紅い贈り物 四
そこは流石に交通の要衝だけはある。普通の街では見掛けないほどの数の宝飾品店が軒を並べていた。それでも
そうこうしているうちに、
雷韋が露天商の前で装飾品を見ている横で、つ、と
「雷韋」
「ん~?」
装飾品を眺めながらの雷韋の返答に、
「俺は少し用事が出来た。お前はこの辺りで時間を潰してろ。なんなら宿に帰っていてもいいぞ」
そう言うだけ言って、陸王は雷韋の傍から離れた。
「あ、ちょっと、陸王!」
背後から声をかけられるが、陸王は振り返らずに人の波の中へ身を躍らせた。
やはり一言でいいから言いたかった。いなければ、
そんな事を思いながら、陸王は教会へと向かった。
町の中央にある大広場まで出て、東に少し引っ込むようにして建つ教会をぐるりと囲む塀に沿って歩く。そうして歩いていると、すぐに裏門があるのに気付いた。鉄柵状の門は開いていて、そのすぐ傍に槍を手にした二人の門番が暇そうに立っている。
「おい」
陸王が門番に声をかけると、骨張った方が反応した。
「なんだ? あんたも巡礼者か?」
「まさかだろう。それより、ここに
「紫雲様なら宿舎にいらっしゃるが、あんたは?」
「日ノ本の侍、
陸王の言葉に門番二人は顔を見合わせたが、
「ちょっと待っててくれ。案内をしてくれる方を呼んでくる」
そう言って、骨張った門番が庭を抜けて、回廊の方へ消えていった。
その場で少し待っていると、回廊の向こうから案内役らしい僧侶と門番がやって来た。
「紫雲様にお目にかかりたいというのは貴方ですか?」
それは少し頬の
庭は広く十字に区切られていて、見れば花も多いが、ハーブの類いが多く植えられていた。その中でふと目についたのは、ミントだ。雷韋がご馳走になったというお茶に使われているハーブだった。手入れはされているのだろうが、いかんせん生えている量が多く、その周囲だけごちゃついて見えた。
そうして庭を渡りきり、回廊から宿舎に入る。そして三階まで案内されて、青年は一番奥にある扉の前で止まると扉を軽く叩いた。するとすぐに
青年が一礼して去ると、陸王は「邪魔するぞ」と声をかけて、些か乱暴に扉を開き、閉じる。
中では紫雲が書き物机から立ち上がったままの姿で、
「貴方でしたか。昨夜はどうも」
と柔らかな笑顔で出迎えた。それに対して陸王は何も言わず、仁王立ちのままだった。
「どうぞ、陸王さん。ソファにかけてください。今、お茶が運ばれてきますから」
「もてなしはいらん。このままで充分だ。すぐに帰るからな」
それを聞きながら、紫雲はソファに着いた。
「昨夜はすぐに席を立たれてしまった貴方が、今日はどのようなご用件でしょう? こうして訪ねてくるなんて、何か急用ですか?」
表情を硬くする陸王に対して、飽くまでも紫雲はにこやかに尋ねてくる。
「一言伝えたかった。今後、二度と雷韋には近づくな。町で見掛けても、声をかけるな」
「それは一体、どういう?」
「余計な事は吹き込むなと言うことだ」
「あぁ。妖刀の話ですか。だとしたら、貴方は注意した方がいい。うっかり手にしないように」
小さく吐息で笑って言う。
その言い草に、陸王は目を
「余計な世話だ。兎に角、二度とあいつに近づくな。いいな」
「何故です? 私とあの子は既に
「俺が迷惑なんだよ」
「妖刀の話、そんなに気にしていましたか」
「嫌になるほどな。だから雷韋に近づくな。そして、二度とその話をあいつにするな」
それだけだ、と言って背を向けた。その背中に含み笑いが届き、扉の把手を掴もうとしていた手が止まる。
「この話をして困るというよりは、純粋に私に近づかれたくないようですね。嫉妬しているんですか?」
言われても、敢えて陸王は何も返さなかった。あとは扉を開いて出て行くだけだと腹の中で呟いて、把手を握ったとき、紫雲の挑発的な言葉が飛んできた。
「あの子を
陸王は背を見せていたので気付かなかったが、言うその紫雲の目は酷く蔑みを含んでいた。口元も嘲笑している。
「下衆な勘繰りはやめろ。そんなんじゃねぇ」
返す声音は平坦だった。
「俺はあいつを平穏に生かしてやりたいだけだ。誰かが余計な事を言うと、あいつは気にする。ガキだからな」
「余計なものに目を向けて、自分を見てくれないのが面白くないのでしょう? 昨日の貴方の態度で分かりましたよ。私とあの子が一緒に食事している間、気が気じゃなかったでしょう」
紫雲は挑発に挑発を重ねてくる。しかし、陸王に動じた様子はなかった。
「お前、対はいるのか」
その時になって始めて陸王は肩越しにだが、振り向いた。
陸王の黒い瞳と紫雲の暗褐色の瞳がぶつかり合う。
少しの間、視線を合わせていた紫雲だったが、やがて答えた。
「残念ながら、まだ」
真顔になって答えると、
「なら、お前に俺の気持ちは分かるまいよ」
陸王は静かに言い遣った。
「兎に角、これ以降、雷韋には近づくな。余計な事を吹き込むな」
それだけ言って、陸王は扉を開いた。
と、そこに雷韋がいたのだ。
陸王は何故か、心臓が串刺しになった気分になった。
「お前……」
上手く言葉が出ない陸王に、雷韋の低い声がかかる。
「なんだよ、俺を平穏に生かしたいって。なんでそんなに上から目線なんだよ」
その声に、紫雲は雷韋がそこにいると初めて知った。思わずソファから立ち上がる。
だが雷韋はそんな事は知りもしないで、大声で怒鳴った。
「俺だってあんたが心配なんだ! 魔剣は誰かを傷つけるかも知んないけど、それにあんたが巻き込まれるのが一番怖い! 俺にだってあんたを護らせてくれたっていいじゃんか! なんであんたばっかし、俺の事護ろうとすんだよ!?」
「雷韋」
雷韋の名を呼んで陸王は少年に手を伸ばそうとしたが、それは払い除けられた。
「あんたなんて、大っ嫌いだ!!」
最後に大きく叫ぶと、雷韋は階段を飛ぶように駆け下りて行ってしまった。
その様に、陸王から重い溜息が漏れる。紫雲も立ち上がったまま吐息を落としていた。何しろ、聞かれてはならない者に聞かれてしまったのだ。いないからこそ、互いに好き勝手が言えていたのだから。
それでも陸王は肩越しにちらりと紫雲を見遣って、
「いいな、雷韋には近づくな」
それだけを言い残して出て行った。
部屋に残された紫雲もソファに腰掛けながら、陸王に負けず劣らずの重たい溜息をついていた。だが、紫雲の中には雷韋を見掛けても無視するという選択肢はなかった。きっと見掛ければ声をかけるだろう。なんとなし、紫雲には雷韋が危なげに映ったのだ。目に入ったら放っておけないというような。陸王を怒鳴りつけた雷韋の、子供然とした部分も気にかかった。
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