紅い贈り物 五
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鍵を開けると雷韋は部屋へ飛び込み、すぐに寝台の中へ潜り込んだ。枕は使わず、靴も脱がずに頭から上掛けを被ってぎゅっと丸くなる。そうして口の中で「嫌いだ、嫌いだ」と何度も呪文のように呟いていた。
口にする呪文めいた拒絶感が、うとうとと眠気に攫われるまで。
そうして目が醒めたときには、部屋に人の気配を感じた。
それが誰かなど、確かめなくとも分かる。
陸王だ。
雷韋は顔も見たくないと思いつつも、そっと上掛けから顔を出した。それに気付いたのか、声がかけられる。
「起きたのか」
それに対して雷韋は答えなかった。むすっとした顔をして、陸王には背中を向けている。
そんな様子は気にも留めないといった風に、陸王は更に声をかけてきた。
「鍵がなかったから鍵を開けて入ってきたんだな。道具が使いっぱなしで放り出されていたぞ。卓の上に置いておいたが」
それを聞いて、え? と思った。帰ってきて寝台に潜り込んだのははっきり覚えているが、鍵開け道具はどうだったろうかと記憶を探ってみても何も覚えていなかった。放り出されていたということは、雷韋が使いっぱなしで放り投げたのだろう。
兎に角、寝台の中に潜り込みたいという一心で。
そっと陸王の方へ肩越しに視線を向けてみると、彼はヤスリで爪の手入れをしているところのようだった。
だが、陸王はヤスリを常に持ち歩いているわけではない。宿で借りたものだろう。それを黙々と動かし、爪を少しずつ削っている。
雷韋はその様子を見て、密かに唾を飲み込んだ。どうしてももう一度確認したいことがあって、口の中を湿らせたのだ。
「なぁ」
「ん?」
陸王はヤスリを使い続けるままに返答を寄越した。
「どうして紫雲に会っちゃ駄目なのさ。魔剣のことを俺が気にしすぎるからか?」
「そうだ」
「だったらもう遅いよ。もう、聞いちゃったんだからさ。ほかの人達に被害が出るのも怖いし、あんたにも何かあるかもって思うと怖い。気をつけた方がいいだろ、やっぱ」
陸王はそこで、使っていたヤスリを脇に置いた。
「妖刀のこともそうだが、お前はお前なりに一人前だ」
「え? どういうことさ」
陸王は雷韋の言葉に視線を上げると、僅かに眉を寄せた。
「俺と出会う前は一人でやってきただろう。そういう意味では一人前だ。ガキだ、ガキだとは言ってもな」
雷韋は陸王が何を言わんとしているのか、さっぱり分からなかった。見当もつかない。だから、陸王の言葉を聞くのに徹した。
「だが、あいつと関わることで、お前が半人前になっちまう気がしてな。お前から聞かされた話の中身で、俺はそう判断した。あいつはお前にとって、ある意味、毒だ」
「そんな」
雷韋は陸王の言葉に、二の句が継げなかった。
陸王の言っていることの意味が分からなくて、雷韋は起き上がった。と、枕元に濃い赤色をした
「え? 何、これ?」
だが、陸王は何も言わない。言わずに、再びヤスリを持って爪の手入れを始めた。
雷韋が小袋を手に取ってみると、中に何かが入っている感触があった。袋の口を開けて逆さに振ってみると、そこからは雷韋が宝飾品店で見ていた
雷韋は慌てたように陸王を見た。
「陸王、これって!」
「欲しがっていただろう」
なんのこともなさげに返してくる。
「でも、俺が欲しがったからって、こんな高いもの……」
「お前が見ていたのがそれと同じ形だったからな。俺はそういうものに詳しくないから、店主と話して決めた」
事もなげに言い置いて、陸王はヤスリをかけていた方の手にふっと息を吹きかける。
雷韋はそこで少し考えてから口を開いた。
「こ、こんなもんで買収は出来ないぞ。こんな……」
「貰えるもんは貰っておけ。お前を面倒に巻き込んだわびだからな」
言いながらも、陸王は爪の状態から目を離さない。
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