夢の顕現 二
辺りが更に騒がしくなっていった。ざわめく声や瓦礫を取り除く音が、組織的なものに変わっていく。これまでの有象無象のざわめきや物音ではない。
誰かが組織的に人々を動かし始めたのだ。そのせいか、
瓦礫を一斉に動かす音、声のかけ方。それぞれが組織だっていて、やがて陸王の目の前にも見知らぬ男が現れた。
「おい、あんた! 大丈夫か!?」
胸の傷を見て、男は慌てて声をかけてきた。そして次に、人を呼び始める。それに伴って、瓦礫を踏み分けてやってくる足音が複数近づいてきた。現れた男達の中に、陸王は知る顔を見つけた。
それを見て、なるほどと思う。
「陸王さん! この傷は……」
流石に言葉をなくしているようだった。陸王は未だに呼気と共に血を吐き出しているのだ。片肺がこんな形で潰れているなら、普通は助かっていない。それでも生きているのは魔族だからだ。普通の
紫雲は周りの男達に声をかけた。
「誰か、鋸を持ってきてください。胸に突き立っているこの杭を短く切ります」
「短く切って、どうするんです? もう、この状態じゃ助からない」
誰かがそう言う。だが紫雲は諦めるつもりはないようだった。
「出来るだけのことはしたいんです。だから、鋸を早く」
その遣り取りを聞いていて、陸王は意見した男の言うとおりだろうと思う。普通なら、卓の脚を胸から引き抜くことが出来ても、傷を塞ぐことは出来ない。肺に大きな穴が空いているのだ。しかも、おそらくは機能していない。脚を取り除いたところで、逆に大出血を促してそれで終わりだろう。
紫雲がいくら
だが、陸王にはその
紫雲が鋸を求めている傍で、陸王は胸を貫いている脚を掴んだ。
それを見て慌てたのは紫雲を含む、周りの男達だった。
「陸王さん、動いてはいけません!」
「あんた、何する気だ」
「やめろ、肋骨まで折れるぞ」
「肋骨が折れたら肺に刺さる。じっとしてろ」
皆が口々に言うが、陸王は紫雲になど助けられたくないのだ。
鋸で脚を短くすれば、肋骨にも肺にも無理をかけず、そのあとは無理矢理にでも自力で起き上がれるだろう。手を貸して貰えるなら、尚、助かる。
だが、陸王はそれを拒絶した。肺を傷つけようが、肋骨が折れようが何をしようが、全て自力で始末を付ける。傷口を塞ぐのも、自力でどうとでもなるのだから。
だから、脚を両手で掴んで、無理矢理力をかけた。途端、激痛が走る。これまでも痛み自体はあったが、それとは比較にならないくらいの激しい痛みだ。
「陸王さん、やめなさい! 死にますよ!」
紫雲が力を込める手を押さえる。が、それでも陸王は力を込めた。肋骨に圧迫を感じ、あまりの痛みに視界がぼやけてくる。あまりの痛みに鳥肌まで立つ。力を込めれば込めるほど、気管を這い上がってくる血液は増した。
吐血しながら脚を折ろうとする壮絶な姿に、周りの男達は言葉をなくして、僅かに
と、急に卓の脚が斜めに傾いだ。その直前、鈍い音がしたのを皆が聞いている。
肋骨が折れたのだ。
胸からも口からも、ほぼ同時に血が吹き上がる。
男達の中には、その場から逃げ出す者も現れた。当たり前だ。こんな異常な状況を
それくらい、陸王のやっていることは常軌を逸していたのだ。
ここまで来れば最早、陸王の上半身は血塗れだった。顔面のほとんども血で汚れきっている。陸王一人の出血のせいで、周囲は生臭くなっていた。
陸王は斜めに傾いだ脚を、今度はゆっくりと引き抜く動きに変えていく。肋骨だけでなく、脚そのものも根元から折れたのだ。その感触は陸王にはつぶさに伝わっていた。己の身体に起こることなのだから当然だが。けれど、胸の痛みが酷すぎて、身体全体どこもかしこも痛みに襲われていた。
陸王は大きく息をつき、呼気を吐き出すときに一緒に血も吐き出したが、胸から脚を引き抜くことに成功した。一瞬、全身から力を抜き、しかし次の瞬間には、既に動き出していた。
右手を右胸に押し当てる。
回復の術を行使するためだ。
その一連の流れを見ていた紫雲が、「神よ」と小さく祈りの言葉を口にしていたが、それがなんだというのかと陸王は思った。神々は地上から
それどころか陸王は魔族だ。堕天して魔族に転化したわけではないが、天慧の呪いは身に受けているのだ。魔族として母の胎内に宿った瞬間から。
そんな存在に、天慧が何をしてくれると? 己が呪った種族だ。見殺しにしても、助けてはくれまい。
陸王は咳き込みながら、回復の術を行使し続けた。術を行使すれば、自分がどれほど酷い怪我を負っているのか分かる。力技で脚を引き抜いたため、右の肋骨はぼろぼろになっていた。肺もずたずたに穴が空いて、塞ぐのに時間がかかりそうだ。しかも、それだけではない。左足、脛の部分の骨が折れて、肉を突き破っているのまで分かってしまった。脛の骨折を治すにも、相当な胆力がいりそうだ。
うんざりする。
そこで紫雲が話しかけてきた。
「陸王さん、貴方をここから運び出します。教会に移って、手当を受けてください。助かるかどうかは、貴方の体力次第でしょう」
心配するが故の厳しい顔つきになっていた。だが、陸王は小さく笑い飛ばした。
「誰が。それに今、回復の術をかけてる。このまま放っておいても
「回復の術が使えるんですか?」
紫雲は驚きの表情で問うてきた。
「でなけりゃ、あんな真似はしねぇよ」
さっきから息も切れ切れだったが、出血は少しずつ治まってきていた。吐き出す血の量も減っている。
それを確かめるように見て、紫雲は男達に陸王の下半身を覆っている瓦礫を
それに伴って、下半身が軽くなっていくのを感じていたが、誰かの息を飲む音が聞こえてきた。骨折している部分が露出したのだろう。
「こりゃ酷ぇ」と誰かが呟いた。
「陸王さん、足も骨折していますよ。胸に負けず劣らずの酷い怪我です」
「んな事ぁ、回復の術をかけたときから気付いてる。自分で治せる。放っておけ」
「しかし、この怪我も……」
「俺に構うな。お前らはほかに生き埋めになってる奴らでも捜してろ」
その中に、雷韋もいるかも知れないのだ。怪我が治ったら、すぐに雷韋を捜さなければと思う。
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