紅い贈り物 六
「面倒って、もしかして
「あの坊主がくだらん事を言うから、お前は嫌な思いをしただろう」
「嫌なって、もしかして、
「やっぱりそこから既に聞いてたんだな」
「うん、ごめん。立ち聞きする気はなかったけど、あんたのあとを追っていったら教会に着いたから、門番に適当言って中に入って、ほとんど初めから聞いてた」
少ししょんぼりと俯きがちになり、あぐらを掻く風に改めて座ると、雷韋は自分の足首を握って答えた。
「普通に家庭を持ちたいお前からすると、気分のいいもんじゃなかっただろう。俺にとってもぞっとしない話だがな」
「そりゃ、いい気はしなかったよ。紫雲のあの言い方はない。どういうつもりで言ったんだか知んないけど、やっぱ、ないよ」
「それと、雷韋」
「何?」
陸王はそこで視線を上げた。
「妖刀の話は忘れろ。
「忘れろって……そんな!」
「何も起きはしねぇ。だから忘れろ」
「それ、なんか根拠でもあんのかよ?」
雷韋は寝台の上で身を乗り出した。とても真剣な顔で。
「商人が騒いでいないって事は、近場で何もないからだ。何か問題の糸口でもあれば、すぐ噂になる。ここは商人達が噂を持ち寄る町なんだからな。戻る途中、商館にも行ってみた。だが、そんな話は聞かねぇとよ」
「じゃあ、まだこっちの方にまではその話は来てないのか」
乗り出していた身を引きながら言う。
「第一、妖刀の目的も何も分かってないんだ。西に移動しているって事以外はな。だから、必要以上に恐れる事ぁねぇ」
「……うん」
答えて、雷韋は窓の外を見た。窓の外はもう真っ赤に燃えている。あと幾許もしないうちに
「じゃあ、この町は危険じゃない? 東の町も」
「仕事に差し障りはねぇだろうな」
淡々とした口調で答える。
「だったら、少しは安心出来るけど」
言いつつ、雷韋は耳飾りを手元で弄んだ。それを見た陸王は、
「なんだ。気に入らんか?」
そう声をかける。
「え? あ! そんな事ない! 凄く綺麗だ」
慌てて言いながら、窓の方へ耳飾りを翳すと深紅の石が内側から赤く発光するように光る。それを確かめるように眺めて、雷韋は耳に飾り付けた。そうして耳元で揺れる感触を確かめてから陸王に問うた。
「似合うか?」
「さて。どうだろうかな」
陸王はちらと雷韋を見遣って、苦笑気味に返してきた。そんな言葉を聞きつつも、雷韋は腰に着けっぱなしだった荷物袋を外して、中から手鏡を取り出す。いつも目尻に紅を差すときに使っている手鏡だ。それで確認する。手鏡を使って、色々と角度を変えて耳元と顔の色とを見比べて、雷韋は自分では似合っていると思った。そうして確認している様は、ご満悦といった感じだ。
その様を、陸王は柔らかい眼差しで見ていた。
「へへ……。似合ってんじゃん」
買収はされないと言いつつも、しっかり買収されていることに雷韋は気付かず、鏡を覗き込んでいる。
「よかったな」
「うん。これ、大事にするから。あんがとな、陸王」
「いや」
裏も表もない素直な笑みを見ると、陸王はどことなく面映ゆい心持ちになった。雷韋の子供の笑顔など見慣れているはずなのに。
そうしてご満悦の表情で鏡を見ていた雷韋だったが、ふと真顔になって陸王を見た。
「なぁ、明日さぁ、一日まだ空いてるじゃん。明日はどうすんだ?」
急に話が切り替わったにもかかわらず、陸王は淀みなく答える。
「明日は次の仕事の予定を入れるのに、午前中は斡旋所に行くつもりだ。午後の予定は考えてねぇ」
雷韋はそれを聞いて、両手を頭の後ろで組むと、そっかぁと呟く。
「午後はなんにも用事考えてないなら、俺、町のあちこち見てこようかな?」
「変な連中に攫われるなよ」
陸王の冗談口に、雷韋も笑った。
「もうねぇよ。攫われそうになったときは俺、まだ魔術が使えない、もっとガキの頃だったんだ。あんときは抵抗のしようもなかったもんなぁ。それでも必死になって走って逃げたけど」
「危ねぇな。本当に攫われるなんて馬鹿なことになるなよ」
陸王はそれを聞いて、少し真剣な口調になる。
けれど、雷韋はあっけらかんとしていた。
「今は大丈夫。なんだかんだ言って、魔術が使えるからな」
「ならいいが」
嘆息と共に吐き出した言葉が最後になり、一旦、そこで会話が途切れた。陸王は再び爪の手入れを始めたし、雷韋は窓から日が沈んでいく様子を眺める。
それから少しして、閉門の合図である晩課が鳴り始めた。
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