凪 四

 だが、それにしてもどうして今夜も夢を見た? 昨夜は何事もなかったというのに。何かこの町で起こるとでも言うのだろうか? 魔物がいたというなら、魔族が魔物を操って、町の人間ごと雷韋らいを攫うのか?


 陸王りくおうにははっきりとは分からないが、その可能性は捨てられない。雷韋が夢で見た中に自分の姿がなかったとしたら、雷韋を一人にするべきではないと思った。明日一日挟んで、その翌日はまた護衛の仕事に就く。魔族が雷韋ごと人々を攫うとするなら、道中かも知れない。


 魔族が襲ってきたとき、自分は雷韋を護れるだろうかと思う。いや、護れるか、ではない。護らなければならないのだ。


 雷韋は陸王にとって、大切な対なのだから。


 陸王の生命だってかかっているのだ。


 陸王は雷韋の寝台に腰を下ろし、固く目を閉じている雷韋の上体を起こして、片腕で少年を抱きしめた。そうすると、丁度、陸王の胸に雷韋の額が当たる。ただそれだけのことだったが、陸王の中からも雷韋の中からも、不安も焦燥も、何もかもがゆっくりと薄れていくのを感じた。


 寄り添ったことで、魂が共鳴を始めたのだ。


 そのせいか、小刻みに震えていた雷韋の身体の震えが収まっていく。


 陸王もその事にほっとした。落ち着いてきた証拠だ。


 雷韋の身体の震えが完全に収まるまで、陸王は雷韋を抱きしめていたが、それも完全に失せてから陸王は雷韋に声をかけた。


「もう大丈夫だな?」

「うん。怖いのがなくなった」

「眠れそうか?」

「寝るのはちょっと怖い。さっきの続き見ちゃいそうで」

「だが、横にはなっておいた方がいい。それだけで感じる疲れも随分と違うからな」

「ん」


 陸王が雷韋の身体を離すと、雷韋はぽてっと横になった。その上に上掛けを掛けてやる。


「なぁ、陸王」

「ん?」


 雷韋は天井を見ていて陸王を見ていなかったが、言葉だけは続けた。


「あれって、どこだったんだろう?」

「何がだ」

「森みたいなところ。森は多分、森なんだろうけど、開けてたんだ。でさ、辺りに人が沢山倒れてて」

「もう余計な事は考えるな。俺がお前を護ってやる。安心しとけ」

「うん、分かってる。でもさ、これはきっと予感だ。予感の時に感じる嫌な感じがする。俺の予感はよく当たるから。ほんとは、当たってなんか欲しくないけど」

「なら、お前も予知夢だって言いてぇのか?」

「『お前も』って、陸王はそう思ってたのか?」

「まぁ、そんな気がしていただけだが」

「そっか」


 そこまで言って、目を閉じる。


「当たってなんか、欲しくない。魔族になんか、遭いたくないよ」


 ぽつりと言う雷韋の頭を、陸王はぽんぽんと撫で叩いてやった。


「護ってやると言っているだろう。心配するな」


 そう言われて、雷韋は陸王を見た。瞳には、僅かばかりの不安とそれを上回る安堵があった。


「うん」


 力強く、はっきりと頷く。


 それでも眠るのが怖いという雷韋を相手に、陸王は思いつくまま、適当な話を振ってやった。夢とはなんの関わりもない話だ。しかも、思いつくままだから内容がない。あとで振り返って思い直せば、つまらないことばかり話したと、半ば後悔するような話ばかりだった。それを明け方まで、雷韋と二人でつらつらと話し続けた。


 空が白み始める頃には、雷韋は半分夢の中の状態だった。

 眠りたくはないが、眠かったのだろう。雷韋がうつらうつらし始める頃には、陸王一人がまるで独り言のようにぽつぽつと言葉を発していた。雷韋もそのまま撃沈したかと陸王が話すのをやめると、ふと目を開けるのだ。声が聞こえなくなったと言って。


「俺は子供を寝かしつける母親じゃねぇぞ」


 そう文句を言えば、声が聞こえないと不安だからと駄々をこねる。だが、陸王も喋り続けて、喉がからからだった。一晩中話していれば、そうなるのは当然だ。


「ちょっと待て。先に水を飲ませろ」

「ん、分かった」


 寝惚けたように、舌が回りきらずの口調で答える。


 それをよそに、陸王は荷物の中から水袋を取り出して喉を潤した。一口、二口飲めばいいかと思っていたら、存外喉が渇いていたようで、水袋に残っていた水の半分近くを飲んでいた。喉が渇いていたせいだと思うが、生ぬるい水でも甘く感じられるから不思議だった。


 そうして喉を潤して雷韋のもとへ戻ると、今度こそ雷韋は撃沈していた。安穏とした健やかな寝息を立てている。


 窓の外を見ると、もう夜が明け始めていた。小鳥のさえずりも聞こえてくる。空の明け方からも、さほどもしないうちに一時課いちじか(午前六時)の鐘が鳴り始めるだろう。


 これまでの雷韋の悪夢の見方からして、短時間なら眠っても問題ないような気がした。大概、深夜、夜半課やはんか(午前零時)をすぎた頃にうなされ始めている気がする。一時課の鐘が鳴るには、あと一刻いっとき(約二時間)ほどありそうだ。それくらいなら大丈夫と踏んだ。だから陸王も、ほんの少しだけ眠っておくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る