第五章

紅い贈り物 一

 部屋へ戻り、陸王りくおうに促されるまま雷韋らいは見聞きしてきたことを話した。紫雲しうんが立派すぎるほどの部屋を借りられていた事や、どうしてその部屋を宛がわれる事になったか、そして彼の役目である妖刀を追っている事を順に。


 その間、陸王は話は促すが、余計なことは一言も言わずに黙って聞いていた。


 そうして雷韋が全てを語り終わった頃になって、ようやく言葉を零す。


「妖刀か。また面倒なことを聞いてきたな」

「だって、剣があったら触りたくなんねぇか? 特にあんたは侍なんだ。剣……、刀を見たら触りたくなんないか?」

「お前じゃねぇんだ。他人様のものに興味を抱くほど見境ねぇわけあるか」


 寝台に横になって目を瞑ったまま、陸王は宙に向かって口を開く。


「ん~、それって、出会ったときのこと言ってる? 俺が吉宗盗ったこと」


 雷韋はむくれたように口に出した。寝台の上であぐらを掻くようにして座っていたが、姿勢が悪くなるのも構わず、雷韋は壁に背を預ける。


「当たり前だ、バカザル」

「あーっ! 今までで一番酷い言われようだ! これまでは『クソガキ』か『サルガキ』だったのに!! 『バカザル』って酷くね!?」


 今度はいきなり身を乗り出す。


「煩ぇ。んな事ぁどうでもいいんだよ」


 その淡々とした言い口に、雷韋は、ちぇっとねて舌打ちした。


「それにしても、東には行くな、か」

「だって、西に向かってるって言うんだぜ? 別にこの町を通るかどうか知んないけどさぁ、東は危ないよ。出会でくわしちゃったらどうなるか分かんねぇもん」


 拗ねたままで、唇を尖らせて言い募る。


 それを陸王は鼻で笑った。


「忘れてるのかも知れんが、今度の仕事は東町までの護衛だ。今から覚悟しておくことだな」

「えぇ!? そんなの聞いてないよ!」


 雷韋は大声を張り上げた。その様子から陸王は、


「お前、書類を読まなかったのか?」


 どこかつまらなげに言い放つ。


「そんなん見なかったよ! 名前書けって言うから名前書いただけだ」

「馬鹿たれが。契約書はきちんと読んでおくものだろうが」


 それは吐き捨てるような言い口だった。


「んなこと言われたって、今から契約解除とか駄目かな?」

「出来んこともねぇだろうが、どうせほかの連中が代わりに行くことになる。俺は行っても行かなくても、どっちでも構わんがな」


 そうなのだ。陸王と雷韋が行かずとも、商人は東の町が目的地だし、その護衛は誰かがやらなくてはならないのだ。今度の仕事で東に向かわないのは、一時凌ぎでしかない。しかも、現れると決まっているわけでもないのに。先回りしてこの町に来たと紫雲は言っていたが、彼が空振る事も充分あり得るのだ。現状では何も分かっていないのだから。


 ほかから、妖刀の『よ』の字すら聞いていない。陸王や雷韋が聞き込みをしているわけではないのだから当たり前だが。


「現れるか現れんか分からんものに怯えていてどうする。あの男ですら何も分かっていないんだろうが。聞き込みはこれからなんだろう?」

「そうだよ」


 項垂れて答える。


「だったら、本当か嘘かも分からんお伽噺とぎばなしだとでも思っておけ」

「現れたらどうする? きっと、町が滅茶苦茶になる。犠牲者は出てるって言うんだ」

「出たら逃げるさ。俺達には関わりのねぇ事だ。修行モンク僧に任せておけばいい」

「犠牲者が出るのに、放って逃げるのか?」


 非難を含んだ声が陸王に向けられるが、陸王はその事で何の痛痒も感じなかった。はなから関わり合いのない話なのだ。


 それ以上に、修行僧に近づきたくない。あれはたかが人間族のくせに、陸王にとっては神聖魔法リタナリアを使う天敵なのだから。


 それに、雷韋に言ったように妖刀が出ようが出まいが、陸王には関係のない話だった。妖刀で人死にがどのくらいでようと、逃げるが勝ちだ。相手をするのも馬鹿らしい。相手をして、何かいい事があるわけでもないのだ。だからと言って、妖刀と対峙して負けるとは思っていない。所持者を殺す事は、おそらく簡単にできる。問題はそのあとだ。妖刀をどうするか。人が手にすると精気を吸い取られ、当て処もなく妖刀は再び移動を開始するのだ。そこにどんな呪いがかかっているのか、それすら分かっていない。


 やはり、相手にするだけ損だと陸王は思う。


 もし妖刀と出会しても、出来るのは所持者を殺す事だけ。そのあと、紫雲に知らせて処理を行わせる。陸王に出来る事と言えば、その二つしか考えられなかった。


 陸王のはらはそれだけで決まった。


 雷韋がいらん智恵を巡らせなければ、それで終わりだ。そうするだけで、陸王は紫雲から離れられる。二度と会う事もないだろう。


「雷韋、どうする。あの仕事、請けるのか? 請けんのか? 俺は言ったとおり、どっちでも構わんぞ。請けんのなら、ほかの仕事を探す」


 その言葉に暫くの間、雷韋からの言葉はなかった。時々唸るような声を上げるだけだ。


 思い出したように上がる唸りを聞いているうちに、陸王は徐々に眠気を催してきた。要は退屈になってきたのだ。雷韋からの返答はないし、陸王の肚は決まったしで。雷韋の返答が返るまでは考える事もない。退屈になって当然だった。


 第一、元々暇を持て余していたから、酔いもしない酒を飲んでいたのだ。酔えない身体というのも、つくづく面白くないものだと思う。いくら飲んでも、短時間ほろ酔いになるのが限度なのだから。それ以外は勝手に解毒してしまう。


 意識が途切れ途切れになっていくのを自覚しながら目を瞑ったままでいると、急に雷韋から、うん! と頷く声が上がってはっとなる。


「どうした」


 雷韋の方へ顔を向けると、雷韋は陸王の顔をしっかり見つめていた。


「あの仕事、やるよ。請ける。魔剣が現れたら襲われる人が沢山出るだろうけど、その時は戦うよ。魔剣を持ってる人が手遅れじゃなかったら、助けたいし」

「なんだと!?」


 陸王は似合わず頓狂な声を上げて、両肘で起き上がった。


「お前、何を言っているのか分かっているのか」

「何がさ?」


 反対に雷韋は落ち着いた声を出した。


「妖刀を持っているやつを助ける? 馬鹿言うな。妖刀の力がどの程度か知らんが、所持者を殺しちまった方が早ぇだろうが。それに危険も少ない」

「あんたこそ何言ってんだよ。生きてるんだぞ。魔剣を持ってたって、生きてるんだぞ。なのに、なんで殺す一択なのさ」

「一番危険が少ないからだ」

「じゃあ、殺したとして、魔剣はどうすんのさ? それに、ちょっと斬られただけでも精気を吸われて死んじゃうんだぞ。その手当もしなきゃならないだろ? だから俺、考えた。呪われてる剣で切られたら、きっとそれは呪いがかかるって事なんだ。呪いなら、大地の精霊で癒やせる。大勢怪我人が出ても、助けられる人も多い。だから俺は仕事を請けるって言ったんだ。最悪の場合、俺に出来る事をしたいから」


 雷韋の呆れたお人好し加減に陸王は起き上がって、瞳を真っ直ぐに合わせた。


 雷韋の深い琥珀色の瞳は真っ直ぐ前を向いている。陸王の剣呑な色の乗った黒い瞳に射貫かれても、それは変わらない。真っ正直に、真っ正面だ。


 それは、自分は何も悪くない、そう言っている瞳だった。


「雷韋、俺はほかの連中なんざどうだっていい。俺が第一に考えるのは、俺とお前の安全だ。お前は俺の生命の綱で、俺はお前の生命の綱だ。こいつだけは決して変える事は出来ん。その上で言う。もし妖刀を持った奴が現れたら、この俺が始末する。そして、あの男に妖刀を始末させる。これが一番の方法だ。そうすりゃ、あの修行僧も面目が立つだろう。俺達が余計な事をする必要はねぇんだ」

「余計?」


 雷韋はそこで初めて瞳に非難の色を浮かべた。


 だが、陸王は構わなかった。

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