第2話 被害

 俺は受話器を下ろすと店の中の様子を見回す。

 棚から本が乱暴に投げ出され、無事な書架は一つもなかった。

 キャッシャーも破壊されて現金が入っているトレーがむき出しになっている。

 店内監視用のモニターも破壊されていた。

 俺は前髪をかきあげる。

 一体損害額がいくらになることか。

 金銭的な面だけでなく、この惨状をオーナーの綾香嬢が見たら、酷く悲しむだろう。

 犯人連中は死刑だな。

 おっと。

 大事な相棒の姿が無い。

 カウンターの上に鎮座しているはずのクマのぬいぐるみのムーちゃんの姿が見えなかった。

 店の奥の方に移動すると床にムーちゃんが転がっている。

 腹を割かれ、詰め物の綿とペレットが散乱していた。

 頭が萎んでしまって、まるで泣いているように見える。

 ギリッ。

 奥歯が鳴った。

 訂正だ。

 犯人たちに死刑は生ぬるい。楽に死なせてなどやるものか。

 しかし、こいつはプロの犯行だな。

 単なる物取りの類じゃない。

 表の鍵を破るのはそれほど難しくないが、電子的な警報装置まで無効化されているようだ。

 単に切断しただけならサブ回路が作動して警報が鳴るようにしているのに、それも反応していない。

 監視システムも死んでいるようだ。

 これだけ用意周到な連中ならデータも完全に消去されているだろう。

 となると、向こうのアクションを待つしかない。

 何かを探しているようだが、目的の品はなんだろうか?

 先ほどの会話を思い出す。

 あの男というのは昨日の最後の客に違いない。

 受け取ったものといえば、代金の千円札二枚だけだ。

 ただ、それが目的ならキャッシャーを破壊したことで手に入れているはず。

 となると……。

 まあいい。俺の行動を外から窺っている可能性もある。

 とりあえず、保険金の請求のためにも司法機関を呼ばなくてはならないだろう。

 俺はカウンターに戻ると警察へ電話をした。


 警察官や鑑識の職員がやってきて現場検証が始まる。

 いくつかの質問に答えていると奴がやってきた。

 仏像のようなやわらかな笑みを浮かべた男はあごをしゃくって表を指す。

 目立たないシルバー塗装のクラウンの車内へと招き入れられた。

 男はゆっくりと車を発進させる。

「せっかく落ち着いていたのに不幸だったな」

 返事しないでいると男は肩をすくめた。

 そのまま無言で運転すると警察署の駐車場に車を止める。

 取調室に案内されると一度出ていった。

 缶コーヒーを手に戻ってくる。

「最近すげー値上がりしてるんだぜ。知ってるか? 俺のおごりだ。まあ飲めよ」

「そいつはどうも」

 タブを引き、熱いブラックコーヒーを喉に流し込んだ。

 男は照り調べ机に座ると足をぶらぶらさせる。

「まったく面倒な話だよ。よりによってお前さんを巻き込むとはあいつらもツイてない」

 男は大げさにため息をつく。

「うちの部の追っていた男が交通事故で死んだときたもんだ。その足取りを追っていたら、なんとお前さんの働く店で窃盗事件だという。あの要塞に入るとなりゃ素人じゃねえ。俺の頭の中でピピッとつながったね」

 男は自分のこめかみを指でつついた。

「お前さんが何を知っていて、どう関わっているか話しちゃくれねえか? 俺たちにできることなら全面的に協力するぜ」

「なんのことだかさっぱりだ」

「だよなあ。まあ、あまり死体袋が必要になるようなことはやめてくれると助かるんだがね。あのお姉ちゃんに知られたくないだろ?」

 俺はぱっと立ち上がって男の襟をつかむ。

 男は落ち着いたものだった。

「いやあ、俺だってわざわざ虎の尾を踏んづけるような真似はしないさ。ただ、あまり派手にやられると誤魔化しようがなくなるってことだけ忘れないでくれよ。それと、交通事故にあった男、ホアンというんだが、そいつから何か受け取っているんだったら、俺たちに渡してくれ」

 男は名刺を取り出すと机の上に置く。

「何か思いだしたら、ここへ連絡を恃む」

 よっと言って机から立ち上がると男は俺に立つように促した。

「こんなことを言うためにわざわざ?」

「そうさ。宮仕えは辛いねえ」

 ちっとも大変じゃ無さそうに笑う。

 男は店の近くまで車で俺を送ってくれた。

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