紅い贈り物 二

 余計な事と言われて、雷韋らいは全く面白くない。

 しかし、言った方の陸王りくおうだって面白くはなかった。だから重ねて言った。


「お前がしようとしている事は『余計』な事だ。余計なお節介を焼いて、何か得があるのか?」

「人を助けるのに余計な事も、損も得もあるもんか!」


 雷韋は拳を握りしめて強く言う。


「だからお前はお子様だってんだ。厄介事を背負うって事は、俺達のどちらかに何かが起こってもおかしくないってこった。対は互いに命綱だ。そいつを顧みねぇのは考えなしってんだ。侍である俺はともかく、精霊使いのお前を危険な目に遭わせるわけにはいかねぇ」


 陸王が言うのに、雷韋はむっとした。


「剣技だったら、俺だってそこそこ持ってるよ」

「刀を振り回す相手に、盗賊組織ギルド上がりのお前の腕がどこまで通じるか」

「そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ?」

「もとの身体が傭兵だったらどうする。少なくとも、お前よりは一枚も二枚も上手だぞ。いや、ごろつき相手でもどうなるか分からんな。何せ、呪われた刀を持っている。おそらくだが、妖刀にはそれなりの剣技を発動する力が宿っていると見ていい」


 一気に捲し立てられて、流石に雷韋からは答えが返ってくる事はなかった。視線もいつの間にか落ちている。


 がっくり力を落とした雷韋の様子に、陸王は声をかけた。


「無茶をするんじゃねぇ。危ない事にはできるだけ首を突っ込むな」


 言葉とは裏腹に、その声音は酷く優しかった。本心から雷韋を心配しているという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。


 もう、雷韋の腹が煮える余地はなかった。それでも諦めきれない思いは、胸の内に確かにあった。


 灰に埋もれた種火のように。


 それでも陸王は、何も反論してこなくなった雷韋を見て、胸の内でほっとしていた。だから言った。


「こいつは誰のせいでもねぇんだ。なんだって妖刀なんてもんが出来たか知らんが、そいつで犠牲が出るのはお前のせいじゃねぇ。もし使い手が現れても、殺すのもこの俺だ。それで感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。そこんとこは気にするな」


 そう言われて、雷韋は小さくこくりと頷いた。


「よし。分かったら飯を食いに行くぞ。昼時はもう過ぎちまったからな」


 言って立ち上がると、雷韋ものろのろと寝台から降り立った。


 そんなあからさまに元気のない雷韋を伴って、陸王は階下へと下りる。


 席は八割方埋まっていたが、二人は空いている席に着いた。そして給仕に注文するのは陸王だった。雷韋の分まで次々注文していく。当然その内容は質素なものだった。と言うよりも、いたって普通の品目と量でしかないのだが。


 それぞれが注文に応じた銅貨を払ったあとも、雷韋は無口だった。ぼうっとしたように卓の上を見つめている。だからと言って、生気が抜けたというわけでもなく、どこか考え込んでいるような風情なのだ。


 それを見透かして、陸王が声をかけた。


「雷韋。余計な事は考えるなよ。話は決まったんだ」

「でも、これって、本当は紫雲しうんの仕事だ」

「だからなんだってんだ」


 雷韋はそこで顔を上げて陸王を見た。


「紫雲も護衛の中に入って貰わないか?」

「あ?」


 途端に不機嫌な声が漏れる。


「あいつはあいつで動くんだろうが」

「そうだけど、もしかしたらってことあるじゃんか」

「妖刀が現れるってのか」

「出たら拙いだろ?」

「んな事で連れて行くくらいなら、隣町に行けと忠告してやった方がまだましだ」

「それは……」


 陸王の言葉に、雷韋の眉が八の字を書く。


「奴がこの町にいるのは情報を探るためだ。その上で隣町がいいと判断したなら、勝手に移っていくだろう。野郎をいちいち頼ろうとするな。本当に出るのかどうかも疑わしいってのに」


 最後に、馬鹿らしい、と陸王は吐き捨てた。


「じゃあ、出ないと思ってる?」

「簡単には現れんだろう。修行モンク僧達が探し回って、未だに見つけられていないんだ」

「そっか。そう言われれば、確かにそうなんだよな」

「考えるだけ無駄だ」


 雷韋が俯いたとき、二つの杯が先に届けられた。


「食事もすぐに持ってきますから、ちょっと待っててください」


 給仕の女がそう言って踵を返した。それを見遣って、


「ほら、お前の分だ」


 陸王が雷韋に片方の杯を差し出してくる。

 雷韋はその杯の中に入っている液体を見て大きな声を上げた。


「水じゃん。水の方が高いのに」

「俺の奢りだ。それ飲んで、少しは頭を冷やせ」

「あ、ん~」


 溜息とも呻き声ともつかない息を吐き出して、雷韋は杯を両手で目の前に引き寄せる。ほんの少し杯の中を見つめていた雷韋だったが、そのまま半分ほどを一気に飲み干した。


 水を飲み、盛大な溜息をついた雷韋を見て、陸王が声をかけてくる。


「少しは落ち着いたか?」

「落ち着いたって言うか、戻ってきてから喋りっぱなしだったから、ほっとした」

「そうか」


 雷韋の返事にぽつりと返して、陸王も杯を傾ける。その陸王に、雷韋は尋ねた。


「なぁ、これからどうする?」

「どうするとは?」

「俺達も魔剣の情報、聞いて回った方がいいんじゃないか? 暫くこの町にいるんだしさぁ」

「その必要性は感じんな」


 言って、小気味よい音を立てて杯を卓に置いた。


「なんでさ」

「情報を集めるのも、始末をつけるのも、あの男の役目だからだ。俺達にはなんの関わりもない」

「俺達も協力すれば、早くに問題が解決するかも知んないじゃん」

「だったら、協力すれば金が手に入るのか? 俺とお前がこの町にいるのはお前の路銀を貯めるためだ。協力してやったところで、あの男から望むだけの金が入るとは思えんな」

「この話は金の問題じゃないだろ?」


 それを聞いて、陸王は溜息をついた。


「なんだってそんなに肩入れする。大体、ここに来るまで妖刀の『よ』の字も聞いた事がねぇんだぞ」

「それは俺達が南の方から来たからだろう? 魔剣は、東から西に向かってるって……」

「肩入れする理由はなんだ」


 陸王は雷韋を真剣な目で見た。見られて雷韋は、陸王を睨み返す。


「別に肩入れしてない。大変な事が起こりそうだから、危険だから! だから俺は気にしてるんだ」

「雷韋」


 一言、陸王は口に出した。その声音は冷たいのでも苛立っているのでもない。どこまでも冷静なものだった。


「食堂の中を見てみろ。誰か一人でも不安そうな奴がいるか」


 陸王は言って、すっと視線を動かした。その視線に誘われるように、雷韋は視線だけでなく、顔も動かした。食堂の中を見渡すように。


 八割方埋まっている食堂の中は賑わっている。昼間から酒を飲んでくだを巻いている者や、食事が終わって寛いでいる者、中には酔っ払ってそのまま潰れている者まで様々だ。


 だが、雷韋の目に映る誰一人として、焦りや恐怖を表している者はいなかった。皆、それぞれの時間をそれぞれに過ごしているといった風だ。


「物騒な噂が流れりゃ、こんなに安穏とはしてねぇよ」

「知らないんだったら、知らせた方がいいんじゃないのか?」


 雷韋は顔を戻して陸王に言った。それに対しても、陸王からは冷静な言葉が返ってきた。


「なんの為に」

「危ないからに決まってんだろ」


 雷韋が不満げに言うと、陸王は雷韋に指を突きつけた。


「よく考えろよ、雷韋。この周辺に異変がないからこんなに平穏なんだ。東から西に向かってると言っても、どの辺りの話か分からんだろうが。ただ言えるのは、この近辺には何も起こってねぇって事だけだ。昨日、斡旋所に行ったときも、不穏な話は出なかっただろうが」

「それは……そうだけど」


 陸王の勢いにたじろいだとき、注文した食事が届けられた。

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