいるはずだ。雷韋は夢で魔族を見ている。
今、雷韋は陸王の全く手の届かない場所にいるのだ。「何故?」「どうして?」などは考えない。
魔族が人を喰らうために、町を襲って人々を攫ったのだ。その中に雷韋もいる。
魔族にとっての最高の被食者が。
足など治している場合ではない。そう思って陸王は立ち上がろうとしたが、当然、立ち上がれるわけがなかった。思った通り左足には添え木がしてあったが、骨が肉を裂いて突き出しているのだから。
陸王は、焦燥と苛立ちに任せて添え木を乱暴に外し、突出している脛の骨を一気に肉の中へと突っ込んだ。確たる覚悟もなしに力に任せた行動は、陸王に苦鳴を上げさせた。
それを耳にして、近くで指揮を執っていた紫雲がすぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!」
「なんでもねぇ。放っておけ!」
脂汗を掻き肩で息をしながら乱暴に言って、片手で紫雲を追い払う。
「足……、まさか貴方」
「なんでもねぇと言っている」
あまりの痛みのために苦しげな声音になるが、陸王は構わなかった。すぐに回復の術をかける。だが、
雷韋がいればこんな怪我どうとでもなったが、いないからこそ、陸王は根源魔法の回復の術の遅さに苛立っているのだ。
自分でも、興奮のために瞳孔が広がっているのが分かる。瞳の色こそ変わらないが、視界がやけに広く感じられた。
陸王は胸の内で、早く治癒してくれと願った。足が治らなければ、竜巻の向かった先へは行けないからだ。まともに立つことすらできないのは痛い。
せめて雷韋と同じように陸王も攫われていたならまだしも、雷韋だけが攫われた。雷韋はそれを予知夢として見ていたのだ。陸王の血みどろの姿というのも、今の状態に当てはまっている。
宿の中にいれば安全だと思っていたが、こんな竜巻を起こされたのではどうしようもない。おそらくは根源魔法によるものだろう。
魔族だけが使える
だが、雷韋は気付いたのだろう。魔族だとは考えなかったかも知れないが、あのときの驚きの顔は竜巻の発生を目撃しての顔だったのだ。ほとんど前触れもなく竜巻が発生すれば、誰だって驚く。雷韋はあのとき、風が巻いて天候が悪くなるかも知れないとだけ考えていたのだから。
しかし、町の人々を狙った竜巻が起こった。
陸王は奥歯を噛み締めた。不甲斐ない自分に腹が立つ。
そんな陸王の傍で、紫雲は片膝をついた。
「酷い怪我です。治りますか?」
「胸の傷も塞いだ。足も治る」
「無理はせず、怪我が治ったら安全な場所へ行ってください。竜巻は局地的なものでしたから、いえ、それでも被害は小さくはありませんが、どこかで休んでいてください。無理はいけない」
陸王はそれにうんともすんとも答えなかった。ただただ、瓦礫で出来た道を見つめるのみ。それを辿れば、必ず雷韋のもとまで辿り着けるのだから。
それに、吉宗も探さなければならない。さっきからずっと吉宗が呼んでいるのが聞こえていた。耳鳴りにも似た叫び。己はここにいるのだと、持ち主である陸王に主張している。
「陸王さん、聞いていますか?」
何も答えない陸王に対して、紫雲が再び声をかけてくる。
だが、
「煩ぇ。俺に構うな」
陸王は紫雲を拒絶した。
「何を言っているんです。貴方は怪我人なんですよ」
「だから今、その怪我を治しているところだ。怪我が治ったら、俺はもう怪我人じゃなくなる」
脛の中で、骨が元の位置に戻ろうとして少しずつ動いている。その痛みに息も上がるが、堪えて、骨が繋がり骨が裂いた肉が元に戻るのを待った。
「それにしたって、酷い出血だったんですよ。まともに動けるわけがないじゃないですか。雷韋君の姿も見えませんし、おそらくは瓦礫の下でしょう。上手く救い出せたとしても、怪我もしているはずです。貴方が回復の術が使えるなら、雷韋君を助けてあげられるはずです。それまでは大人しくしていてください」
紫雲がそう言う
その陸王の周りでも、瓦礫の撤去作業が行われている。皆、陸王が力尽くで卓の脚を胸から抜き払ったのを見ていた者達だ。足の治療をしている間に上がる呻き声を聞き、不気味に思っているに違いない。陸王のことを、あからさまに薄気味悪げに見ている者も少なくない。
当然だろう。あれは人間業ではないからだ。
人ではないのだから、それは当然のことだが。
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