対のありよう 二
この世界の全ての生命は
つまり、
通常は、同族間で『対』が生れる。人間族の場合は女に陰が宿りやすく、男に陽が宿りやすい。その逆もあり得るが、大抵そうだ。そして、そのまま『
人間族に『異種族』と呼ばれる『獣の眷属』はその限りではないが。
獣の眷属は、原初神である
また、人間族も獣の眷属も、兄弟姉妹で対であることもある。その場合は、そのまま番となる事も多い。近親婚は珍しいことでもなんでもないのだ。
対がいない魂はない。対極の魂がなければ、人は徐々に病んでいく。静かに狂っていくのだ。
対が見つけられない者や、戦争で失ってしまった者達は、最後には狂い死ぬ。長年連れ添って、寿命で失う場合はその限りではないが。その場合は、残された魂は徐々に衰弱して、あとを追うように死んでいく。
そして通常は対の魂は同族間に生まれるが、異種族間に生まれることもある。
陸王と雷韋がそれだ。彼らは種族も違えば、生まれた場所さえも違う。それでも巡り会ったのだ。
そう出来ている。
異種族間に生まれ落ちても、魂は知らずのうちに惹かれ合って、時間をかけてもやがて出会うことになる。
それがこの世界の理だ。絶対に動かせない魂の条理。
対は対を嫌ったり、憎んだり、拒絶することが出来ない。これも魂の条理で、動かしようがない。
そうして世界は上手く廻っている。
ただ、人間族だけが起こす戦争という『
そんな魂の条理があって、今も雷韋は陸王の掌から魂を感じて大人しくなっているのだ。
雷韋は、これは狡いと思っている。どう頑張っても、反発が出来ないのだから。こうして頭に手が置かれているだけでも魂が共鳴して、文句らしい文句も言えなくなる。
だから、陸王は狡いと思う。けれど、そんなことも言えないくらい、どうでもよくなってしまうと言うか、ふっと激情が冷めてしまうのだ。
もし陸王がそれを分かってやっているとしたら、本当に狡いと思う。それしか頭に浮かばなかった。
「ちぇっ、狡ぃや」
陸王に聞こえないよう、口の中だけで雷韋は呟いた。
「何か言ったか?」
「別に、なんでもないよ」
言って、雷韋は頭を振ると陸王の手から逃れた。
「んじゃ、もう行こうぜ。この道進むと今度はどこに出るんだっけ? 朝、宿の親父となんか話してただろ?」
「あ?」
突然変わった話の矛先が思わぬ方向のもので、途端に陸王から不機嫌な声が上がる。
「お前の目の前で話していただろう。聞いてなかったのか?」
「俺は飯食うのに集中してたもん。それに、あんたが聞いていればそれでいいことじゃんか」
俺は関係ねぇよ、と面白くなさそうに付け加える。
どこか開き直った風な雷韋に、陸王は頭を乱暴に掻いた。
雷韋は大抵そうだ。村に泊まろうが街に泊まろうが、次の目的地についてを聞いていない。陸王が宿の主人などに尋ねているのを傍で聞いているはずなのに。きっとそんな情報は、右の耳から入って左の耳に抜けていくのだろう。
聞いているのに聞いていないのだ。
今更それを責めるのも馬鹿らしく思えて、陸王は説明した。
今歩いているこの道は、今朝出発した村ともう一つの村を繋ぐ道でしかなく、街道とは違う。この道を主に使うのは行商人や旅芸人達と言うことだった。街道に出るには、この先にあるもう一つの村を素通りして、先に進まなければならないと。街道に出れば、夕刻までにはそこそこ大きな宿場町に辿り着くという。そこが街道の要衝になっているのだ。
それを説明すると、
「へぇ。ここ、轍の跡があるから街道だと思ってた」
浅い轍の残る地面を蹴りつけてみせる。
「昨日、街道に分かれ道があっただろう。おそらく、そこで道を
「そっか。んじゃあさ、この先にある村には寄っていくか?」
「行くわけねぇだろう」
「えぇ~? 昼飯は~?」
「朝、たらふく食っていただろうが」
「んでも~」
「このまま休みなく先を急ぐぞ。宿場町と言っても、門限があるだろうからな。
雷韋はその言葉を聞いて、小首を傾げた。
「何さ」
雷韋のきょとんとした言いように、陸王は少年の胸を
「お前の懐具合だ。そろそろ金がなくなる頃じゃねぇのか?」
何しろ、雷韋の食事量ときたら半端ではない。旅人で、普通であれば一食銅貨が五枚もあれば事足りる。寧ろ、充分すぎる料金だ。だが、雷韋は違う。一食につき、銅貨二十枚近く使うのだ。
都市に住む一般市民の収入は、平均で一月銀貨十枚というところだ。それが相場であり、それだけあれば充分暮らしていける。
銀貨一枚が銅貨三十枚の値があるから、銅貨三〇〇枚。一日計算で、銅貨十枚といった程度だった。
それから言えば、雷韋の一食は市民生活の二日分の銅貨が必要になってくる計算だ。そのほかに宿代もかかる。毎日でないにしろ、風呂に入るのにも金がかかる。色々と出費がかさむのだ。旅を続ける上で、保存食や水にも代金がかかる。それらを踏まえれば、雷韋の出費は大変な金額に上るのだ。
陸王は胸を突く指を、雷韋の額に持ってきた。
「俺はこれまで
「なんだよ~。今までそんなの見て見ぬ振りしてたくせにさ~」
額を突かれて、雷韋は目を瞑った状態で抗議する。
「確かに今更な感はあるがな、だからこそだ。お前のような生き方もあるかとは思ったが、いい加減、まともに稼ぐって事も必要だろう。いつまでも掏摸が成功し続けるわけじゃねぇんだ。いつかはばれる。捕まる前に、自力で稼ぐって事を覚えろ」
最後に強く突いて、突くのをやめた。
そうされて、雷韋は額を両手で押さえてやっと目を開ける。その眼差しは、酷く不服そうに陸王に向けられた。
「なんだ、その顔は」
「別に今のまんまでもいいじゃんか。俺、貧乏人からは取んないんだしさぁ。それにどうせ斡旋所に行ったって、俺が請けられる仕事なんてないよ」
「なら、俺と会う前はずっと掏摸を働いてきたってわけか」
言われて雷韋は、ちらっと上目遣いに陸王を見て、それから視線を足下に落とした。その様はいいことを思い出している風ではなかった。
「どうした」
「うん。一応さ、冒険者とかとつるんでたことはあるよ。遺跡探索に行ったりさ」
「何かよくないことでもあったか?」
「そういうわけじゃないけどさ、なんてぇか、信用できなかったなぁって。どんな奴らとつるんでも、どっか一歩引いて見てた。みんな悪い人達じゃなかったんだけど、どっかで信じらんないと思ってたんだ。どうしても信用できなかった」
「ほう。いつも何も考えていなさそうなお前がか」
それは完全に馬鹿にした口調だった。
「だって!」
そこで雷韋は大声を出した。堪らなくなったという風に。
「だってみんな、それぞれが対だったんだもん! 俺一人だけ独りぼっちじゃん! つまんないよ、そんなの」
ぷいっと顔を背けて、面白くなさそうに言う。
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