対のありよう 三

 そんな態度を見て、陸王りくおうは苦笑した。


「なるほどな。嫉妬か」

「嫉妬? 俺が?」


 雷韋らいは頓狂な声を上げて、ぱっと顔を上げる。


「嫉妬だろうが。周りには対だらけ。それぞれに信頼し合ってる。それも心の底からだ。そんな中にお前一人だけ対がいねぇ。仲間外れのようにも感じただろうし、嫉妬もしたんだろう。ガキだな」


 ガキだと断言されて、雷韋は何かを言おうとしたが、すぐに考え込む風を見せてから俯いてしまった。


「そうなのかな? 確かにあの頃は俺はまだずっとガキだったけど」

「そうだ。つまらんガキの嫉妬だ」

「でも、好きではあったんだぜ? みんなのこと。誰とつるんでもさ」

「それでも信用できなかったんだろうが。そんなものは、表面上の『良好関係』ってやつだ。そんなのは俺だって経験してる。普通にな。だが、俺はそいつを特別思うことはなかった。対がいなけりゃ、んなのは当たり前のことだからだ。嫉妬したり、寂しく思うってのは単にガキって証拠だろう」


 そこまでずけずけ言われて、思わず雷韋も言葉をなくす。


 二人の間に少しの間沈黙が落ちて、それでも先に口を開いたのは雷韋だった。


「そんな酷ぇ言い方しなくったって言いじゃんか」

「ガキをガキと言って何が悪い。全く、呆れたもんだな」


 そう言って、陸王は嘆息をついた。


「んなの、しょうがないじゃん。そう思っちまったんだから」

「そいつはもういい。兎に角、だ。掏摸すり以外でも金を稼いだことはあるんだな?」

「まぁな。でも、遺跡に潜ったことくらいしかないぞ? 俺が人間の役に立てるのなんて、遺跡に仕掛けられた罠を調べるとか、解除するとかしかなかったんだから。あとはお宝の鑑定とか、時々は魔術も使ったけどさ」


 文句を言うように言った雷韋だったが、だけどさ、と言葉を繋げる。


「長続きしなかったんだよなぁ。誰と一緒にいても。だから、どうしても財布をることの方が多くなった。そっちの方が手っ取り早いんだもん。故郷に帰ろうとも思わなかったし、根無し草やってる方が楽しいかなって、なんとなくさ。でも、そんなことしてたらあんたと会ったんだ」

「あぁ、覚えてる」


 陸王は再び渋面じゅうめんになって言った。


「『吉宗よしむね』をさらっていったっけな、馬車の中から」

「悪かったよ。でも吉宗はあんたのもんだし、俺には扱いきれなかったし、ちゃんとすぐ返したろ?」

「馬鹿言うな。俺が取り戻しに行ったんだ。お前からご丁寧に返して貰った覚えはねぇな」


 二人の出会いは、雷雨の夜の幌馬車でのことだった。


 とある国の領地と領地を行き交う馬車に陸王がほかの乗客と共に乗っていた途中、ずぶ濡れの雷韋が御者に拾われたのが切っ掛けだった。拾われた雷韋は、すぐに陸王が肩にもたせていた刀に目をつけた。そして、馬車の車輪が溝に落ちたときの揺れで体勢を崩した陸王から、彼の刀、吉宗を奪って逃げたのだ。


 吉宗は神剣だ。神をもほふることすら出来ると言われている。陸王が日ノ本を離れる際、守り刀として持たされたが、吉宗は神剣故に意思を持ち、持ち主を選ぶと告げられた。どんなに優れた剣の使い手であろうが、吉宗の神意に沿わなければその刃を抜くことは出来ない。だが、陸王は難なく刃を抜き払った。その瞬間、陸王は吉宗に使い手として認められたのだ。吉宗はどんなことがあっても決してこぼれないし、錆が浮くこともない。


 それこそ、神剣だからだ。


 一方、奪った雷韋は高く売れるのではないかと期待して刃を抜こうとしたが、当然の如く吉宗の刃を抜くことは出来なかった。結局、雷韋はあっさりと吉宗を放り投げた。未練はあったが、刃の抜けない刀など売れるはずもないと考えて。そこに陸王が現れたのだ。


 吉宗が『呼んだ』からだ。例え吉宗を手放してしまったとしても、つるぎは持ち主である陸王にしか聞こえない音を発して呼び寄せる。


 そこで一悶着あったが、結果としてこのことが二人のえにしの始まりだった。


 出会い、別れ、出会い。繰り返すうちに、対だと分かった。


 ひとたびの出会いも別れも、全てが魂の条理のうちにあったのだ。


 その結果、こうして今に至っている。


「ん~。確かに『はい、どうぞ』って返したわけじゃないけどさぁ、結果としてはちゃんと手元に戻ったんだからいいだろ? ……でさ」


 雷韋はねた語調から、話をすり替えるように口調を改めた。


「結局、俺に何して働けって言うのさ。力仕事なんて出来ねぇし、商人の護衛なんてのも出来ないぜ? あぁ言うのは腕っ節の強い傭兵や傭兵崩れがやるもんだし、俺は全然年が足りてないし。斡旋所に行ったって、馬鹿にされて追い出されるだけだ」


 それを聞いて、陸王は雷韋の額を指で弾いた。


「いって」


 小さく文句を言うが、陸王はまるで相手にしていなかった。


「しょうがねぇな。なら、俺も力を貸してやる。お前の言うとおり、お前一人じゃまともな仕事がねぇだろうからな。俺がいりゃあ、商隊の端くれにでも入れて貰えるだろう」

「でも、安いぜ? 一つところで行ったり来たりすんのか?」


 商人の護衛をすると言うことは、少なくとも次の街まで護衛するという事だ。その場合、送り届けた街で商人から護衛終了の証書を受け取り、それを仕事を請け負った斡旋所に持っていって換金しなければならない。つまり、もとの街まで戻らねばならないのだ。その上、一度程度では大した金にはならない。


 それを見越してか、陸王は言う。


「仕方あるまい。暫く一つところに腰を据えて、真面目に仕事をするだけだ」


 その代わり、と言って、陸王は雷韋の琥珀の瞳を強く見据えた。


「飯代は節約しろ」

「えぇ!? これから町に行くんだろ? 宿場町! 宿に泊まるんだよな? ちゃんとした飯食えるところだろ? 木賃宿きちんやどとか言わないよな?」


 木賃宿とは、料金が安く素泊まりだけの宿だ。食事は外で済ませるか、薪代を払って台所を借りて自炊しなければならない。質の悪いところなら、部屋も大部屋で雑魚寝だ。主に、親方を捜して旅をする金のない職人見習いが泊まることが多い。皆、金を持っていないから宿周辺の治安も悪く、雑魚寝の宿などでは寝ている間に懐を探られることもよくある。


「安心しろ。流石に質の悪い木賃宿はねぇよ」

「じゃあ、木賃宿自体はあり得るんだな?」

「大丈夫だ。木賃宿は俺がお断りだ。例え個室があっても寝台が汚ぇ」


 腕を組んで言う陸王に対して、雷韋はほっと胸をなで下ろした。


「雷韋、今どのくらいの懐具合だ」

「ん~、いつもの調子なら、あと一日ってところかな」

「そうか。なら、次の町で暫く過ごすぞ。宿場町だし街道の要衝って話だからな。護衛の仕事ならごろごろ転がっているだろう」


 それを聞いて、雷韋は恨めしそうに陸王を見上げる。


「その間、飯代節約?」

「そうだ。稼ぐ以上に使っていたら元も子もないだろう」

「折角、宿で旨い飯が食えるのにぃ。じゃあ、今夜は最後の食い納めだな」


 がっくりと肩を落とす。


「何も絶食しろと言ってるわけじゃねぇ。大体お前、野宿の時は干し肉を一枚か二枚食う程度で収まってるだろうが。普通の量でも我慢できるだろう」

「旨い飯は腹一杯食いたいよぉ」


 その雷韋の声音は、なんとも情けなさそうなものだった。


 そんな雷韋を相手にするのも馬鹿らしく思えてきて、陸王は組んでいた腕をくと少年を置いて無言で道の先を歩き出した。


「あ、陸王!」


 慌てて雷韋がそのあとを追って、隣に並ぶ。


「今夜は目一杯食うかんな! 食い納めなんだから」

「死刑囚でもあるまいに。勝手にしろ」


 馬鹿らしいとばかりに言葉を吐き出す。


「絶対! ぜーったい、目一杯食ってやるんだからなぁ」


 緑に切り取られた青い空に、暫く雷韋のそんな声が響いていた。

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