第4話 バッドタイミング
カードは表裏ともにメタリックシルバーでチップが埋まっている他に特徴が無い。
ためつすがめつしたところで中身が分かるはずもなかった。
リーダーに読み込ませて中身を見ることはできるだろうが、どうせ暗号化されているだろうし、複号キーが分からないことには意味がない。
空中に投げ上げてキャッチする。
一昨日最後の客。
ホアンと呼ばれている男は尾行に気づいて咄嗟に手近な店に入ったのだろう。
適当な本を買い、このカードを忍ばせてわざと店に忘れる。
追手に捕まってもカードが無いと分かればなんとかやり過ごせると思っていたわけだ。
ほとぼりが冷めたらレシートを持って忘れ物を回収する。
そんな計画だったのだろう。
ところが相手はそんな生ぬるい連中じゃ無く、情報を吐かされた挙句殺されてポイと路上に捨てられてしまった。
俺にとっちゃ義理もないし、むしろ無関係なのに巻き込みやがった男になる。
さっさとカードを渡してやってもいいのだが……。
犯人の連中は重大な間違いを犯した。
店を滅茶苦茶にして、ムーちゃんを傷つけたというのは許しがたい。
俺はカードを自分の財布にしまった。
さて、もう一仕事としますか。
公安の男は手段は選ばない連中と言っていたな。
ならば、こちらも十分に準備しようじゃないか。
部屋の隅の床下収納の蓋を開ける。
買い置きした缶詰を取り出して、その底に両手を当てて強く横にスライドした。
ぽっかりと開いた穴に手を突っ込みスイッチを押す。
地下室とそこに降りる鉄階段が見えた。
家を出て歩き始める。
まだ夜は肌寒い時期で良かった。
くそ熱い夏場だと色々と隠すのに苦労したはずだ。
やや西寄りの南の空に浮かぶ月には霞がかかったように見える。
近くの牛丼チェーン店で腹ごしらえをした。
腹が減っては戦ができない。
そう。今夜は長いものになるだろう。
海外での生活が長いと八ドルで味、量ともにそろった食事ができる日本は天国のようだ。
店を出て歩き始める。
あの連中はどこからか俺を監視しているだろう。
俺を誘拐できる状況になるのを待って襲い掛かってくるはずだ。
俺が本当にカードを持っているか確信できていない以上は、とりあえず尋問が終わるまでは生かしておこうとするだろう。
俺はそれなりに屈強な体格をしているが、きっと平和ボケした日本人となめているに違いない。
人気の無いところに誘い出したいが、あまり不自然な場所では怪しまれる。
俺は駅の向う側にある神社に行くことにした。
桜の名所でこの時期はライトアップされる。
途中の道には暗く淋しいところがあるので普通は自動車を使うが歩いていくのもそれほどおかしくはない。
高架下の道を通って向こう側に出た。
神社へと向かおうとしたところで声をかけられる。
「スグル。こんな時間に何してるの?」
明るい声が響く。
予定ではまだ合宿から帰ってこないはずの綾香嬢がいた。
大きなバッグを肩から下げて肩の所で手を振る。
「あ。夜桜見に行こうってのね。私も行く」
なんとか思いとどまらせようとしたが、いつものように俺の言うことなど聞きもしないのだった。
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