Ⅶ-3 ブレイズカリア大戦(3)

 古の時代より、深緑のクーロンは平和の象徴であった。呪術の総本山であり、廃と興の理に固執するガーディアンとコーストを宥めるかのように常に気候は安定している。緩やかな風が薙ぐ緑は、苦難の旅を経た冒険者たちを種族分け隔てることなく迎え入れてきた。

 しかし、今はどうか?

「……? ねえ、どうしたのガーディアン」

 美しく穢れた、壊れた機械人形じみた童顔が問う。合わせて、絶え間なく周辺には湧き水が供給される。

 わざと残した陽炎に縋る辺境のガーディアンを嬲るは……

 ――お遊びゲーム

「もっといっぱい壊れて見せてよ。イド監獄でお遊びゲームはもう飽きちゃったし、わざわざこんな辺境まで出て来たんだから」

 怯えてテイムに応じない遣いの竜を捨て置き、辺境のガーディアンはあらゆるカードを切る。斬り、放ち、マイ・ヨルカと協力して、コースト最強の一角へと迫る。


 その全てを。体術・武法・呪術・秘術を何もかも――ワイトブレッド騎士、ゼーテは迎え入れる。


 辺境のガーディアンも。マイ・ヨルカ=ゼルゲンもとっくに、恐怖を枯らし尽くしていた。

「そう、そうそうそうそうそうそう!!!!!!!! 刺激だよ、この応酬が快楽なんだ!! 壊れた廃興の理がくれたプレゼントなのさ!!!!」

 ゼーテは、辺境のガーディアンから放たれたあらゆる攻撃に対処しない。故に、蒼白の鎧は既に白血塗れ、その顔面さえ仮面のように白く固まりつつある。イエローの返り血がブレンドされ、グロテスクを通り越した汚泥の如き様相を呈していた。

 秘術が紡がれる。

 紡がれる!!

 廃の刺突――大いなる炎の鼓舞。

 興のバニッシュメント。

 何者も近づけぬ、その戦闘は正に理のせめぎ合いであった。非戦の地であり、神聖なる呪術が数多く眠るクーロンの地が揺れ、削り取られてゆく。墓標が哭く。

「壊れて、治れえ!! あはははははは」

「…………ひ、ぐっ…………あああああああああああ」

 爆発するゼーテの歓喜。そしてマイ・ヨルカの嗚咽。対照的な感情は力量差のみが原因ではない。辺境のガーディアンを最も恐怖させるのは、ゼーテの精神。

 当人はその問いにも飽いているのであろう。声を発さずとも回答を示してくる。

「うんうん。僕たちは壊れていることが存在証明。心の破片をくっつける代わりに、バオシラ様が埋め合わせてくれたお遊びゲームの力さ!! さあガーディアン、君の心を見せて? あのナヴィンに愛された力を示してくれよ!!!!」

 瞬間、ゼーテの表情を見た辺境のガーディアンは激烈に怯懦。最早表情とすら呼ぶのも不相応な、醜悪に汚濁しきった狂喜が全身を寒からしめる。敢えて残された陽炎と同じく、彼の心もまた怯え、無意識に命さえ放棄しようとする。

 この敵から解放されるなら喜んで死にたい。

 敗北が、どんな甘味よりも絶品の誘惑に感じられる。


 これこそがかの巡回騎士、ヴァイザードが届かなかった理由。『何でもいいから早く負けたい』と思わせる、極めて捕食者的かつ自暴な精神構造こそが選考基準なのだ。


「く、テイムを!!!!」

 マイ・ヨルカは、テイマー呪術に呪素をつぎ込む。空間に浮かび上がる印と共に召喚されたのは、大いなる炎のゴーレムとダスト・スケルトン。

 前者が二体、後者は四体。その何れもが見上げるような大きさを誇り、遣いの竜と変わらぬ格を持つ。ケダモノのみならず神獣のテイムをも可能とするのは、彼女が大炎の侍従たる所以であろう。

 この程度の呪素ならば、マイ・ヨルカにとっては回復の必要もない。そのことを知る辺境のガーディアンは、ゴーレムの巨拳を飛んで回避したゼーテへと斬りかかる。

「いいね! 蠟燭もそう簡単に消えてもらっちゃつまらない」

 喜々として破壊の嵐に舞うワイトブレッド騎士。動く度、白血を撒き散らす異様がさらに加速する。

 一方、後方で待機させられていたコースト呪術部隊も黙って見てはいない。『伏兵潰し』――司令官ジョズエが号令をかけるよりも前に、一人の男が先走る。

「焦げ臭い田舎者めが、清流で洗い流してくれるわ!!」

 パローロであった。都市部出身の若き呪術師もまた、辺境のガーディアンを待ち伏せるためにブレイズカリアから同行していた。血気盛んなだけあって、決闘大会や祭祀でもそれなりの実績を持つ彼ではあったが、

「ッ!? 待て、早まるでない!!」

 制止するジョズエの顔には大量の脂汗が浮かんでいた。その理由は、パローロが持つ聖印の威力を疑った訳でも、自らの命令を無視したことによる怒りでもない。

 唯一つ、絶対者の機嫌を推し量ればこそ。

「――ねえ、誰が手を出していいって言った?」

 かの極地、ダスト荒原地帯の北方にあるカネル氷河半島の永久凍土さえも及ばないと思えるような零下の声音。

 如何に無謀なパローロですら、本能の警鐘を無視することができなかった。彼の放った秘術、ドルフィン・フォース・キャノンがマイ・ヨルカに無視できぬダメージを与えたにも拘わらず。

「き、へ、騎士様。違うんです元々コイツはゲバッ」

「君には何一つ許した覚えがない。であれば祈りの資格もないね」

 ゼーテが不機嫌そうに言い放つ数秒前には、パローロの首は既に離れていた。潤沢な湧き水が、慌てたようにその胴体と首を洗い流す。

 総じて首元に寒気を覚えるコースト呪術部隊の面々。味方さえ委縮させ木偶に変える存在に、マイ・ヨルカは軽蔑と共に恐怖を振り払う。

「やはりコーストは堕落の象徴だな。祈りの価値を貴様如きに左右されるなど」

「僕らのボスは放任主義だから。今もどっかで覗いてるとは思うんだけど、君たちは誓わなくていいのかい? 見たことないからちょっと興味があるんだ」

「心配されずとも、ガーディアンはみな勇敢に戦ってくれている。オブリヴィオンフォーラムも、現在のコーストはデザリオン統治に不適格と判断した。即ち『勅命』により、ワイトブレッドは征討される」

「そのために深緑のクーロンへ? どうやら君、随分前から色んな場所に顔見せてるみたいだけど……さっきの忍者も報われないね」

 ゼーテは勘付いているのであろう。辺境のガーディアンもまた、マイ・ヨルカの目的が大炎使ナヴィンと異なることを知っている。――即ち、復讐者の封印。

 とっくの昔に割り切っていたことだ。自分はコーストとも復讐者とも、ガーディアンとさえ違う。ナヴィン? 否、あれこそ冷たい利害関係の極致だ。

 マイ・ヨルカもまた……同じような思いを抱いたのかもしれない。激昂が細剣へと宿り、

「外道に堕したコーストが、知ったような口を!!」

 獄炎剣の呪爪じゅそう

 究極呪術きゅうきょくじゅじゅつの一つ。テイマー呪術により召喚された神獣とケダモノを生贄に捧げて放つ、地の底に眠る獄より引き摺り出され̪し一撃である。

 大炎の侍従らしからぬ、生命をないがしろにした選択。辺境のガーディアンも刹那の逡巡の後、空に残像を残す一対の剣を以って迫る。

 彼我の実力差は明確。しかし、コーストの呪術部隊が支援してこない今こそが絶好の機会なのだ。

 そう、コイツさえいなければ。


『――おねが、い…… たず、たすけて。置いて行かないで××――――!!』


「自分達は分かたれることもなかった、と? いいね。典型的な弱者の妄執だ」

「貴様ッッッッ!!!!!!!!」

 惨劇の夜。忌わしき顛末を知るマイ・ヨルカもまた双眸を烈火に染めた。廃の尖兵が放つ二つの業火。ジョズエ以下、呪術部隊はその余波の対処を迫られる。

「く……まだこれ程のガーディアンが生き残っていたとは……!」

 究極呪術を受けても尚健在のゼーテとは対照的に、ジョズエは戦慄する。この強大な炎が今の堕落した都へと向けられれば、コーストの優勢が一気に傾く危険性もある。何としてでもここで仕留めておかなくてはならない――

 だが、戦況はさらなる混沌へと突き進まんとしていた。


「――へえ、アレも君達の援軍かい?」


 ワイトブレッド騎士、ゼーテさえ武者震いする気配。

 遥かなる上空から迫り来る大いなる炎の気配に、辺境のガーディアンとマイ・ヨルカさえ慄然と見上げる。

「……!? 馬鹿な、いくら何でも早すぎるのでは……!!」

 喘ぐマイ・ヨルカは、その存在を見たことのないであろう辺境のガーディアンを「君も一旦退避だ。灰になるぞ!!」と引っ張り、一目散に駆け抜ける。

 直後、ジョズエはその威容を目の当たりにすることとなった。

 紅、朱、或いは溶解山脈のマグマを想起させる赤。大いなる炎の象徴たる全てをその身に鱗として、甲殻として誇示している。対比を恐れたクーロンの青空は切り裂かれ、下界にもたらされるであろう破壊を心配げに見下ろす。

 そして、コーストの呪術部隊はその眼に焼き付けるのだ。

 自らの認識を神々しく埋め尽くす、伝説の紅蓮を――――


「オル、フェドーラアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 ワイトブレッド騎士は狂喜を爆発させ、究極神獣たる竜の炎に身を晒す。背後では、呪術部隊が浄化されるように塵となり、煙に魂を乗せて旅立つ。

 辺境のガーディアンとマイ・ヨルカが竜降ろしの聖女たる少女と邂逅したのは、ほぼ同時であった。


「さあ…………ウチと共に、秩序を取り戻すでお前ら。きったない湧き水と緑の全てに、赤熱と灰をバラ撒いたる!!!!」


 無情。蒸発しきった湧き水は上書きされ、陽炎が恭しく跪く。




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ディヴァウアコースト ししおういちか @shishioichica

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