対のありよう 二

 この世界の全ての生命はいんようで出来上がっている。だが、完全な陰陽ではない。陰に僅かに陽が混じる魂を『少陽しょうよう』と言い、陽に僅かに陰が混じる魂を『少陰しょういん』という。それを『極』と言い、極は含有する魂の陰陽が真逆のもの同士が惹かれ合い、『つい』になる。対の魂は傍にいると『太極』を作ることから、総じて『太極魂たいきょくこん』とも呼ばれる。


 つまり、陸王りくおう雷韋らいの魂は陰陽の含有が対極の『対』なのだ。雷韋が陰で、陸王が陽。


 通常は、同族間で『対』が生れる。人間族の場合は女に陰が宿りやすく、男に陽が宿りやすい。その逆もあり得るが、大抵そうだ。そして、そのまま『つがい』になる。


 人間族に『異種族』と呼ばれる『獣の眷属』はその限りではないが。


 獣の眷属は、原初神である光竜こうりゅうが生み出した種族だ。光竜が獣神けものがみだから、彼らは獣の眷属と呼ばれる。そして大概が長寿であり、美しいが、繁殖能力は低い。更に、獣の眷属の間では同性同士の対が生まれやすくもあった。逆に人間族の寿命は儚いものだ。その為、短い期間で子孫を残していかなければならない。けれど、獣の眷属は長寿故に、人間族と同等の繁殖をしていけば世界の均衡を崩してしまう。それを防ぐために、同性間の対は多く、番も多い。人間族には忌避され、刑罰で罰されることもあるが、獣の眷属にとっては同性愛は忌避するものでもなんでもない。通常的にあり得ることだからだ。


 また、人間族も獣の眷属も、兄弟姉妹で対であることもある。その場合は、そのまま番となる事も多い。近親婚は珍しいことでもなんでもないのだ。


 対がいない魂はない。対極の魂がなければ、人は徐々に病んでいく。静かに狂っていくのだ。


 対が見つけられない者や、戦争で失ってしまった者達は、最後には狂い死ぬ。長年連れ添って、寿命で失う場合はその限りではないが。その場合は、残された魂は徐々に衰弱して、あとを追うように死んでいく。


 そして通常は対の魂は同族間に生まれるが、異種族間に生まれることもある。


 陸王と雷韋がそれだ。彼らは種族も違えば、生まれた場所さえも違う。それでも巡り会ったのだ。


 そう出来ている。


 異種族間に生まれ落ちても、魂は知らずのうちに惹かれ合って、時間をかけてもやがて出会うことになる。


 それがこの世界の理だ。絶対に動かせない魂の条理。


 対は対を嫌ったり、憎んだり、拒絶することが出来ない。これも魂の条理で、動かしようがない。


 そうして世界は上手く廻っている。


 ただ、人間族だけが起こす戦争という『わざわい』で失ってしまう場合はどうしようもないが。


 そんな魂の条理があって、今も雷韋は陸王の掌から魂を感じて大人しくなっているのだ。


 雷韋は、これは狡いと思っている。どう頑張っても、反発が出来ないのだから。こうして頭に手が置かれているだけでも魂が共鳴して、文句らしい文句も言えなくなる。


 だから、陸王は狡いと思う。けれど、そんなことも言えないくらい、どうでもよくなってしまうと言うか、ふっと激情が冷めてしまうのだ。


 もし陸王がそれを分かってやっているとしたら、本当に狡いと思う。それしか頭に浮かばなかった。


「ちぇっ、狡ぃや」


 陸王に聞こえないよう、口の中だけで雷韋は呟いた。


「何か言ったか?」

「別に、なんでもないよ」


 言って、雷韋は頭を振ると陸王の手から逃れた。


「んじゃ、もう行こうぜ。この道進むと今度はどこに出るんだっけ? 朝、宿の親父となんか話してただろ?」

「あ?」


 突然変わった話の矛先が思わぬ方向のもので、途端に陸王から不機嫌な声が上がる。


「お前の目の前で話していただろう。聞いてなかったのか?」

「俺は飯食うのに集中してたもん。それに、あんたが聞いていればそれでいいことじゃんか」


 俺は関係ねぇよ、と面白くなさそうに付け加える。


 どこか開き直った風な雷韋に、陸王は頭を乱暴に掻いた。


 雷韋は大抵そうだ。村に泊まろうが街に泊まろうが、次の目的地についてを聞いていない。陸王が宿の主人などに尋ねているのを傍で聞いているはずなのに。きっとそんな情報は、右の耳から入って左の耳に抜けていくのだろう。


 聞いているのに聞いていないのだ。


 今更それを責めるのも馬鹿らしく思えて、陸王は説明した。


 今歩いているこの道は、今朝出発した村ともう一つの村を繋ぐ道でしかなく、街道とは違う。この道を主に使うのは行商人や旅芸人達と言うことだった。街道に出るには、この先にあるもう一つの村を素通りして、先に進まなければならないと。街道に出れば、夕刻までにはそこそこ大きな宿場町に辿り着くという。そこが街道の要衝になっているのだ。


 それを説明すると、


「へぇ。ここ、轍の跡があるから街道だと思ってた」


 浅い轍の残る地面を蹴りつけてみせる。


「昨日、街道に分かれ道があっただろう。おそらく、そこで道をたがえたんだ。村に辿り着いたからおかしいとは思っちゃいたんだがな」


「そっか。んじゃあさ、この先にある村には寄っていくか?」

「行くわけねぇだろう」

「えぇ~? 昼飯は~?」

「朝、たらふく食っていただろうが」

「んでも~」

「このまま休みなく先を急ぐぞ。宿場町と言っても、門限があるだろうからな。晩課ばんか(午後六時の鐘)が鳴るまでに辿り着かなけりゃ、なんの意味もねぇ。特別急ぐ旅じゃねぇが、一つ気になっていることがある」


 雷韋はその言葉を聞いて、小首を傾げた。


「何さ」


 雷韋のきょとんとした言いように、陸王は少年の胸をつついた。


「お前の懐具合だ。そろそろ金がなくなる頃じゃねぇのか?」


 何しろ、雷韋の食事量ときたら半端ではない。旅人で、普通であれば一食銅貨が五枚もあれば事足りる。寧ろ、充分すぎる料金だ。だが、雷韋は違う。一食につき、銅貨二十枚近く使うのだ。


 都市に住む一般市民の収入は、平均で一月銀貨十枚というところだ。それが相場であり、それだけあれば充分暮らしていける。


 銀貨一枚が銅貨三十枚の値があるから、銅貨三〇〇枚。一日計算で、銅貨十枚といった程度だった。


 それから言えば、雷韋の一食は市民生活の二日分の銅貨が必要になってくる計算だ。そのほかに宿代もかかる。毎日でないにしろ、風呂に入るのにも金がかかる。色々と出費がかさむのだ。旅を続ける上で、保存食や水にも代金がかかる。それらを踏まえれば、雷韋の出費は大変な金額に上るのだ。


 陸王は胸を突く指を、雷韋の額に持ってきた。


「俺はこれまで戦場いくさばで稼いできた金や宝石がある。だが、お前はまともに仕事もしねぇで、掏摸すりを働いて旅費を稼いできただろう。いい加減、まともに稼げ」

「なんだよ~。今までそんなの見て見ぬ振りしてたくせにさ~」


 額を突かれて、雷韋は目を瞑った状態で抗議する。


「確かに今更な感はあるがな、だからこそだ。お前のような生き方もあるかとは思ったが、いい加減、まともに稼ぐって事も必要だろう。いつまでも掏摸が成功し続けるわけじゃねぇんだ。いつかはばれる。捕まる前に、自力で稼ぐって事を覚えろ」


 最後に強く突いて、突くのをやめた。


 そうされて、雷韋は額を両手で押さえてやっと目を開ける。その眼差しは、酷く不服そうに陸王に向けられた。


「なんだ、その顔は」

「別に今のまんまでもいいじゃんか。俺、貧乏人からは取んないんだしさぁ。それにどうせ斡旋所に行ったって、俺が請けられる仕事なんてないよ」

「なら、俺と会う前はずっと掏摸を働いてきたってわけか」


 言われて雷韋は、ちらっと上目遣いに陸王を見て、それから視線を足下に落とした。その様はいいことを思い出している風ではなかった。


「どうした」

「うん。一応さ、冒険者とかとつるんでたことはあるよ。遺跡探索に行ったりさ」

「何かよくないことでもあったか?」

「そういうわけじゃないけどさ、なんてぇか、信用できなかったなぁって。どんな奴らとつるんでも、どっか一歩引いて見てた。みんな悪い人達じゃなかったんだけど、どっかで信じらんないと思ってたんだ。どうしても信用できなかった」

「ほう。いつも何も考えていなさそうなお前がか」


 それは完全に馬鹿にした口調だった。


「だって!」


 そこで雷韋は大声を出した。堪らなくなったという風に。


「だってみんな、それぞれが対だったんだもん! 俺一人だけ独りぼっちじゃん! つまんないよ、そんなの」


 ぷいっと顔を背けて、面白くなさそうに言う。

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