続く悪夢 二
「これは、雷韋君じゃありませんか」
振り向いた
「魔剣のこと、調べてたのか?」
「魔剣? あぁ、妖刀の。えぇ、そうですが、君は何故こんなところに?」
不可思議げに問いかけてくる。
「俺も魔剣のこと、聞いて回ってたんだ。そうしたら、あんたらしい人が同じ事を聞いてきたって言われて、そんで捜してた」
「そうでしたか。それで、何か聞くことは出来ましたか?」
「いや、全然だよ」
雷韋は首を振ってみせる。
「
「宿にいるよ。俺がこうして聞き回ってるのは知らない。内緒なんだ」
その言葉に、紫雲は僅かに眉根を寄せた。
「そうですか。彼は信じてはいないようですからね」
「う~ん、信じてないって言うか、この町目指してるとは思ってないってのが正確なところかな」
そうして話をしていると、紫雲が声をかけていた商人風の男が不機嫌そうに割って入ってきた。
「おいおい。何を話してるのか知らないが、妖刀ってなんだい?」
「知んなきゃそれでいいんだ。紫雲、ちょっと外出て話そうぜ」
雷韋の言葉に、ぽかんと間の抜けた顔をした男を残して、雷韋は紫雲の胴着の袖を引っ張った。それに対して、紫雲も頷いて返してくる。
二人して宿を出たところで、すぐに雷韋は話し始めた。
「紫雲、収穫はゼロなんだよな?」
「今のところ、そうですね。雷韋君も何も聞けなかったということは、まだこちらの方にまで噂が回ってきていないようですね。朝から商館も当たってみましたが、何も聞き出せませんでした」
それを聞いて、雷韋は頭を掻いた。
「う~ん、って事はもっと東の方に行かなきゃ駄目って事かなぁ? 噂の一つも出てこないんじゃ、そういうことだと思う」
「そうですね」
そこで紫雲は何かを考え込むように宙の一点を睨む。そうして暫く考え込んでから、ふと雷韋に目を向けた。
「雷韋君、奇妙なことを聞くと思いますが、教えて欲しいことがあるんです」
その言葉に対して、雷韋は小首を傾げた。
「なんだ?」
「あの……、陸王さんについてなんですが」
それを聞いて、雷韋は思い出したという顔になった。
「言っとくけど、俺と陸王はなんでもないかんな! ただ単に対ってだけだ。変なこと想像すんのやめてくれよな」
その言葉に、紫雲はばつの悪い顔を見せた。
「いえ、あれはそんな変な意味で言ったわけではないんです」
「じゃあ、なんであんなこと言ったんだよ」
思い切り臍を曲げたという風に文句を言う。
紫雲は思わず苦笑を漏らした。
「そんな意味ではなく、なんと言うか、勘でしかないんですが、陸王さんは君に依存しているような気がしたんです。それに君も陸王さんの庇護のもと、子供扱いされているような。それで、単刀直入に聞いてみただけです。言い方が悪かったのは認めますが」
「なんだよ、それ。例えにしたって酷すぎる。それに陸王は逆のこと言ってたぞ。あんたが俺の傍にいると、俺が半人前になるって」
それを聞いて、紫雲は怪訝な顔をする。
「て言うかさ、俺が格好いいのは分かるけど、取り合いすんな!」
言って、雷韋は紫雲に指を突きつけた。だが、その顔は半ば笑っている。
そんな顔を見て、紫雲も笑った。雷韋が最後に言ったのが、開き直った冗談だと分かったからだ。
「君の場合、格好いいと言うより、まだまだ可愛さの方が勝っていますね。小さな子供のように」
言うと、雷韋は「ちぇっ」と舌を鳴らした。が、すぐに真面目な顔になる。
「そんで、陸王がどうかしたか?」
「えぇ。これまで、陸王さんの目を見て、おかしいと感じたことはありませんか?」
「陸王の目?」
雷韋は困惑げに首を傾げた。
「初めて彼と目を合わせたときから思っていたことなんですが、何か普通の人の目とは違うように思えて」
「目ぇ? 目、ねぇ。う~ん、特に何も感じたことないけどなぁ。今までにも喧嘩したりして睨み合うなんて事、普通にあったけど、何も感じなかったけど? 目は目じゃね?」
雷韋は腕組みをして、片手を顎に当てながら答える。実に不思議そうにして。
「そうですか。雷韋君は特に何も感じたことがないんですね」
「うん。ない。全然。でも、なんでそんなことに気にすんだ? 陸王の目のどこが変なのさ」
「いえ、それは私にもはっきりしたことは言えないんですが。ただ、違和感のようなものを感じて」
「違和感」
ぽつりと雷韋が言う。
それに対して、紫雲は頷いた。
「昨日も彼の目を見て、何か他の人と違うと感じたんです。どこがどうとは、はっきりと言えませんが」
「ふぅん」
雷韋がどこか納得いかなそうに鼻を鳴らすと、正午の鐘が響いてきた。それを耳にして、雷韋は「あ!」と大きな声を出す。
「雷韋君?」
「ごめん、紫雲。昼には帰るって陸王に言ってあるんだ。もう帰らないと」
その場で足踏みをし出す。その拍子に涙型の耳飾りが揺れた。
「そう言えば、雷韋君。その耳飾り、昨日はしていましたか?」
「え? あ、うん。この件にかかわるなって、陸王が買ってくれたんだ。対価だって」
紫雲はそれを聞いて、複雑そうな顔になる。
それでも雷韋は構わず、ただ「いいだろ?
紫雲はその深紅の耳飾りを見て何か考え込む風だったが、結局は何も言わなかった。
それを不可思議げに見ていた雷韋だったが、言うことは言ってしまおうと口を開く。
「あのさ、今日ここで聞き込みしてたってのは陸王には内緒な」
紫雲はそれを聞いて、小さく笑った。
「もとよりそのつもりですよ。第一、私は君に会ってもならないそうですから」
「それはほっとけばいいんだよ。俺とあんたはもう友達だろ?」
「雷韋君がそう思ってくれるのなら」
紫雲が優しく微笑むと、雷韋も破顔した。
「うん! 友達! 陸王には文句言わせねぇから。んじゃ、俺もう行くな」
そう言って駆け出し、途中で止まる。
「明日から仕事なんだ。帰って来んの、明後日。その次の日は休みだから、また遊びに行ってもいいか?」
少し離れた場所から大声を投げかけてくる。
「えぇ、勿論です。気をつけて」
紫雲も少し声を張って返した。すると、雷韋は嬉しそうに笑んで手を振ると、再び駆け出していった。
その後ろ姿が消えてなくなるまで、紫雲はその場から見送っていた。
**********
雷韋は走りながら、何故、紫雲が陸王の目を気にするのかを考えた。雷韋から見て、特に陸王の目におかしなところは今までなかった。
時折、感情をなくした平坦な眼差しを見ることはあるが、どう考えても普通の目だ。ほかの人間と変わったところはない。ただ、平坦な感情の瞳の向こうに、虚無を感じることはある。だが、それだけだ。もしかして、それが紫雲の気になる部分なのかとも考えたが、それとは少し違う気がした。
これまでに見てきた陸王の黒い瞳は、色々な表情を投げかけてくる。本当に色々な表情を。呆れ、苛立ち、焦り、安堵、優しさ。どれをとっても普通の表情でしかない。
それでも一つ、あ、と思うことはあった。
今までに一度だけ、
紅い瞳は、魔族の証だからだ。紅い瞳をしたほかの生き物はいない。
だが、思い出すと、もう一度見てみたいと思った。
残照に彩られたあの紅い瞳を。
無理だとは分かってはいるが。分かってはいても憧れた。あの瞳を見たとき、ぞっとするほど綺麗だと思ったから。
そんな事をつらつらと思い出しながら、宿まで駆けていった。
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