紅い贈り物 三

 陸王りくおう雷韋らいのもとに運ばれてきた食事は、ミートパイと肉と馬鈴薯じゃがいものスープにパンがそれぞれ二人分だった。


「え? こんだけ?」

「文句があるのか」

「せめて酢キャベツくらいつけろよ~。なんか安いと思ったらさぁ」

「俺が注文しているとき、お前も聞いていただろう」

「考え事してたから聞いてなかった」


 むすっとして言うと、陸王が呆れたように言った。


「ったく、くだらねぇ事考えてんじゃねぇぞ」

「くだらない事じゃないよ。今もどっかで被害が出てるんだ」

「あぁ、そうだな。だが、俺達には関係ねぇ。この近隣の町にも村にもだ」


 嫌そうに言って、陸王は千切ったパンをスープに浸して口に放り込む。

 雷韋もしゅんとしながら、ミートパイを一口頬張った。


「ん~、でもさぁ、他人事じゃないじゃん?」

「他人事だろうが。それより、口にもの入れたまま喋るな。スープに肉片が入っちまっただろうが。あぁ、汚ぇな」


 陸王の文句に、雷韋はミートパイを飲み込むと「ごめん」と謝った。謝って、


「でも、話聞いちゃった以上はなんとかしないと」


 必死に言い募るも、陸王はどこ吹く風だった。


「もしこの町に被害が出たらな。それまでは梃子でも動かん」

「それって、被害者が出るまでって事か?」

「そうだ。ただし、被害者が出ようが俺達の前を素通りするなら、それまでだ。別段、俺達はこの町を護ってるわけじゃねぇ。商人の護衛を引き受けてるだけだからな。わざわざ危ねぇ事に首を突っ込む謂れはねぇよ。第一、何か事が起こったら、それを解決するのがあの男の役目だろう」


 言い終わると同時に、ミートパイを口に入れて咀嚼する。


「紫雲?」

「そうだ。その為に旅をしているんだろう」

「そうかも知んないけど」


 雷韋は歯切れ悪く言いつつ、スープに浸したパンを持て余し気味にしていた。

 それを見て、


「いいから、さっさと食っちまえ」

「食ったあとはどうすんのさ」


 持て余し気味にしていたパンを口に放り込んで、もごもごとはっきりしない発音で問うてくる。


「酒でも飲んで時間を潰すくらいしかねぇな」

「俺は酒飲めないよ」

「あぁ、そんな事を言ってたな。毒物だとかなんだとか」

「毒って言うか、一口でも効き過ぎるんだよ」


 雷韋は陸王とは逆で、酒精を毒と判断するところまでは同じだが、強烈に作用してしまうのだ。だから、薬ですら人間族の半分程度の量までしか飲めない。それ以上飲むと、中毒を起こしてしまうのだ。


「だったら、散歩にでも出るか。何も買わなけりゃ、金も使わんしな」

「うん、その方がいい。部屋に戻ってもなんにもする事ないしさ」

「だったら、早く食え」


 その言葉に、雷韋は「うん」と素直に頷いて食べ始めた。


 その食事の間だけは、もう妖刀の話はしなかった。陸王が嫌がったからだ。その代わりに、雷韋は教会でガレットを食べて感激した事などをつらつらと喋った。そこから甘いものの話になって、食後にヌガーが食べたいと出たが、それを陸王は一蹴した。


 教会で菓子を食べたのだから、もういいだろうと却下したのだ。


 そして、毎度の事だが、雷韋が口に物を入れたまま喋るので、口から食べ物が散ったのは言うまでもない。あまりにも酷いので、話の半ばで頭を引っ叩いたくらいだ。


 そうして雷韋が一方的に喋るだけだった食事が終わって、部屋で身仕度をしてから外に出た。


 雑踏の中を歩きながら、雷韋が陸王に声をかけてきた。


「なぁ、陸王。どこ行くんだ? 出るぞって言っただけで、どこ行くか言ってないじゃん」

「行く宛てなんざねぇよ。宿で酒飲んで時間潰すより、外に出て時間を潰す方が有意義だろうが」


 雷韋の方も見ずに答える。


「なんだ。だったらそう言えよ」


 ぶつぶつと口の中で文句を言ったが、その言葉は陸王にまで届いていなかった。そのせいで、陸王は雷韋に構わぬようにどんどん歩いて行く。だが、あまりにも陸王が歩くのが速かったのか、突然、外套がいとうが引っ張られた。


「なんだ」


 不機嫌気味に肩越しに問うと、雷韋は別な方向を見ている。


 そっちに何かあるのかと陸王が顔を向けると、そこには硝子越しに装飾品の並んだ店があった。耳飾り数点と首飾りが並んでる。


 陸王は雷韋が見ているのが本当にそれなのか怪訝に思い、問いかけた。


「何を見てる」

「あれ、綺麗じゃね?」


 雷韋はそのまま陸王の外套を手放して、店頭の硝子に張り付いた。


「おい、雷韋」


 呆れて雷韋の名を呼びつつ近寄ると、ふと雷韋は硝子についていた手を離した。まるで、急に興味を失ったという風に。


「どうした」

「これ、にせもんだ。この金剛石ダイヤモンド、硝子玉だった」


 がっかりしたように言う雷韋に、陸王は思わず溜息をついた。


「当然だろう。こんなところに本物なんぞ飾るわけがねぇ」

「ん~、だよなぁ。でも、凄く綺麗に見えたんだ」


 その雷韋を見下ろしていると、ふと雷韋が顔を上げた。


「何さ?」

「それにしても、よく偽物だと見抜いたな。偽物が飾ってあるだろう事は分かったが、俺には本物と偽物の区別はつかんからな」

「え~? 本物とじゃ光り方が全然違うよ。でもこの紅玉ルビーの耳飾り、一目見ただけで綺麗だって思ったのに」

「お前、こういうもんが好きなのか?」

「そりゃ、育ちが盗賊組織ギルドだし、目利きだってそれなりだぜ? それに……」


 そこまで言って、雷韋は紅玉の耳飾りを見つめ直した。


「こういうの、綺麗なもんってやっぱ好きでさ、前は着けてたんだ」


 少しだけ寂しげにいう。


「どうして着けなくなった」

「そりゃ!」


 雷韋は急に気分を害したように顔を顰めて言う。


「変な連中に何度も捕まりそうになったからだよ」

「変なってな、なんだ」

「人攫いだよ!」


 当時を思い出したのか、雷韋は自分の両腕を抱きしめて身震いする。そして続けた。


「だから耳飾りとか、首飾りとか、腕輪とか、そういうの全部売った」

「へぇ。お前みたいなのを攫おうってな酔狂がいたのか」


 少し茶化すように言うと、雷韋は思いっきり嫌な顔をして陸王を見る。


「嫌だけど、いたんだよ! 昨日も変な酔っ払いが頬ずりしてきたろ!? あ~、気持ち悪い!」


 頬ずりの感触を思い出したのか、雷韋は頬を拭った。


 そこで陸王は思い出した事があった。


「そう言や昨日、頬ずりされて、お前、喉が鳴ったな。唸り声というか」

「え? あぁ、うん」


 急に思い出したかのように雷韋は自分の喉をさする。


「心底嫌だと思ったときなんかに、勝手に喉が動物みたいに鳴るときがあるんだ。なんでだろうな。やっぱ獣の眷属は光竜こうりゅうが創った獣なのかな? だって、光竜は獣神けものがみだろ?」

「俺が知るかよ」

「そりゃまぁ、そうなんだけどさ。獣の眷属の俺だって知らないんだから、人間族の陸王が知ってるわけないよな」

「当たり前だ。それより、ここで時間を潰すつもりか? 欲しいもんがありゃ、買えばいい。ただし、財布とよくよく相談してな」


 雷韋はまた急に話が変わった事にきょとんとした顔をしたが、すぐに難しい顔になった。


「ん~、この紅玉の耳飾り、すっげぇ惹かれるんだよなぁ。でも、この偽物じゃ嫌だし、だからって本物って言ったら高いし。やっぱ無理だよ~」

「なら、もう行くぞ」

「次はどこに行くんだ?」

「さてな。第一、宝石商に来たのはお前だろうが」

「まぁ、そうなんだけど」


 言って、雷韋はへらりと笑った。


 だが、結局そのあとも雷韋が装飾品を並べる露店や宝石店をふらふらと彷徨さまよい、自然と雷韋主導の足運びになった。

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