Ⅶ-2 ブレイズカリア大戦(2)
※性的な描写が含まれます。苦手な人はご注意を
1
ヴァイザードによりダレンが屠られた頃、復讐者たちもまた暗躍を開始していた。
カマ・ドーマ。異世界より召喚されたガーディアンの少女により命名された組織ではあったが、その起原が何処にあるのかは知る者がない。
霧のデザリオンにおいて最も忌わしき行為――復讐。
原始、この地がまだ混沌の霧に満ちていた頃から確認されてきた事象。種族問わずに貪り喰らう、廃興の理に反する冒涜である。やがてデザリオンに君臨することになったとされる存在、ニヒルの女神はこの醜悪な行為を見て何を思うのか。
「我らは救われなかった者。しからば平等に——破壊の刃を喉元に」
オブリヴィオンフォーラムに伝わる碑文によれば、伝説の女神は恐ろしき刃を以て、大いなる炎と悠久なる水の秩序を乱す者を尽く征伐したという。カマ・ドーマ首領――
ブレイズカリアの地に、啓示が下る。十字架の如く広げられる両腕。
デ・ブリード・オブ・サヴァス。
恐ろしき刃、忌わしき
螺旋の如く吹雪く柳刃が、戦場に血みどろの花を添える。
「深緑のクーロン……その先にあるは退廃の都」
既にコースト、支配者たちの足元は侵食が始まっている。悠久なる都ワイトブレッドの地下にあるイド監獄の六割は、既にカマ・ドーマの占領下にあった。内憂外患――内外同時攻撃こそが復讐者の主要計画である。
戦闘の長期化は、ミズキにとって大いに望むところであった。漆黒のフードから覗く白い唇が、凶笑に鋭く、鋭く裂ける。
2
一方、恐ろしき刃の蹂躙が伝えられていないガーディアン総司令部――炎の大旗がたなびく天幕は戦果に沸いていた。
「お、思ったよりやれてるんじゃない、これ!」
「はい。コーストは統制が取れた部隊が多いですが、質ではこちらが上回っているかと。僕達の訓練が実を結びましたね」
見えてきた希望に目を輝かせる少女はガーディアンハーミット。控えめながらも誇らしげな少年はガーディアンパラディン。かつて異世界の学び舎においては日陰の存在であった二人は、大炎使ナヴィンの抜擢にも応える才能を示してきた。
『此処に喚んだ当初は、余の手を甘嚙みさえできぬ有様であったが……よくぞここまでになったと褒めておこう。烏合の衆を引っ張り続けた甲斐があった』
「……いや、割とディスられてるくない?」
司令部の最年長である女性、ガーディアンヴァルキリーが額を押さえながら言う。正直なところ、ガーディアン達はナヴィンに対して忠誠心があるとは言い難い。恒水使バオシラに対し祈りを欠かさないコーストとは違い、徹頭徹尾利害関係のみの繋がりなのである。
司令部の中でも古参である彼女の渋面に対し、ガーディアンハーミットは苦笑する。
「あはは……あの人が胡散臭い極悪人なのはその通り。けど私、コーストになるよりはガーディアンでよかったと思う。祈りを吸うだけ吸ってほったらかしのバオシラと違って、ナヴィン様はちゃんとゴールを教えてくれたし」
「復讐者によって壊滅したパーティーも後を絶ちませんし、生き残った僕達がやるしかありません。深緑のクーロンを越え、ワイトブレッドを陥落させる。そうすれば」
「アタシたちの故郷、大いなる都が復活する。そして――元の世界へおさらばよ」
ガーディアンヴァルキリーの決意に、二人もまた頷く。
「完全に同意です。この世界に来てからの経験は得難いものではありましたが、やはり永住できるような環境ではありませんし。そろそろ和食やスマホが恋しいですよ」
「死んでいった子達のためにも、私達は何としてでも生き残ろう。――話を戻すけど、状況は?」
ガーディアンハーミットの確認に、反応したのは天幕の端に控えていた――一匹の犬であった。
「わん。突騎兵からは元カレをぶっ殺したと。他、戦車長が増援に駆けつけたようです。現在、放浪戦士群及び呪術部隊と共に交戦中」
「よし! ナイスキルと突騎兵……
ガーディアンヴァルキリーの発破に、犬――大いなる炎の小型犬を含めた首肯があった。
遠くから、天幕の中に聞こえてくる砲音。炎と水、そして刃の濃厚な呪素がヒリヒリと大気を焦がす。
ぽつり、と。ガーディアンパラディンの懸念が漏れた。
「あとはカマ・ドーマ――首魁の彼女とは遭遇次第退避するように。ここらで改めて全軍に念を押す必要があるかもしれません」
わん、と小型犬の承諾があった。旧知の仲なのか、「ミズキ……」とガーディアンハーミットの憂いが聞こえてくる。
惨劇の夜。
大炎使ナヴィンによって霧のデザリオンに召喚されたガーディアン達。その日は彼女たちの間でも、最も悲惨な記憶として語り継がれている。
そして、ガーディアンとコーストの双方がこの戦いにおいて鍵とみなしている二人こそ、忌わしき一夜における生存者であった。
「可能性は低いですが……真の灯し人であるらしい彼が深緑のクーロンへと先に到達できれば、その時点で勝敗は決します」
「ええ――希望の火はまだ消えていない。ガーディアンである限り、アタシ達は助け合える」
ガーディアンヴァルキリーが右手を伸ばす。二人の手が重なり、ゆらりと火が揺蕩った。
「陽炎に誓って」
個で行われるコーストの祈りと対を為す、ガーディアンの群で示す誓い。
或いは、その存在が幅広く認知されていれば。
辺境のガーディアンも、カマ・ドーマの首領も孤独に苛まれ修羅の道を歩むことはなかったのかもしれない。
2
だが、現場はそうはいかないのであった。
「いや、誓ってる暇もないんですけど!?」
ガーディアン
ただし、二人。
「へえ、中々イイ女じゃねえか。こいつぁ戦利品だ!」
巨大なバトルハンマーを持つ、荒々しい髭を蓄えた大男。
「我輩のファルシオン、その柔らかそうな服を裂くには丁度いいのであーる」
肥満体の割には、優れた敏捷性が厄介そうな中背の男。
共に、悠久なる都ワイトブレッドで繰り広げられる酒池肉林を夢見て戦争に参加した者達。それもその筈、ブレイズカリアにおける三十万のコースト軍においては、開戦前にあるお触れが示されている。
ガーディアンを徹底的に凌辱し、希望の火とやらを吹き消せ。
小手先の下級呪術。しゃらくさい、とガーディアン突騎兵は愛馬の手綱を引き、駆ける。
「あんたらのせいで、どんだけ友達がやられたと思ってんだ!!」
火よ、爆散せよ。
溶解山脈は、この地にいるコーストも迂闊に近付けぬ天険の地である。廃興の理が崩壊しつつある現在のデザリオンにおいて、数少ない陽炎の源泉。そこで神獣たる大いなる炎の
「「ぎゃばあ!!」」
粉塵が舞い、爆発が連続する。コーストの呪素の加護でさえ可燃性だと嘲笑うかのように、丸焦げとなった二人の身体が地面に転がる。しかしガーディアン突騎兵は目もくれない。
「次から、次へとっ……!」
いつの間にか、周囲は泥沼の白兵戦といった様相を呈していた。不覚である。機動力に優れる自分の役割はあくまで遊撃であるのに、深入りし過ぎた格好だ。
「伏兵……!? この辺りにはコーストの陣はなかったはずっ」
ガーディアン突騎兵は忌々しげに舌打ちし、漏らす。もちろん彼女を含めた全てのガーディアンが、ミズキの究極秘術でコーストが甚大な被害を受け潰走し始めていることに気付いていないためだ。
その背中に、凶弾が直撃する。
「きゃぁ!?」
終わりなき水刃。
細かく、しかし連続する秘術。衝撃と威力に折れ曲がる華奢な身体に、追撃が降り注ぐ。
グレート・グラビティ。
紫色に染め上げられた圧力。牙を剝いて来る空気に拘束されてしまう。地に伏せる体。
「うああ、ああああああ」
「!? 隊長、味方が!!」
「任せとけぇ!」
打ち消す火の護り。
コーストの兵卒たちと刃を交えるガーディアン重歩兵、リーダー格と見られる角刈りの少年がブロードソードを振り、秘術を繰り出す。連帯と結束を重視するガーディアン、その想いが生み出す遠近両用の盾。
陽炎と湧き水がせめぎ合う中、大いなる炎の加護がガーディアン突騎兵へ。それによりグレート・グラビティ自体は剝がせたものの、圧倒的な数の暴力が押し寄せてくる。
「ぼべっ」
「うわあああ腕がああ」
最早悲鳴など、ガーディアンなのかコーストのものなのかも判然としない。そもそも、目の前の脅威を押し返すのに精一杯で気にしている余裕がない。
火よ、爆散せよ。
「く、」
吹き上げる爆炎幕。
「やめ……」
消し飛ばしても、焼き切っても、焦がしても。手が伸びてくる。肉の壁が迫ってくる。その多くが、どういう訳か裂傷を負っている者たちだ。
黒い煙の中に充満する死臭。湧き水にも陽炎にも還れない者達の成れの果てに紛れ、醜悪に口から滴る欲望がついに少女の身体を掴んだ。
ざらり、と。突騎兵の装甲が及ばぬ太股に感じる不快な掌の感触。少女の繊細な心が鎧の型にもこだわりを持たせていたが、物語に憧れて露出を多くしてしまったことを今更ながらに後悔する。
後の祭り。そして、伸びてくる腕は一本ではない。落馬したガーディアン突騎兵はなりふり構わずアーティファクト――霊峰のショートソードで斬り付ける。
「この、寄るなああああ!!」
白血が返り血となり、顔を汚す。せり上がってくる感情に任せれば、その瞬間に自分は戦えなくなると思ったから。目の前の敵に集中しろ、と必死に目を逸らしながら戦っているのは恐らく周りのガーディアンも同じであろう。
――だが。
「お、ぉほ、ゾワゾワするぅぅ」
いつの間に、斬られていたのか。
上半身を包んでいた最後の布があっさりと裂け、控えめな双丘が露わになった。欲望に爛れた視線が、集中する。
最後の糸が、切れた。
ついに、突騎兵はただの少女になった。繋ぎ止めていた何かが音もなく決壊してしまう。
「ひ、あ――」
一度せり上がればもう止められない。秘術はただでさえ呪素の消費が大きいのだ。剣を振るう腕は震えで弱弱しく空振り、陽炎の温度もひどく遠い。
戦場のあちこちで似たような少女の悲鳴が木霊する。習慣であったのだろう。元の世界で付けていたままの下着がずらされ、剥ぎ取られ、荒れた手と赤い舌が這う。丸く潰れた爪が、柔肌に食い込む。
全体の戦況で見れば、思いの外兵力に劣るガーディアンは健闘していた。恒水竜スレイヴォルグの脅威を避けつつ、各々がよく役割をこなしていた。
だが――これが現実。
霧のデザリオンにおいては、ただただ悪逆無道のコーストが全てを貪り喰らう。
――お願い、誰か…………
勇敢なガーディアン突騎兵であった少女が流す一滴の涙。哀れ、殆ど全裸に剝かれてしまった美しき体の脚部が無理矢理に広げられる。ある意味では力の象徴にして最も汚らわしい部位である肉棒が、徐々に近づいて来る。
ソレが少女の局部に触れた瞬間、鳥肌が全身を覆う。臨界点を越えた恐怖が、心臓に異様な早鐘をもたらした。
「イヤあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
……その、絶叫を聞いて。
天を我が物顔で泳ぐ竜も、オブリヴィオンフォーラムの観測者も少しは同情したのであろうか。
ろくに粘液も分泌されておらぬというのに、容赦なく獣慾が達成されようとした瞬間――
「ケケ、見世物にしちゃ随分粗末な一物で」
修復の効かぬ少女の膜が破られようとしたまさにその瞬間、その身体に群がっていたコースト達の身体が異常な程の痙攣を起こし、昏倒する。
不可解すぎる現象に驚く少女。黄色い
「小生としちゃガラにもねぇ人助け。気化するのは悪かねぇにしても、ちーっと改良がいる……まぁた手間が増えちまって」
「仕方がないでしょう。副場長がいなければ、ガーディアンの浄薬が枯渇してしまいますから。……もし、立てますか? まずは傷を癒やし、態勢を立て直しましょう」
差し伸べられた手は、先程まで自分に向けられていたものとは全く違い繊細な印象を受けた。ただ一つ、呪印の施された指輪を除けば。
「た、助かりました……じゃなくてありがとうございます! あの、失礼ですが」
「とと、その前に鎧を修復しますのでお待ちを。そのようなお姿ではままなりません」
「あ、――きゃ!? す、すいません……!」
「ケッケッケ、いたいけなこって」
暖かなセピアの光と共に、再び少女はガーディアン突騎兵の姿を取り戻す。無数に生まれていた傷も徐々に癒えていた。呪術? それともまた何かの薬を使われたのか。というかこの人もしかして——
「私達はオブリヴィオンフォーラムより派遣され̪し者。微力ながら、貴女たちガーディアンに寄り添わせて頂きます」
占星術師、アールイス。
そしてキメラの薬師、ドーブーブ。
ガーディアン突騎兵は、アールイスと名乗った男の焦点が合っていないことにようやく気づく。同時に――その瞳孔が光を映していないことにも。
アールイスは呪素の放出を止めると、
「さて、一先ずはコーストの少ない場所に移動するとしましょうか。――丁度、彼女を隠す場所が欲しいところでしたから」
「何だって、小生の柄にもねぇことばかり……」
二人の視線が向く先に、ガーディアン突騎兵もつられて目を向ける。そして驚いた。今の今まで、全くその存在に気が付かなかったのだから。
小柄で、とても戦えそうにない程華奢な少女だった。にも関わらず――ぼろぼろになった蒼白皮の装束を押し上げる双丘がこれでもかという程魅了を振り撒いている。
「えと、君は……?」
「――時間が、ないです」
白い肌、そして碧眼は少女がコーストだということを明白にしていた。
その口から、有り得ない文言が出たこと以外は。
「戦いは無意味、です。じゃないとはいこうの理は永遠に戻らない……スレイヴォルグを宿す竜降ろしの聖女として、ガーディアンの竜とも話さないと」
「恐ろしき刃、あぶない。助け合わないと今のままじゃ全員、死んじゃい……ます」
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