第二章
宿場町の出会い 一
宿場町に着いたのは夕方前だった。夕食にするにはまだ早いといった時刻か。
城壁に囲まれた町自体はそれほど大きくもないが、小さいわけでもなかった。それに街道の要衝と言うだけあって、大勢の人で賑わっている。そのせいか、宿はどこも既に満室状態で、何軒も回ってやっと今夜の宿を見つける事が出来た。
それでも取れた部屋は一室、二人部屋だった。
その部屋の中で、それぞれ
雷韋は横になって目を閉じている陸王をじっと見遣っていたが、やがて声をかけた。
「なぁ、何
そう言う雷韋を、陸王はちらと横目に見遣って、心底嫌そうな声を出す。
「誰が拗ねてるだと?」
「だから、あんた」
「お前じゃあるまいし、拗ねるか」
「じゃあ、部屋取ってからなんでずっと無言なのさ。拗ねてるんじゃなかったら怒ってんのか?」
「怒ってもねぇよ。ただ、なんだってお前と二日も続けて同じ部屋なのかと思って、心底嫌になってるだけだ」
「昨日は村の宿だったから、大部屋だっただけじゃん。それに、今日はこの部屋取るのだってやっとのことだったじゃんか。文句言うな」
拗ねてるのかと聞いた雷韋の方こそが拗ねた声を出す。
それに対して、陸王は長嘆息を吐き出した。
「お前は煩ぇだろうが」
「煩いって、何がさ」
「存在そのものがだ」
「存在……何がさ!?」
雷韋は思わずといった調子で声を荒げる。
陸王は参ったとばかりに吐息を零して、言った。
「寝てても煩ぇだろうが。ばたばた寝返り打ちやがって。その気配だけでも目が醒めるんだよ。おまけに寝相が悪いから余計にな」
陸王の言うのに、雷韋は一瞬言葉を詰まらせたが、反論する。
「んな……、確かに寝相は悪いかもしんないけど、寝返りがうるさいって言われても俺にだってどうしようもねぇよ。寝返りなんて誰だってすんだろ?」
「お前の場合、その寝返りの音が煩ぇんだ。気配もな」
「気配ってさ、そんなんどうすりゃいいんだよ。でもおかしいよな。普通は眠りが深くなるはずだろ? 対が傍にいんだから」
通常、対が傍にいると、その魂の気配に安心して眠りが深くなる。雷韋など、陸王曰く、
だが、陸王は違った。
元々眠りが浅い上に、殺気が満ちる
それでも、陸王にも変化がなかったわけでもない。眠りが深くならない代わりに、雷韋の気配に安堵するのだ。
傍にいる。
ただそれだけで、胸に開いていた穴がぴたりと塞がる感じを受ける。
雷韋は眠りが深くなったが、陸王は雷韋の姿や気配が確認される、それだけでよくなった。どこにも不満がない。
二人の違いはそれだった。
しかし、それだからこそ、陸王は雷韋の寝返りを打つ気配にも眠っていた意識が浮上することになったのだが。
厄介なことだが、これも魂の条理の一つだ。
雷韋の言葉に陸王は面白くなさげに返した。
「別に俺は眠りが深くなるようなことはない。だから寝てても煩ぇお前と一緒なのは勘弁して欲しいんだ。大部屋しかねぇ村の宿ってんならしかたねぇが、町の宿だってのに」
「それだって、やっと取れた部屋じゃんか。それともどこにも部屋が取れなくて、
「冗談だろ。それなら野宿した方がまだしもましだ。木賃宿じゃ、まともに眠れねぇからな」
「だったら、二人部屋くらいで文句言うなよ。いるのは俺だけなんだからさ」
「それにしたって、煩ぇのがな」
その言葉のあとに口中でぶつぶつと呟く陸王を、雷韋はむっすりとした顔で眺めていた。面白くないことこの上ないのだ。それに心外だった。己が
雷韋はそんなことを考えていて、だんだん腹が立ってきていた。鼻の穴を膨らませて、大きく息を吐き出す。
そんな雷韋を横目に見遣り、
「なんだ」
陸王は問いかけた。
「面白くない! 寝てる間のことなんか、俺が知るかよ」
「ま、無意識にやってることだからな」
「それが分かってんなら、文句言うな。……それよかさぁ」
文句のついでのように付け足した。
「部屋でゆっくりしてるのはいいけど、仕事、請けるんだろ?」
「あぁ」
「まだ飯の時間まで時間があるよ。仕事探してこないか? 斡旋所の場所、宿の親父に聞いてさ。ここでこんなことしてても不毛だ」
文句じみたそれを聞いて、陸王は小さく吐息を吐き出した。
「珍しくまともなこと言うじゃねぇか。確かにこのままは不毛だ。なら、仕事を探しに行くか」
言いながら上体を起こして、そのまま出掛ける用意をし始める。
雷韋も倣うように身仕度を始めた。
そうして支度を調えたあと、宿の主人に斡旋所の場所を尋ねてから出掛けた。
陽はまだ高く、夕食時までにはまだ間があることを知らせている。
二人はまず、商人達が泊まる厩舎のない宿が建ち並ぶ通りまで出た。
一般的な宿にはほとんど厩舎があるが、商人達が泊まる宿には厩舎がない。彼らは荷馬車に商品を乗せて運んでいるが、それは商館に預けてしまうから厩舎がない宿に泊まるのだ。普通の宿に馬や荷車を預けるより、商館に預けた方が金額的にも安く、荷の管理もしっかりとなされるからだ。普通の宿に荷駄を預けると、料金が高いばかりでなく、荷が荒らされたり、下手をするとそのまま盗まれることもある。その点、商館なら安心だ。商人専用であり、商品管理に落ち度があると商館そのものの信用が落ちてしまう。特にこの町のように、商業
だから商人達は荷駄を商館に預けると、厩舎のない宿に多く泊まることになる。宿の料金としてはほかと変わりないが、商人が多く集まるために各地の情報が集まっているのだ。それを基にして、商売の手を広げることもある。
商人達が集まる宿にも一般の客が泊まることも出来るが、断られることもある。所謂、専用宿というやつだ。そういうところは商人達の集まる場になっていて、一般の客は断られるが、逆に受け入れているところもある。そういう宿には傭兵達も集まる。商人達から情報を買うためだ。どこで何が起きているか、戦が起こっているか否かなど。それによって、傭兵達は各地に散っていく。
無論、陸王もそうして情報を買いながら渡り歩いてきた。今は雷韋がいるからそうもいかないが。
通りは店舗兼住居が
雷韋はその流れを眺めつつ、宿の主人の言葉を思い起こして言った。
「この通りを東に向かったらあるって言ってたよな」
「あぁ」
陸王が短く返事をするが、通りの向こうにはまだ斡旋所の看板は見えない。
「この辺にはまだ看板見えないな」
「それらしき建物もねぇ。暫く歩いてみるしかねぇだろう」
「そだな」
短い会話を交わして通り沿いに歩いて少しすると、建物の前に数人の男達が座り込んで酒の瓶を呷っている姿が目に入った。
それを見て、雷韋は嫌そうに顔をしかめる。酔っぱらいは嫌いなのだ。
その男達の背後には結構な大きさの建物が建っていた。おそらくそこが斡旋所だ。
斡旋所では酒や軽食が提供されていた。外で酒を飲んでいる、明らかに酔っ払いと見える男達は外の風に当たって酒を飲もうと出てきた者達だ。
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